黒を纏う(3)
時は戻り。
フィセラが<テレビジョン>での現況の確認を終えた後。
頂上の玉座に幾筋もの光の柱が現れた。
陽光が差し込んだのだ。
神話(フィセラにあまり興味は無い)を模したスタンドガラスの天窓がキラキラと輝いている。
ゲナの決戦砦の天井に付けられた太陽時計が動いたということは、当然外の太陽も同じはず。
地平線を太陽が超えた頃だろう。
そんな中、フィセラは最終決定を下す。
「それじゃ、アルゴルとの約束通りに彼らを保護します」
フィセラは少し語気を強めて続ける。
「エルドラドの支配下にある彼らの敵は、当然エルドラドの敵!いや、違う、最初から私の敵だ!」
ドンッと拳を勢いよく肘おきに叩きつけた。
「……全員ぶっ殺すぞ」
「は!」
管理者たちはフィセラのやる気に応えるように返事をした。
彼らも同様に闘志を燃やしているようだ。
フィセラは叩きつけた拳の痛みを我慢しながら、怒っていた。
――いたい……この痛みも、奴らのせいだ!
身に覚えもなく、果てもない、黒い怒りがゴブリンたちに降りかかろうとしていた。
フィセラは一度深呼吸をして、心を落ち着けた。
「さっそく、奴らとの戦闘のことで」
「お待ちください!フィセラ様!ゴブリン共の殲滅は私にお任せください!」
レグルスの立候補だ。
そして、他も、当然、それに続く。
「いえ、私が」
「俺が」
「僕が」
ゴブリン共を見事に滅ぼして見せます。
ということだろう。
そうやって燃える管理者の面々を、フィセラはキョトンとした顔で見ていた。
「皆戦いたいの?でも、せっかくだからムーとコスモを連れていくつもり。ごめんね」
その言葉にコスモは少し得意げで、ムーンはあくびをしていた。
レグルスがフィセラのセリフをつつく。
「連れていく、とは。まさか、フィセラ様も出向かれるのですか?」
「私が始めたんだから、終わらせるのは私でなくちゃ」
当然のこと、という顔でこう続けた。
「それに戦闘が危ないとか言って止めるつもりでしょ?でも、これを見ても同じことが言える?」
これを合図として、ヘイゲンがメイドに動かす。
「丁寧に、扱うのだぞ」
玉座の横、謁見に来たアルゴルや管理者から見えない死角となる空間がある。
そこで待機していたメイドたちが行動を開始した。
メイドの1人がフィセラの前に向かい、手を差し出す。
立ち上がるように促したのだ。
フィセラは素直に玉座から背を離した。
その隙に、他のメイドは玉座に掛けられていた大きな漆黒の布を持ち上げる。
決して床につかないように空中に浮かせた布を、そのままフィセラの肩にかけた。
まるで羽織らせるように。
すると、布がみるみると形を変えていった。
元々その形であったかのように、自然に形態を変えていく様は時を戻しているように見えた。
そして数度の瞬きの内に、ただの布が漆黒のロングコートへと変身したのだ。
<黒会の帷>。
非武器アイテムとしては防御力の低いアイテムである。
だが、そんなことは問題ではない。
このアイテムの真の価値は別にあるのだ。
それは所有者の持つあらゆる情報の秘匿である。
防御面だけで考えれば、少しレベルの下がるものでも代用できる。
情報戦という観点であれば、無比なアイテムだ。
初めて使用したアイテムにさすがのフィセラも舞い上がっている。
――昔、ギルメンが使った時はマントに変形したけど、今回はコートか。個人に合わせてる?
「でも、これいいね」
メイドによる戦支度はまだまだ終わらない。
次に持ってきたのは、アクセサリー等の装飾品だ。
指輪を2つ。
それぞれ、「呪われた女神から落ちた銀の涙」「異次元から取り出した未知の物体」を素体としている。
ブレスレットを1つ。
億王と呼ばれた皇帝の遺品、世の中に現存する最後の品だ。
ネックレスが2本。
邪悪の心を固めて削り形どった十字架がつけられたもの。
記録、口伝、記憶さえ失われた王家、その初代王の唯一の自画像が収められたロケットペンダント。
フィセラの暗色に統一された衣装へアクセントを加えているようで、アクセサリーに視線を奪われてしまう。
「まだ空きスロットはあるから、他にもつくろうかな……」
癖でスロットと言ったが、現実の今はそれらがあるのかはわからない。
指一本には、指輪は1つ。
これがルールだが、現実ならば2つ3つははめられる。
また今度試してみよう、とフィセラは頭の中で実験リストに項目を1つ加えた。
また1人、メイドがアイテムを運ぶ。
そこにあったのは中世時代の籠手、それも左手のみだった。
その籠手は、赤い炎の燻りがまるで血液のように脈打っている。
素手で触るには、あまりにも熱そうな見た目なのだが、メイドは白手袋一枚で小手を持っている。
それも当然だろう。
熱さで触れないようなアイテムが「有用」などと評される訳がないのだ。
<エレメンタルガントレット•オリジンファイア>。
籠手自体に攻撃力はないが、それが生み出す炎を強大だ。
主効果として他の武器に炎属性を伝わらせることもできる。
無限の存在を焼き尽くし、尽きることのない火。
あらゆるものの終わりに感じる暖かさは、この火のものだという。
フィセラは籠手がついた左手を強く握り込む。
すると、その手から炎が巻き起こる。燻っていた火種が再び発火したようにだ。
「片手しかないのはバランス悪いよね。相性がいいアイテムあったかな?」
空いた右手を見ながらそう呟く。
そこへまた、声がかかる。
最後のメイドだ。
「メインとなる武器はいかがいたしますか?」
主武器。
頂上の玉座を飾る物の中でも、目立つ代物たちだ。
白くぼんやりと輝く槍、十字架の形をした長杖、漆黒の大斧、禍々しい形状の法杖。
――ほんとはもう1つあるんだけど……しかも最強なのが。
フィセラは背後にいるある管理者を横目で一瞥した。
――アレは私じゃ使いこなせないな。
「そうすると、これかな」
パチンッと指を鳴らしながら、ある武器に指を差す。
メイドが即座に動き、フィセラの望んだものを運ぼうとした。
だが、それはびくともしなかった。
3人、4人、5人とメイドが総出でことにあたるが、やはり動かない。
「少し重いからね。もういいよ」
見かねたフィセラがメイドのすぐ後ろにいた。
彼女たちはエルドラドの中でも最低レベル。戦闘用の設計がされていないのだから、仕方ない。
フィセラはそう思ったが、彼女たちは違ったらしい。
フィセラに場所を空けるため引き下がるメイドの顔を赤く、唇を噛んでいた。
自らの仕事が果たせなかった悔しさか、その失態を主人の目の前で晒した恥ずかしさか、その両方か。
フィセラはその武器の柄をにぎる。
「気にしなくていいよ」
視線は真っ直ぐ武器に向いたままだ。
「そもそも、コレは……私のなんだから」
<転職・重戦士>。
フィセラは筋力を3倍近くまで上げた力で、天高く「大斧」を持ち上げた。
<ガラスの心、鋼鉄の心臓>。
心とは内面。
内に秘める力とすれば、それは内包するスキルだ。
心臓とは肉体。
ここで表すのなら、武器そのものだろう。
より理解しやすく言えば、この武器にはアイテム効果というものがないということだ。
代わりにあるのは、単純な硬さのみ。
度を超えた「硬度」と「耐久性」が、いつしか「不壊」にまで至ったということだ。
直線の多い刃からは、飾り気のないように見えた。
だが良く見ると細かな彫刻があると分かる。
黒一色の彫刻では、その詳細はわからない。
それでも、天窓から差す光が幾筋もの堀に反射して、ギラギラと輝きを放っていた。
装備を整えたフィセラを前にして、管理者たちも異様に目を輝かせている。
これらのアイテムは全て、100レベルという神域にある。
その足で辿り着けるのは99レベルまで、100レベルを得るには「翼が必要」、そう評されるほどの最上のアイテム。
管理者からすれば、否それらを身に付けたフィセラも同様に、否、それ以上に神性を持っているのだ。
その姿を一言で表すのは誰にもできない。
まるで、闇の中にあった玉座そのものを自身に宿したかのように。
まるで、全ての光を無にするように。
まるで、黒を纏うように。