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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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黒を纏う

 アルゴルはようやく望みの言葉を聞くことができた。

「ありがとうございます」

 混じり気のない感謝の言葉をフィセラは確かに受け入れた。

 だが、少しばつの悪そうな顔である。

「そんなに頭を下げなくていいよ。あんまり……タイミングもよく無かったみたいです」


 長老会やヘグエルのことを言っているのだろうか。

 彼らのことも気にしてくださるのか。

 アルゴルはフィセラの優しさで感涙にむせぶ思いだ。


「それじゃ、どうしようか。もう少し時間に余裕はありそうだけど……」

「そんな!もう余裕など……出来ることならば、今すぐにでもお力を貸していただきたい」

「今はちょっとな〜、準備があるからな〜」

 

 アルゴルはそれ以上強く言うことが出来なかった。

 管理者と呼ばれる者たちの怒りを買うと思ったからではない。

 主人の気を上げ悪くしてはいけない、と彼自身が考えたからだ。


「それでは、俺が同胞たちの元へ戻ることをお許しください」

「別にいいよ」

 本当に気にしていないという返事だった。

「で、では、俺はこれで」

 

 このまま部屋を出ていいのか迷ってしまった。

 許可はもらった。

 だが、本当に「独り」で戻るのか?


 その時、自分へ注がれる視線にアルゴルが気づく。

 視線を送るのは獅子頭の戦士レグルスだ。

 鋭い眼光と熱を帯びる視線にアルゴルは気圧される。

「最強と名乗りながらも森に戻ることが怖いのか?これより貴様は栄光あるエルドラドの名を背負うのだぞ!我らには何者も恐るるに足らん!戦士ならば胸を張れ!」

 レグルスとしては、自分と同じ戦士へ活を入れたつもりなのだろう。

 だが、当のアルゴルは自信のない心を見透かされたことで、さらに気おくれしてしまっていた。


 それを見たフィセラが声を大きくする。

「こら!レグルス!そういうことを言っちゃ」

「フィセラ様」

 ヘイゲンが珍しく、フィセラの言葉を遮った。

 

「今や彼はエルドラドに属するひとり。客人とは違います。わし等と同じように御ために働く駒の1つとお思いください」

「え、え〜」

 ――言いたいことは分かるけど……そもそもみんなの事を駒とは思ってないし。

「まぁ、そう。そんな感じなんだ?」


「アルゴル、行っていいよ。こっちが着いた時は合図をするから、よろしくね」

「合図ですか?」

「すぐ分かるやつだから、心配しなくていいよ」

 アルゴルは了解したという風に頷いてから、背中を向けた。


 フィセラはその背中に優しく声をかける。

「大丈夫。しっかり見てるから」

 

 その言葉の意味を知る前に、アルゴルの姿はここへ来た時と同じように闇の中に消えていった。


 アルゴルが去った後。

 まだ管理者は姿勢をくずさない。

 この静寂を破ることができるのは、ただ1人。


 フィセラが口を開く。

「ヘイゲン、森の状況を見せて」

「はい」

 ヘイゲンは一歩前に出て両手を空中に向け、魔法を唱える。

 <テレビジョン>。

 

 すると、ちょうどフィセラの正面、少し上に大画面のスクリーンが現れた。

 その画面にすぐに映像が流れる。

 映っていたのはついさっきここを離れたばかりのアルゴルだ。


「どこにおくったの?」

 画面を見ながらヘイゲンに問う。

「フィセラ様のご命令通りに、彼の同胞の近くへ。わしの転移魔法範囲の限界位置ですが、ここに来た時間の半分で戻れるでしょう」

 フィセラは満足なようで、ウンウンと頭を縦に振っている。


 ヘイゲンはそれを見て<テレビジョン>を次の<チャンネル>に変えた。


 映ったのはかなり高所からの画角の森の姿だ。

 その中心と外側には動く影がある。

 真ん中にいるのはジャイアントたち。

 外にいるのが数えきれないほどのモンスターだ。


 フィセラはその光景を見て頬杖をつく。

「ん〜〜。さっきとあんまり変わってないなぁ」

 つい先ほど見た光景に少し退屈そうだ。

 

 少し時をさかのぼり、アルゴルが砦に着く前、大山の裏側で樹霊たちに会う少し前。


「フィセラ様。至急お伝えしたいことがございます」

 前にも聞いたような、そうでもないような。

 そんな言葉が頭の中に響いた。

 どこで聞いたのか、思い出すことを諦めてフィセラは起きる。

「う……ん、そう」


 自室のベッドで寝返りをうちながら、返事をする。

 体を返したことで、ムーンに腕が当たっておかしな鳴き声が一瞬聞こえたが、フィセラは気づかなかった。


「わかった、それでいいよ……」

 ついでに言えば話も聞いていない。


「フィセラ様、まだ報告はしておりませんが…………。メイドを向かわせますのでご準備を、玉座の間にてお待ちしております。失礼します」

 プツンッと<通信>が切れた。


 フィセラは起き上がり、ムーンの頭を撫でる。

「ムーなにかしゃべってた〜?」


 そして数分後。

 メイドに連れて行かれた後、頂上の玉座にて。


 そこではヘイゲンが<スクリーン>を展開していた。

「フィセラ様の遠征の報告は全て聞いております。ですが、これをご覧ください」

 フィセラは気だるげに玉座へ座っているが、どうにか首をあげてスクリーンをみる。

「あのゴブリンは健在であるようです」

 

 歌っているのは狼のような、ドラゴンのようなモンスター。それに跨るゴブリンである。

 フィセラはそのゴブリンには見覚えがあった。


「ア……ア〜……」

「アゾクでございます」

「アゾク!こいつ生きていたのか!」


 基本、フィセラは一度では人の名前を覚えない。


「お伝えしたいことはもう1つあります。それがこのモンスターです。」

「竜を殺す赤狼?」


 フィセラが口にしたのはアンフルのモンスターの名前だ。

 <竜を殺す赤狼>。

 狼種のモンスターとしては最強に位置していた。

 

「似ておりますが違うでしょう。こちらの世界の生物でしょうな」

「確かにどちらかと言うとドラゴン系かな。これの何が問題なの?」

「許容できるレベルを超えております」

 ――へ~~、竜を殺す赤狼が確か95レベル。プレイヤー換算だと、130ぐらい?こいつはそれに似てるから100レベルぐらいかな?

「平均して70レベルを上回っています」


 フィセラは微妙な顔を浮かべる。

 この世界なら、かなりのレベルだろう。

 白銀竜であるシルバーも警戒する必要がある強さだ。

 そうだとしても。

 ――低い!私なら、いや私達なら楽に倒せるレベルだと思うんだけど……。

「まあ、戦闘系の子たちでも70レベルより下の子はいっぱいいるしね。危ないモンスターをあらかじめ共有しておくのは大切よ」


 70レベルのモンスターが複数。それが相手では、80レベルのNPCでも完全勝利は難しいだろう。

 だが、ヘイゲンがそんな部下のことを考えてあげている訳がない。

 彼が心配するのはただ一人だ。


 このレベルのモンスターによる決死の一撃はフィセラに傷を負わせることが可能だ、という可能性がある。


 過保護のようなこの考えにフィセラが気づくのはもう少し先だろう。


「それでは速やかな駆除、重ねてフィセラ様が発見したゴブリンの地下空間についても住み着いている生物の掃討を」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 ――駆除?掃討?さすがにそれはモンスターが……かわい……そう、じゃないな。別にいいか。

「やっぱりいいや。全部終わったら教えて」

「承知いたしました」


 フィセラは少し姿勢を崩した。

 とりあえずはヘイゲンの報告を聞いたということで、気を緩めたのだ。

 だが、問題の対策案は1つしか出していない。

 あのゴブリン、アゾクをどうするかはまだ決めていなかった。

 アゾクは生存していてはいけない。

 奴はフィセラが自ら攻撃を仕掛けた「敵」である。

 その敵がいまだこの世界に存在しているという事実はあってはいけないことなのだ。


 フィセラは面倒だとは思ったが、流石に無視しておく気もなかった。

「ゴブリンの動向は?」

「ジャイアント族と戦闘を続けています」

「どっちが優勢?」

 スポーツ観戦のようなトーンで、種族の命運がかかった戦いの行方を聞く。

「まもなくジャイアント族の全てが蹂躙されるかと」


 一瞬の静寂の後、フィセラはヘイゲンの顔を見た。

「まもなく?」

「はい。御覧のように……」

 ヘイゲンはフィセラの目をまっすぐ見つめて返事をすると、発動中だった<テレビジョン>のスクリーンに顔を向ける。

「彼らの中で最もレベルの高かった男が先ほど敗れ、食べられている所です」

 確かにそこにはモンスターが大きな肉塊に牙を立てる光景が流れていた。


 ――これ人だったのー?気付かなかったー。何か食べてるなとは思ってだけど……うぇ。

 気持ち悪い、という顔を浮かべるフィセラ。


 ちょうどその時、玉座の間の扉が叩かれる。


 ヘイゲンがフィセラに許可を求めたので、彼女はすぐに頷く。

 それを受けてメイド(フィセラを連行してきてから玉座の間の隅にいた)が扉を開ける。


 そこにいたのはレグルスだ。

「失礼いたします」

 

 そして、彼はフィセラに告げた。

 砦の裏の配置された樹霊があるものをここへ通したこと。

 そのものは今もこの砦へ向かってきていること。

 名をアルゴルと言ったこと。


 フィセラはその名に覚えはなかった。

 だが、名を告げればフィセラが気づくだろうというジャイアントは少ない。

 不思議とフィセラはあるジャイアントの顔を思い浮かべた。

 彼がなぜここに向かっているのかも(ヘイゲンの耳打ちによって)分かっていた。


「パーーッと派手に片づけてもいいけど、それじゃ面白みが無いのよね」

 フィセラはヘイゲンに命ずる。

「全ステージ管理者をここに呼びなさい」

 


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