プロローグ(1人、2人)
これより、第3章「黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに」開始です。
ジャイアント族とゴブリン王アゾクの率いる亜人連合との闘争が終結してから、10日が経ったある日。
誰かの悲鳴が聞こえることはなく、誰かの血が流れることもない、そんな平和な夜。
ゲナの決戦砦の<太陽時計>も、なりを潜めた深夜。
頂上の玉座には3つの人影があった。
「よく来てくれた。任務中に呼び立ててすまなかったのう」
空の玉座の隣に立つ長い髭の老人。
ヘイゲン・ヘスタ・ユルゲンバヌムである。
玉座の正面に立っているのは2人。
ギルド・エルドラドのNPCだ。
「これから新たな指令を与える。これはお主たちが現在行なっているものよりはるかに重要である。よく聞くのじゃぞ」
ヘイゲンが話始めようとすると、NPCの1人が手を挙げてそれを静止した。
薄い絹のような生地の服をきている女。
魔術師や魔女というより、怪しい占い師という風貌だ。
上質な生地の下から覗ける真っ白な肌は絹の滑らかさよりも上である。
それだけで彼女の美貌が人々の想像を超えるだろうということは確実だろう。
だが今、その顔を見ることはできなかった。
薄いカーテンのような、フェイスベールが顔を全て覆っていたのだ。
かろうじて顔の輪郭がわかる程度で、普通のものよりも濃いベールが彼女の美しさを隠し、神秘性を与えていた。
「私たちの現在の指令はフィセラ様に命じられたものです」
占い師風の女は、形ばかりの任命式を思い出していた。
「それよりも重要ということは、フィセラ様の新たな御言葉ということですか?」
もしそうであるならば、彼女たちは聞く姿勢を改める必要がある。
ヘイゲンの序列はNPCとしてはトップであるが、それでも同じNPCだ。いちいち最大の礼を尽くすようなことはしない。
だが、創造主が関係するならば別だ。
たとえヘイゲンが語る言葉だとしても、それが「フィセラの言葉」ならば、立ったまま聞くことなど許さない。
「いいや、違う。これは……わしからの指令……ということになるな」
「それが、創造主たるフィセラ様の御言葉よりも重要だと?」
威圧気味に口を開いたのは、もう1人のNPC、全身鎧を着た女だ。
占い師風の女よりも頭1つ分は背が高く、鎧を来ていても体格の良さが分かる。
立派な戦士だ。
普段は被っているのだろうフルフェイスの兜を脇に抱えている。
おかげで、こちらの戦士の女は凛々しい顔がよく見える。ウェーブを巻いた長い金色の髪を後ろでまとめているのも特徴的だ。
「貴方の立場は理解している。確かに我々に命令する権限を持っている。だがフィセラ様よりもー」
力強い口調の戦士を遮り、ヘイゲンが話し始める。
「夜明けと共にフィセラ様が砦を発たれる。お一人で、じゃ」
「なぜ?……いや、なぜそれを許した?」
「そう望まれたからじゃ。……危険は承知している。極力、接触をしないことを条件に影の住人シリーズを共にすることの許しは得ている。だが、それでは心もとない。だから、お前たちに護衛を頼みたいのじゃ」
護衛、と言う言葉を聞いて女戦士の目の色が変わる。
城門エリアで門番をしている彼女は、他のNPCよりも「守る」という行為に、自分の責務があると感じていた。
「それが新たな任務と言うことだな?」
「うむ」
バシンッ、と左の手のひらに右拳を撃ちつけた。
すでにやる気がみなぎっていることが分かる。
「命に代えてもその任務、やり遂げて見せよう」
ヘイゲンに近づく勢いで前のめりになっていた女戦士を、占い師風の女が片手を上げて制止する。
「1つ、聞いても?」
ヘイゲンが頷く。
「おひとりで行かれるというフィセラ様のお考えは私には理解できるものではないですが、影の住人シリーズも近づけさせないというのは……我らの干渉を必要としてないようですね。お答えください、フィセラ様は私達の護衛を認められているのですか?」
「……いいや」
「そうですか、では?」
女戦士はきょろきょろと2人を顔を行ったり来たりしていた。
落ち着いた雰囲気とは逆に話す内容は決して普通ではなく、混乱していたのだ。
「主らはすでにカル王国に潜入している。エルドラドとして一員としてではなく、カル王国の人間として、もう1つの名を持っているはず。それを使うのだ」
「それはつまり、フィセラ様に…………、いいえ、残された我らが真に重要とするのは、これではありませんね。ええ、わかりました」
「うむ、任せたぞ」
「はい。しかとここに拝命いたしました」
占い師風の女が頭を下げて、それに続いて女戦士も頭を下げた。
太陽はいまだ昇らず。
闇の中で行われた秘密の会話はここで終わった。
主がそれを知ることなく。