落ちる星空(3)
ちょっと短いです。
深緑のアゾク大森林の空で、今も広がり続ける夜空。
下にいる者達の視界の端にあった青空が消えていく。
もはや、首を動かさなくては太陽の光を見ることが出来ないほど、夜は広がっていた。
夜が隠す太陽の光、それによって大森林には光と影の境界線が出来ている。
その境界線が森にいる生き物から離れていく。
その時、夜の下にいる者達は感じることとなる。
これが影の暗さではなく、悪しき者に光を奪われた闇の暗さだと。
森のいるすべての者が等しく空を見上げるだろう。
優しき者も、悪しき者も、誇り高き者も、今だけは平等である。
生まれて初めて闇を知る、子供のように。
アルゴルはモンスターの大群の後ろで、無警戒に空を見ていた。
樹の陰に姿を隠しているが、鋭いものがいれば気づかれてしまうだろう。
それでも、その光景は彼の意識を空に向けさせるには十分だった。
「これが、合図か?どうやって……いや、何をするつもりなんだ」
やめてくれ。
その言葉を発することだけはしなかった。
これを言ってしまえば、本当に悪いことは起きてしまうような気がしたからだ。
アルゴルはただ見ている。ただ祈る。
どうか、誰も傷つけないでくれ、と。
「ドウしますカ?アゾクさま」
アゾクはゴブリンに話しかけられてようやく意識が戻った。
突然に起きた空の異変はそれほどのことだ。
太陽の光になれないアゾクからすれば、空が隠されたのはうれしいことかもしれない。
などと思うほど、彼は愚かではない。
そこにあって当然の「空」を隠す何かなんて、太陽の光の何倍も恐ろしいものに決まっている。
「今すぐに攻撃を開始しろ。ジャイアントどもを根絶やしにするのだ!」
「アレは?」
ゴブリンが空を指さす。
さすがに気になるようだ。
アゾク同様、それ以上に空の異変に怯えている者らがいた。
地底竜の背に乗ったアゾクは刃のついた王の杖を空へ掲げる。
「我が子らよ!闇が訪れた!深きに生きる我らを照らす太陽を隠すために、夜が現れた。これは我らを祝福する闇だ。世界を暗黒と恐怖に落とすアゾクに従えぇぇ!!」
アゾクは杖を前方に突き出して、大軍を前進させた。
「我が血族はまだまだいる。この程度ならば問題はあるまい」
アゾクは動かずにいた。
ゴブリンを含めた多様なモンスターが前進していって、自分から離れていくのをじっと見ていたのだ。
距離が出来たところで、彼は後ろを振り返った。
星の瞬く夜と青空の境界を目で追う。
そしてすぐに竜を走らせる。
周りには何匹もの竜がいるが、ゴブリンは一体もいない。
アゾクだけが、夜の影から抜け出した。
「動いたぞぉぉ!」
空を見上げていたナラレは相対していたゴブリン達の動きに瞬時に気づいた。
目の前にいるモンスターにまだ動きはない。
だが、後方にいるゴブリン達には動きがあったのだ。
空に視線を取られても、気はゴブリン達に向けていたナラレだけがすぐに気付けた。
「子供をもっと下がらせろ!戦士は構えるんだ。隙間を作るなよ!」
ナラレは槍を構える。
心は不思議と落ち着いていた。
何時間もゴブリン達に囲まれていれば、覚悟は決まるものなのだろう。
最前列の敵はまだ動かない。少し時間がありそうだ。
空を気にしている暇はなさそうだな。まったく!何が起こっているのかまるで分らないぞ。
アルゴルはどこに行ったんだ?
まあ、この方位を抜けて中に入る訳もないか。近くにいるといいが……。
私の死に際ぐらいは語り継いで欲しいしな。
…………来たか。
ナラレが何時間もにらんでいたギガントが足を踏み出した。
それと同時に後方からたいまつが運ばれてきた。
突如暗くなったから誰かが火をともしたのだろう。
目の前のモンスターたちは火を恐れたりはしない。ただの獣とは違う。
だが、闇を照らす火の光が、ほんの少しだけジャイアントたちに勇気を与える。
「ここにはヘグエルもアルゴルもいない。今は私達だけだ!私たちが戦うんだ!斧を、剣を、槍を突き立てろ。悪しきゴブリン共に刃を突き立てろぉぉ!!」
ナラレの怒号に最初に反応をしたのは、他の戦士でも彼女自身でもなかった。
目の前にいたギガントだった。
列を揃えることも知らずに、我先にと突進してきたのだ。
咆哮を上げながら走るギガントにナラレはたいまつを投げた。
ギガントの顔に当たった火が一瞬だけ大きくなり、流石のギガントも後ろによろめく。
ナラレはその隙を見逃さない。
「死んでも生き残れ!」
槍を構え風のごとく駆ける。
そして、両者、両軍の間に夜の幕が落ちてきた。