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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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エピローグ(英雄)

 ある都市の路地に、リズムに乗った歌声が響いていた。

 旅の詩人という風貌の男が、弦楽器を鳴らしながら詩を歌っていたのだ。

 英雄の詩。

 近年、力をつけ始めた10人の強者を唄ったものである。


「ねえ、その騎士様にはどこにいるの?」

 無垢な少女が男に聞いた。

「あの国は、そうだな。あの太陽とは反対側に……君の足なら2か月、てところだな」

「とおい?」

「いや、近いさ。とてもね」

 男はなぜか、少し悲しそうに答えた。


「その聖女ってのはどんな――」

「双子のエルフって――」

「この国には――」


 興味惹かれる詩だったのか、詩を聞いていた人々からは質問の嵐だ。

「まあまあ、そのすべてに答えるのは俺のすることじゃない。俺が出来るのは、歌うことだけさ」

 喧騒を静める音が弦楽器から鳴り響く。

「アンコールに応えよう」


 その後もいろいろな詩を演奏した男は、くたびれた様子で路地を歩いていた。

 途中で串焼き屋台を見つけ、腹を鳴らしてしまう。

「2,3本もらえるか?…………あれ?」

 屋台の店主は椅子に座って眠ってしまっていた。

 陽気のいい日だ。それも仕方ない。

 男は店主を起こさずに通り過ぎるが、空腹と疲労が消える訳ではない。

 屋台の隣にちょうどいい木箱を見つけて、休ませてもらうことにした。

 

「ふうぅ、初めての国だと疲れるな。詩を根付かせるのにも、だいぶ魔力を使った」

 木箱を石壁まで持っていき、体を預ける。

 偶然、そこは屋台の裏側が見える位置だった。

 乱雑に置かれた食肉や道具が目についてしまう。

 店主は体を傷めそうな体勢で寝ていて、足元では1っ匹の猫がいた。

 その猫も寝ているのか、丸まって動かない。


「猫まで寝てるなら、しょうがないな」

 そう言った瞬間、猫の目がパチっと開かれ、まっすぐ男を見つめた。

 

 男も目をそらさなかった。

 なぜならば、それが知った顔であったからだ。


「ノーテイル」

 男が猫の名を呼ぶ。

「英雄語り、久しぶりね」

 真っ白な毛に黒い耳の猫、ノーテイルが挨拶を返した。


「どうしてここに?」

「ただの散歩よ。そのついでにあなたの様子を見に来たの、調子をどう?」

 眼光を鋭くして話す男、英雄語りは、朗らかに話すノーテイルを前にしてため息をついた。

「良くないな、暇で死にそうだ。良かったことと言えばいい楽器が手に入ったことくらいさ」

 英雄語りは手に持っていた弦楽器を見せつける。

「これは良い木を使っているぞ。魔力も含んでいる。楽器店の男は気づいてなかったけどな」


 ノーテイルは目を細めて英雄語りの顔を観察する。

「そう、良かったわね。それで……魔王は?」


 魔王。その名前を出す以上、この猫もただのしゃべる猫ではない。

 世界の平穏とその維持を目的とする中央守護の一人(一匹)である。


「……監視はしていた。王国軍がいなくなった森も、王都も、他の全ても、国中の「声」を聞いていたが、何も無かった」

 ノーテイルは静かに聞いている。

「誰も魔王なんて言葉さえ口にしていない。あんた以外はな」

「そう……森には入ったの?」

「まだ森にいると思っているのか?軍を一人残らず消して森でひっそりと暮らしていると?」

「そういう魔王は実際いるでしょ」

「森のすぐ近くに村がいくつかあるが、どこも平和そのものだった。魔王の気配はない」


 ノーテイルはあくびをしながら、体を伸ばした。

「そう、そうならいいわ。でも、魔王の仕業では無いのなら軍はどうして消えたの?」

「白銀竜だろう」

「調べたの?」

「いや、そいつも姿を見せていない」

 一度は落ち着いたノーテイルの雰囲気が、また鋭くなった。

「白銀竜はここに住み着いている訳じゃない。またどこかに飛んで行ったんだろう。そいつまで探しに行けと?…………それは俺らの仕事じゃないだろう?」

「……ええ、そうね。分かったわ。問題は無さそうね。串焼きが食べれなくてごめんなさいね」

 そう言ってクルリと後ろを向いて歩きだす。

 ノーテイルは屋台の木箱や屋根を使って家の屋根にまで軽やかに登っていった。

 

 その後ろ姿に英雄語りが声をかけた。

「尻尾が1本消せてないぞ」

 ノーテイルが振り返って、猫の顔で微笑んだ。

「あら、わざとこうしているのよ。だって……」

 ノーテイルの尻尾がユラユラと揺らぎながら、増えていく。

 その数は9本。

「こんなにあるんだもの。1本だけじゃ、おしゃれじゃないでしょ?」

 そう言うと、7本の尻尾が蜃気楼のように消えていき、2本だけが残った。

 

「あなた。もう少し監視を続けた方がいいわよ」

「ああ、そのつもりだ」

 今度こそノーテイルは別れの言葉を言って、去っていった。

 

 彼女の姿が見えなくなった瞬間、屋台の店主が目を覚ます。

 つい寝ていた、と慌てた様子で服のしわを伸ばしている。


 それを見た後、英雄語りは空を顔を上げた。

「カル王国の詩は途切れていない。だが、何かが起こり、国が変わる。この街じゃないな」

 屋台を後にして、歩き出した。

 

 その方角にある街は、都市フラスク。

 大森林やラガート村から一番近くにある都市である。

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