黒を纏う(2)
ヘイゲンが管理者たちに使いを出してすぐのこと。
ものの数分で全員が頂上の玉座に集まっていた。
「全てのステージ管理者がここに参上いたしました」
ヘイゲンの言葉を合図にして、管理者たちが跪き面を上げる。
フィセラの左隣にヘイゲンが、正面に管理者が跪く。いつもの形だ。
右から、レグルス、ベカ、カラ、コスモ、ホルエムアケト、バイシン(梅心)である。
城門から最下層までのステージ順(順番ではヘイゲンはカラの後に入る)だ。
「話は聞いたと思うから詳しい話は省くわ。ただエルドラドという組織が、他の組織。ジャイアント族、ゴブリン……連合軍?をどうするか、ていう話よ。これについてはあなた達の意見を聞きたくて集まってもらったの、来てくれてありがとう」
バイシンが赤い顔(のような模様)をフィセラに向ける。
「もったいなきお言葉でございます。本来、あなた様の足下こそが我らのいるべき場所です。これからはお心のままに我らをお呼びください」
「分かったわ」
お礼を言えばそんなことを言うだろうな、と予想していた内容だ。
フィセラはさして気にせず了解した。
バイシンは落ち着いていたが、他の管理者は少し違う。
自分の考えをここでフィセラに教えなければいけないのか、と動揺していたのだ。
彼らはヘイゲンの反応を見ていた。もしフィセラが意見を欲しいと望むのなら、一番に聞くべきは彼だろう。
だが、そのヘイゲンは動かず、フィセラも自分たちの意見を求めている。
ならば、この場は個々の思ったことを飾らずに語るべきなのだろう。
最初に手を挙げた(手はないが)のはコスモだ。
(僕としては……)
少し慣れて来た念話が脳に届く。
コスモはフィセラと共に現場を見ている。
他の管理者とは違う、自分の肌(肌はないが)感じた意見を述べてくれるはずだ。
(全員捕まえて、僕の牢屋に入れたいです)
――ん?
予想だにしない言葉でフィセラがずり落ちた。
コスモは続ける。
(あの者らを支配下に加えるよりも、召喚モンスターの生贄にする方がいいと思います。何よりも、現在、僕の管理する水中牢獄に空きがたくさんあります。試行中のモンスター召喚の実験を続けるためにも贄の補充が必要です)
自身の職分を交えた意見だ。
数人の管理者も頷いている。
「無価値の者達を有効に使うのは良いことだ」ということらしい。
とりあえず皆の意見を聞く、と言って次の者の話を聞くことにする。
次はベカだ。
「フィセラ様は一度ジャイアントどもと話をされたのですよね?」
「うん。長老会って言う人達には相手にされなかったけどね」
ベカはムッと少し顔を強張らせた。
「ならば!殲滅です!あらん限りの魔法を打ち込み森ごと焼野原にしてみせます!」
「いや、流石に森は」
「フィセラ様の言葉を聞かぬ愚か者どもなど生きている価値なしです!」
ベカの方が興奮してフィセラの言葉が聞こえていない。
それを諫めるよりも先に、もっとうるさいのが加わった。
「私も出来ます!全員ぶっ殺します!」
ハイ!ハイ!と手を挙げたのはホルエムアケトだ。
「おい!アケト、お前は黙っていろ。今は俺が話してるんだ」
「私も!」
「俺が先だったろうが!」
「私が先に言った!」
「違うだろ!馬鹿かお前!?」
幼稚な言い合いにフィセラは黙って見ている。
二人に挟まれたコスモとカラ。
コスモの顔は分からないが、カラは何も聞こえてないような澄ました顔だ。
「では……」
バイシンが口を開いた。
すると、二人はピタリッと言い合いをやめて口をつぐむ。
「私の考えを述べましょう」
ベカとホルエムアケトの反応を見て、フィセラはふと思う。
――皆の関係性が複雑だな~。でも意外と絡みがあるみたいでよかった。バイシンは怖がられているのかな?
「明朝、彼らに投降を促してそれに従わなかったものを業火に落としましょう。そこで生き残った者を召喚の贄にするのです」
まともな意見にも聞こえるが、フィセラは納得していない。
――そういう話で、すぐに投降してくるような人たちって全然いないと思うんだけどなぁ。
「心優しきフィセラ様はこちらから攻撃を気にしておられるのでしょう。ですが、2度目の慈悲さえ拒む者達にはそのようなお心をお見せする必要はございません。それに、弱き者達でも召喚されるモンスターも影響がでるやもしれません。より強き者を残すべきです」
(そういうことは無いと思うけどな)
コスモが小さく呟く。
バイシンがコスモに恐ろしい顔(真顔)を向けた。
(まぁ……そういう実験はしてないけど……)
一応は全員の意見を聞いておかなくてはいけない。
次の者が口を開く。
「勝者こそが絶対でございます」
そう言ったのはレグルスだ。
「ゴブリンがジャイアントに勝つのなら、彼らの運命はゴブリンの手に。そのゴブリンをフィセラ様が倒すというのであれば、すべてはフィセラ様の御手に……」
レグレスがそう言い終える。
そこへ横からヤジが飛んできた。
ベカだ。
「それじゃ結局フィセラ様に任せてんじゃねぇか!てめぇの考えを言えってんだよ!馬鹿が」
それを聞いてホルエムアケトが大爆笑していた。
レグルスはひげをピクピクと動かすだけで、黙っている。怒り顔で皺が寄るのを我慢しているのだろう。
――かわいそうに。いじられキャラなのか?ライオンなのに……。
そして残った一人、カラが穏やかにこう切り出した。
「そう責めてばかりではかわいそうですよ」
レグルスが右耳だけを密かにカラの方へ傾けた。
カラがそれに気づく。
「ああ、あなたのことではありませんよ」
「わ、わかっている。ジャイアント族のことだろう?」
レグルスが振るえる声で反応する。
ホルエムアケトはこらえきれずに笑い転げていた。
「ええそうです。彼らのような若い種族は迷い、戸惑い、道を見失うものです。その一人がこちらへ向かっているというのなら、しっかりと話を聞いてあげないと……」
フィセラが初めて質問する。
「それじゃ、ゴブリンは?」
「アレは道を見失ってなどおりません。ただひたすらに走り続けています。滅びというゴールに向かって」
フィセラは少し口角を上げた。
「……そうかもね」
今まで他の管理者には反応を見せなかったフィセラが、カラの意見には納得したかのような態度を見せた。
それに他の管理者たちはすぐに動いた。
「私もそう考えてた!」
「エルフの俺からすれば、やつらは若い!すこし馬鹿なぐらい許してあげるべきですよね」
「情状酌量というものか。だが、ゴブリンに救いはないでしょうな」
「ゴブリンの数だけで牢屋は埋まりますよ、おそらく」
「……ではフィセラ様。どうなさいますか?」
――あれ~?なんで一斉に意見を変えたのかな?私は最初からどうするかを決めていたけど、みんなが違う考えならよそうと思って玉座に集めたけど……これは……。
これがまともな会議と言えるのか。
これから対等な話し合いは出来るのか。
フィセラは一抹な不安を感じた。
――でも……皆、意見が同じになったのは良いこと!
「大体の方向性は決まったかな。それじゃあ厳かに、優しく、客人に迎えてあげよう」
『は!』
フィセラは頭の中でイメージしていた。
ジャイアントとの話ではなく、部下に迎えた後のふるまいでもない。
ゴブリン族との闘いをである。
フャンタジー世界で生きるのなら避けられない道だ。
フィセラはそれを理解していた。
「ここは派手にいかなくちゃ、最初でしっかりやっとかないと、これからが盛り上がらないからね」
フィセラが何を言っているのか、聞いている管理者は分からなかった。
だが、ギルド・エルドラドの始動を喜ばぬ者などここにはいない。
「あ……ムーも呼んでおかなくちゃ」