魔王の斧(5・観覧者)
「まさかこれほどのお力を秘められていたとは……見事じゃ!」
アゾク大森林の上空。
そこに立つ5人。
その中の1人、ヘイゲンは自分の長い髭を撫でながら大きく何度も頷いていた。
「これで、ジャイアント族に威厳を示すことは十二分に出来たと考えられるじゃろう」
「それは我らにも言えることだな」
そう言ったのはバイシンだ。
「最後の攻撃はそれほどのものだった。貴様とカラが戦闘の解析をしていたが、最後のスキルでは言葉を失っていたな?それほどの光景だったということだ、あれはどういったスキルなのだ?」
フィセラの全行動一挙手一投足まで、なんの意味が隠されているのか、用いたスキルは何なのか。
魔法に詳しいヘイゲン、戦士系統のスキルに詳しいカラで分析をしていたのだ。
だが最後のスキルだけは、2人は語ることをしなかった。
「<ボルカルノ>。重戦士が待つスキルとしては最上の1つよ」
カラ・フォレストがバイシンの問いに答えた。
「重戦士のスキルだと?そうは思えないが……攻撃範囲、炎属性。どれをとっても戦士が作れるものではないだろう?そのスキルを使う前に杖をお持ちになっていたはず、その時に発動させた魔法では?」
バイシンはカラの答えを信じられないようだ。
魔法ならば、とカラでは無くヘイゲンの方へ顔を向ける。
「ボルカルノとはそういうスキルじゃ」
魔法かどうかの問いには答えなかった。
2人は確信していた。
いや、ただ知っているというだけだろう。
カラが続けた。
「本来の効果は、大地を割ることだけなの。でも、大地が開いた時、そこは火を投じることで地底に眠る火の神を起こすことができる。そうして、噴火、という効果が生まれるのよ」
「火を投じる?」
「そう。スキルでもアイテムでもいい。他の人の魔法でもいいはずよ」
ヘイゲンが説明を交代する。
「さらに特殊なことに、このスキルはダメージ測定によって威力が高まるのだ」
バイシンはいまいち理解出来ていなかった。
「うむ、分かりやすくするなら……そうだな。斧を使った地面への振り下ろしの威力、その後の火属性の質。この2つが高ければ高いほど、発動する噴火は大きくなるということだ」
「フィセラ様がお使いになったのは<ガラスの心、鋼鉄の心臓>。この斧はとても強力よ」
「そして火属性のアイテムといえば、あの<エレメンタルガントレット>ということか」
「エレメンタルガントレット・オリジンファイア、よ」
カラがバイシンの言葉を訂正した。
創造者の持ち物はしっかり記憶しておきなさい、と小言を言っている。
「オリジン、始原の炎か」
「その通り!」
ヘイゲンが珍しく興奮した様子だ。
「2つの100レベルアイテムをトリガーにした、我らが創造主の方々を導く王、彼女のみが発動させられるスキル!」
ヘイゲンは爛々とする瞳を、下にいるフィセラへ向けている。
「武道者の<奥義>、魔術師の<超越魔法>、創造主自らが行う<永劫の犠牲>。フィセラ様はそれらに匹敵するお力を示された!」
突然に雰囲気が変わり、冷静な顔つきに戻った。
「管理者一同、決してフィセラ様に遅れをとるな。わし等は、あの御方の盾にして、剣である。お一人で先を歩かせてはならんのだ…………よいな?」
返事はない。
彼の言葉に反対な訳ではない。
ただヘイゲンの命令に従うようで嫌なだけ、少し黙っているだけだ。
その証拠に彼らの瞳には強い決意の火が宿っていた。
ベカ・イムフォレストも他の者同様にやる気をみなぎらせていた。
だが、先ほどから気になることがあった。
「………………おい」
「……うん?私?」
返事をしたのはベカの隣で腕組みをした仁王立ちのホルエムアケトである。
「テメェのなげぇ髪が当たるんだよ。気をつけろ」
大森林のはるか上空、風はある。
確かに揺られるホルエムアケトの髪がベカに触れていた。
「ふ〜〜ん。わかった!」
その時、ホルエムアケトの白い尻尾がブンブンと揺れ始めた。
ベカはそれに気づいたが無視した。
だが、流石に気になって尻尾を見ると、スンッと揺れはおさまった。
顔を見ると、まっすぐ前を向いている。
気にはなったが、何も言わない彼女を見てベカも口を閉じた。
ベカも彼女に倣って前に向き直る。
するとまた尻尾が揺れ始めるのだが、ベカは今度こそ完全に無視を決め込んだ。
その背後では、ホルエムアケトが自分の尻尾を巧みに操り、ある場所にスルリと侵入させていた。
「…………ひゃぁ!」
ベカが普段は出さないような高い声を上げた。
何かがスカートの中に入って来た。
フワフワの何かだ。
何かは容易に想像はついた。
「…………」
顔を真っ赤にするベカ。
「…………」
瞬時に尻尾を引っ込めるホルエムアケト。
「ぶっ殺す!」
「キャハハハハ。そんなの当たるか!」
ベカは腕を振り回し、それを簡単に避けるホルエムアケト。
どれもが正確にホルエムアケトの顔面を狙ったものだが、ベカが身体能力で勝る訳がない。
そうしていると、ベカが遂には杖を取り出した。
「いいぞ、かかって来い!」
ホルエムアケトも後方へ大きくジャンプして距離を取る。
彼女達が立つ場所は、上空に浮遊する透明な板の上である。
境目は分かりにくくあるが、完全に見えないということはない。
ステージ管理者の「目」ならば、その程度ははっきりとわかるほどだ。
「キャハハハハ!」
ようやく構ってもらった犬のように、はしゃいでいなければ、の話だが。
「ハハハハ、ぁ……アァァ――!!」
ホルエムアケトは華麗に落下していった。
一瞬固まるベカ。
ホルエムアケトが先までいた場所を震える手で指さしながら、振り返る。
「な、なぁ。おい、あの落ちたんだけど下に。おいって!」
ベカは後ろにいた3人を見て驚いた。
誰もこちらを見ていなかったのだ。
彼女が呼びかけたというのに、未だに、誰も、こちらを振り向かなかった。
「え――……」
「時にカラよ。わしには気になったことがあるのだが」
「あら、私も言おうと思っていたことがあるの。と言うより提案ね」
ふむ、と言いながらヘイゲンはカラに言葉を譲った。
「フィセラ様には戦闘技術、武器術の訓練を行う必要があるわ」
「そうじゃな、わしも同意見じゃ」
「<ガラスの心、鋼鉄の心臓>、それにフィセラ様の基本能力があれば、あの程度のゴブリンは「一手」で終わるわ。それがこれほど長引いてしまった。これからも戦士職を使われるのであれば、早くに慣れなくてはいけないわ」
「良いだろう。任せるぞ」
会話を聞いていたバイシンが肩を震わせていた。
「貴様ら!天上に立つ神の技術を疑うのか!今の言葉をフィセラ様の前でも口にできるのだろうな?」
「そうねぇ、あなたには組手の相手をお願いしましょう、…………一番頑丈だし」
まとまに話を聞いていなかったカラだったが、バイシンは彼女の言葉を聞いて、なぜか停止した。
「う゛――ん」
唸るバイシンを問題なしと判断したのか、ヘイゲンが全員(3人)に声をかけた。
「フィセラ様はすぐお戻りになる。わし等も戻らなくては、祝いの場を設けるのだ」
同時に転移ゲートを開く。
カラ、バイシンが入り、それにヘイゲンが続いた。
ゲートに姿を隠す前にベカを呼んだ。」
「お主はホルエムアケトを探してくるのだ。落ちたとて死ぬはせぬだろうが、砦に戻れるかは怪しい。頼んだぞ」
そうしてヘイゲンはゲートに入り、すぐ後にゲートが消える。
「…………は?」
ヘイゲンが作り出した足場の魔法効果が消えるまで、3秒後。
そして、ホルエムアケトを追う中で、共に大森林のさらに奥、未開領域で大冒険を繰り広げながら砦に帰るまで、後13日。
今はまだ語られぬ、秘められた未開領域深奥の冒険譚の始まりである。
そして本当に誰も語らぬ物語である。
これよりエピローグです。
1,2千字程度の軽いものを2?3?ほど投降するつもりです。