落ちる星空(2)
ゲナの決戦砦、地下2階。
外壁は石素材で整えられており、青白い光が点々と設置されている。
だが、その外壁以外は何も無かった。
縦に置いた筒状の形の空間なのだが、中身が何も無い状態だ。
その空間の外壁のある場所(入口予定)から話し声が聞こえてくる。
「聞きましたか、フィセラさん?あの馬鹿のこと」
「……馬鹿が多いから誰のことか分かんないです」
フィセラはギルド・エルドラドのメンバーの一人、Yoshizawaに話しかけられていた。
全身真っ黒な肌で、あまり装備をつけていないため余計目立った姿だ。加えて、黄金の装飾が合間って、独特な雰囲気を持っている。
礼儀正しく、年下のはずのフィセラにも丁寧に接していた。
あなたが我々のリーダーなのだから当然だ、とよく口にしてくれる。
会話の多いメンバーの一人だ。
だが、この場に来たのはおしゃべりの為ではない。
ギルドリーダーとして、拠点の制作管理をしに来たのだ。
彼に提出されたステージ制作計画書をみながら、フィセラは興味のなさげな返事を返す。
「彗星さんですよ。また課金をしたそうですよ」
「ああ、あの人ね。ワールドクエストにですよね?いつものことじゃないですか」
コンソール画面から目を離さずに会話を続ける。
「いやいや、これですよ」
Yoshizawaは、左手で指を3本立てた。
人差し指と中指に親指を加えた「3」だ。
「マジ?」
どの桁に合わせるべきか、普通なら迷うところだが、エルドラドでは決まっている。
「3千万も使ったの?……やっぱり馬鹿だな」
「ワールドクエストの貢献ランキング知っていますか?ヒーローランクというのがあるんですけど、彼、6位だそうです」
ワールドクエストのランキングがヒーローランクと呼ばれるのには理由がある。
クエストの報酬は莫大だが、失敗時のペナルティも甚大である。
国の滅亡。それも、クエストのために用意された国ではなく、普段から多くのプレイヤーが使う主要国家の滅亡なのだ。
そのため、クエスト参加者は皆、国を救うために現れた英雄と唄われるのだ。
Yoshizawaの口にした数字を聞いて、フィセラはわざとらしく驚いた反応をする。
「え!?…………ひく」
「うるせえよ!というか低くねぇよ!高いだろ!」
驚くほど近く、というよりYoshizawaの隣で作業をしていた男が突然声を荒げた。
二人には背を向けて話に加わらないでいたのだが、我慢ならず割り込んでしまったようだ。
彼が彗星である。
プレイヤー名は、<彗星を見た男>だ。メンバーはこれを略して「彗星」と読んでいるのだ。
オールバックで固められた髪型からは凛々しさが感じ取れる。
だが、服装は反対だ。
薄汚れたボロ布を肩にかけているだけだ。大きさはあるようです、肩から足まで覆い隠している。
乱れた、を通り越して、荒れた格好だ。
それも<奴隷>ならば、仕方ないだろう。
<奴隷>というのは珍しい<種族>である。職業ではない。
どうやっても変えられないもの、という考え方をすればそれも適当なのかもしれない。
ペナルティの大きい種族だが、その分条件達成した時のアドバンテージも大きい。
有能な種族なのだ。
フィセラは怒り顔の彗星に物申す。
「いや、そんなに課金したんなら5位以内には入って欲しいんだけど」
「だったらあんたらも参加しろよ!2位と5位はどっかのギルドリーダーだったぞ。仲間に協力させてたんだよ……なのにエルドラドから参加したのは、たったの4人……嘘だろう」
そう聞くとさすがにかわいそうに見えてきた。
「まぁまぁ、みんなにも訳が」
「……お前が召集すればよかったのに」
「え……遠いし、関係ないし」
今回のワールドクエストは、エルドラドの拠点とはかなり遠かった。
加えて、その周辺を活動範囲にしているメンバーもいなかったのだ。
「それでも!それでもな〜……う〜〜ん」
まだ納得いかないようで、うめき声をあげている。
あらかじめギルド会議でギルドとして不参加を決めていたため、これ以上強く出られないようだ。
次は彗星の代わりにフィセラが語気を強める。
「それよりも!拠点制作は?これで完成なの!?」
フィセラは空っぽな空間を指さす。
「そんな訳ねぇだろ」
「分かってるわよ!今何してんのか聞いてんの!全然進んでないじゃない」
「ここからが大事だから慎重にやってるんだ」
フィセラは頭にクエスチョンマークを作る。
そこへYoshizawaが助け舟を出した。
「彼はここのステージ管理者のことで悩んでいるようですよ」
「そうだ、コンセプトは合わせた方がいいだろう?だから、俺はワールドモンスターを作りたいんだ」
数秒で舟を沈没させた。
フィセラは眉間に深い皺を作りながら、怒りを含んだ言葉を発する。
「出来る訳ねぇだろ…………いいからとっとと拠点作れ。ここが一番遅れてんのよ」
「待てよ!管理者とそれぞれのステージは世界観を合わせるって話だったろう?」
「120レベルNPCの素材は拠点制作のより特殊だから、「砦を作った後」で、みんなと探しに行くって言う話だったでしょう?」
「うっ……そういう話もあったけど」
「というか、ワールドモンスターを作りたいのはあんたの趣味でしょ?そういうのは認めません!」
きっぱりと言うフィセラに渋い表情をしたのは彗星だけではなかった。
「フィセラさん。彼のアイデアはなかなか面白い。少しだけ聞いてみては?」
目だけを動かしてYoshizawa の顔を見る。
この場では反対を言っているのは自分だけらしい。
「……2秒だけあげる」
彗星はフィセラの言う無理な時間に舌打ちをしながら、話し始める。
「作るのはスライムだ」
「待って、水生生物って言ってたでしょう。人魚にするんじゃないの?」
「黙って聞け」
フィセラはたまらず何かを言おうとしてが、今だけは素直に口を閉じた。
「アンフルの巨大化の最高記録を知ってるか?」
「…………」
言われた通りに黙り続けるフィセラ。
「……巨人を10倍にした記録だ。全長50メートルらしい」
彗星は一呼吸して、口を開く。
「それを超える」
「まず、NPCの制作っていうのはプレイヤーのジョブやレベルビルドの何倍も複雑だ。なぜなら、付け加えるだけじゃないからだ」
フィセラは意識を話に向ける。
「俺たちが究極を目指したって、レベル1から長い時間をかけて育てるんだ。1つや2つはいらないスキルがあるもんだ。」
彗星はフィセラの視線に気づいて訂正した。
「中には、10とか20のやつもいるかもな……」
――なんでこいつ私を見て言い直したの?
「だが、NPCなら一切の無駄を省ける」
「なんでスライム?」
「一番単純な生物だからな。それに、覚えてるだろ?あのワールドクエストを」
第3回ワールドクエスト。
討伐対象、<宇宙からの来訪者・世界を覆う大粘体>。
2千万のプレイヤーが、七日七晩攻撃し続けた記憶はまだ消えていない。
「アレを作るの?大きさ知ってんの?空に浮かんだアレの体が地平線を超えてたのよ!」
「完全に同じものは無理さ、だが真似は出来る」
フィセラは前髪を持ち上げて頭を冷やす。
「…………それで?」
「全てのリソースを巨大化に使うために、あらゆるものを排除します」
Yoshizawaが説明を行う。
地下2階の設計はこの二人に任せているのだ。ステージ管理者の話も、この二人の計画なのだろう。
「アイテムスロット、スキル、ジョブも設定しません」
「ほとんどのキャラ機能を消すんだ。かなりデカくなるぜ」
「だとしても、巨大化スキルを取得すること自体が普通じゃないわ。二人が思っているよりも、大きくならないと思うけど」
「巨大化スキル?そんな立派なもんは取らねえ。持たせるのは、縮小化だ」
「は?」
「最初から大きくするのです。そうすればスキルはいらない」
「無理よ。NPCのサイズ制限がある」
「だから縮小化だ。常にそのスキルを使っているという「設定」にする」
興奮した彗星の語りは止まらない。
「加えて、縮小にペナルティを付ける。つまりデバフさ。その分、バランスをとるために元のステータスやサイズをもっと上げられる」
どうだ?という顔を向ける彗星。
設計が得意でないフィセラにはまだ判断は出来ない。
それに、まだNPC制作には必要なものがある。
「素材は?何が要るの?」
「そうだな~最高なのは…………いやダメだ……必要なのは1つだけだ。これ以外じゃ無理だ。……宇宙からの来訪者、あのワールドモンスターのドロップ素材だ」
「あれはエルドラドにありませんよ」
「そう、……なら、……もらいに行こうか」
フィセラが不敵な笑みを浮かべた。
「取引か?交渉材料は?」
「これに決まってるでしょ」
そう言って、拳を胸の前に作る。
「言葉にするなら、暴力!」
「……言葉にしない方が良かったよ」
「とにかく、フィセラの許しが出たんだ。早く始めようぜ!」
「あ?」
気持ちを高ぶらせる二人とは対照的に、フィセラは冷えた声を漏らした。
「拠点制作が先だって言ってんだろ……ふざけてんの?」
彗星とYoshizawaがブルブルと顔を振る。
「遅れたら、殺すぞ?」
彗星はエルドラドのメンバー内で最年少である。
生まれて初めて人から向けられた殺気に、彼は涙目であった。
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