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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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玉座を仰ぐ巨人(3)

「お許しが下された。さぁ、もっと近くへ」

 長いひげを垂らす老人・ヘイゲンがアルゴルを手招きする。


 以前、ある戦士二人の前で使っていた<アンチホスティリティ>をヘイゲンは今も発動させていた。

 その効果により、決して反抗心を抱けないアルゴルは素直に前に出る。

 管理者たちの間を通ってフィセラの正面に立った。

 

 アルゴルは玉座という物を理解している。

 だからこそ迷っていた。

 この次の行動を、だ。

 このまま立っていては、フィセラを見下ろす形になる。

 膝をついて敬意を表すことも出来るが、上手くできる自信はなかった。

 ジャイアント族にそういった風習はないのだ。


 そうこうしている内(あまり時間は経っていないが)に、隣のいる者達が声を荒げる。


 最初に口を開いたのは、赤い髪の女・ベカ・イムフォレストだ。

「いつまでフィセラ様を見下ろしているんだ!たかが巨人ごときが!……フィセラ様、やはりこんな者に会う必要はありません」

 その言葉に賛同するように褐色の獣人・ホルエムアケトが頷いている。

「その通りです!とりあえず、礼儀の知らないその「足」に折り方を教えてあげましょう」

 そう言いながらホルエムアケトはアルゴル足へ指を立てた。

 同時にもう片方の腕の毛がザワザワと波打ち、拳が出来上がる。


 瞬間、ホルエムアケトが高速で動いた。

 アルゴルの目には、彼女の姿が霞のごとく突然消えたように見えただろう。

 それこそが幸運と言える。

 アルゴルは、自分の足に向かってホルエムアケトが大振りで拳を撃とうとしているのを見ていなかったのだから。

 もし、それが見えていれば反応をしてしまっただろう。

 そして、それによって肉塊となる体の部位がさらに増えていたことだろう。


 もはや骨折どころではなく、欠損ともいえる怪我だ。

 体を支えていた足が無くなったことでアルゴルの体は下に「落ちて」いく。

 その勢いのまま、顔面を床にこすりつけることとなった。


 ホルエムアケトが拳を握った瞬間、アルゴルはそんな最悪の未来を感じ取ったのだ。

 次の瞬間には、めり込むほどの勢いでアルゴルは膝をつき、頭を垂れていた。


 今……何が?

 現実じゃない。幻覚か?

 だが、鮮明すぎる。頭から消えない。

 これが死の気配か!


 このレベルのイメージを予測できるのは、彼が歴戦の戦士だからだ。

 これが別の者であれば、「死の気配」が「確実な死」へと変わっていただろう。

 その事実にアルゴルは恐れ、ブワッと冷や汗を流した。


 とにもかくにも、魔王が玉座に座り、謁見者はひざまずいた。

 管理者は謁見者を挟むように左右に並ぶ。

 アルゴルの脳内で起こった出来事の後、ようやく形が整ったのだ。

 これより先が王への謁見である。


 管理者とアルゴルが王の言葉を待つ。

 

「大丈夫?すごい汗かいてるけど、やっぱり遠かった?」

 第一声は、張り詰めた糸が緩むような言葉と声だった。

――階段の下にワープゲートつくればよかったかな?でも、簡単に登ってたけどな。

 

 アルゴルもつい緊張を緩めて、顔を動かしてしまう。

 目を向けたのはフィセラではなく、ホルエムアケトの方だ。

 さすがにあのイメージを無視できず、彼女の方を気にしてしまった。


 玉座から見下ろすフィセラがその視線の動きに気づく。

「2人が厳しいこと言うから怖がってるんじゃない。そういうのはしないでって言ったでしょ!」

 フィセラが注意をすると、ベカとホルエムアケトは肩をすぼめてしょんぼり顔だ。

「次は怒るからね」

『は、はい。申し訳ありません』

 二人が揃って頭を下げる。


 フィセラに人を怒る経験などない。ましてや、怒られた者の悲し気な顔を見たことがない。

 気まずくなりたくもないので、話を付け加えておく。

「私は王様とか、お姫様とかじゃない。何も偉くなんてない。もう、偉くなんてないんだよ。それでも、私は他とは違うって言うんなら……私も受け入れるよ。でも、ギルドを知らない人に強要するのはダメ!分かった?」

『は!』

 管理者一同の返事を聞いてフィセラは満足だ。

 

 

「ああ、そういえば……少し毛色の違う王の称号は持ってるけど……それも気にしないでね」

 フィセラは思い出したかのように言葉を付け加える。

「はい!」「は、はい」「……うむ」

 フィセラの正確ではない言い方に、管理者の返事も乱れてしまった。


 だが、フィセラは言いたいことを言い終えた。

 これでようやく、というようにアルゴルを見る。

「ごめんね、こっちの話をしちゃって。みんな私の部下だから、大丈夫。さあ、話を聞くよ。……ア~~……」

 ――ア?アレ、アル、アルロ……いや違うな。名前忘れちゃったや。

 フィセラはチラッとヘイゲンに視線を送った。

「アルゴル!我が主におぬしがここへ来た理由を申せ」


 アルゴルは周りの管理者を見て萎縮をしていたが、フィセラの姿はまともに見えた。

 彼らの主だからこそ、真っ当であるのかもしれない。

 そのおかげで少しだけ、アルゴルの後悔の念は薄れていた。

「分かりました」

 そうして、アルゴルは語り始めた。


 伝え聞くジャイアント族の歴史から。

 ゴブリンとの関係、やつらの邪悪さ。

 そして現在の状況まで。

 それらを細かに伝えた。


「このままではゴブリン達に、俺たちが繋いできた「種族の血」が絶たれてしまいます。どうか、俺達を」

「私の言ったことを覚えてる?」

 フィセラがアルゴルの話を遮る。

「ジャイアント族をあなたの部下にという……」

 フィセラは一度アルゴルと会っている。

 その時の提案の話だろう。

「それでいいの?みんなで森から逃げていくんなら、私は何も言わないし、何もしない。そのまま行かせてあげる」

「…………森を出ても先にあるのはあの人間の国でしょう。俺達を守ってはくれない、いや、拒むはずです。その内に奴は、アゾクは森を支配下に置く。この2つから挟まれたジャイアント族に未来はあると思いますか?」

 

 アルゴルは正直に話した。

 対してフィセラは。

 

「ふ~ん。行くところがないから守ってほしいんだ。でも、一度断ってんじゃん」

 痛いところを突かれるアルゴル。

「それは、長老会が……」

「あなた達のリーダーでしょ」

「……今は違います。今は、これからは、俺が族長です」


 ――そうは見えないけど。

「へ~。そうは見えないけど」

 ――やば、言っちゃった!


「長老達は死にました。ヘグエ……戦士として皆を導くはずの男も死にました」

 アルゴルは目を見開いてフィセラを見る。

「だから今は俺がそうだ。……俺が最強の戦士だから!」


 ププッ。

 ハハハハ。


 その時、2つの笑い声が皆の耳に聞こえた。

 アルゴルの名乗りをバカにするような、嘲笑だ。

 

 フィセラの顔からは笑みが消えていた。

「ねぇ、なんで笑ってんの?」

 そう問われた笑い声の主、ベカとホルエムアケトは肩を震わせた。

 ベカは床を見つめて固まり、ホルエムアケトは両手で口を覆って、もうしゃべらない、と体で表している。

 だが、意味はなかった。

「……聞いてんだよ!」

 瞬時に二人はフィセラと目を合わして説明をしだす。


「俺はフィセラ様が最強だと思うので、だから、フィ、フィセラ様の前で最強なのだと、自分の実力も知らぬ愚か者だと、思った、からです」

「私も……同じです」

 ホルエムアケトがなぜかベカにかぶせて来た。

 それにベカはフィセラに気づかれないようにホルエムアケトを睨む。


 ――二人に悪気がなかったとしても、このアルゴルって人からすればいい気持ちじゃない。というか、さっきからこの二人だけが、何かするのは性格なの?確かに落ち着きがなさそうだけど。

「ステージ管理者全員、聞きなさい。勝ち負けから強さを計るなら、私はそんなに強くないわ。120レベルの管理者は皆、私より強い」

 管理者たちは驚きの表情だ。

 

 ――いや、ムーぐらいにはいけるかな?杖を取り上げれば、なんとか。

 大人がないことを考えるフィセラである。


「でも、あなた達は私が最強と言ったわね。なら、それが強さよ。強さとは、力とは、1つの言葉では言い表せない物よ。少なくとも、彼の自分が最強だと名乗る「強さ」は、あなた達以上のようね」

 お~~、と管理者たちはフィセラの話に感心している。

 アルゴルの「強さ」というのも理解したようだ。

 

「そっち二人は~」

 さて、と言いながらフィセラがベカとホルエムアケトを指さす。

「はい!」

 命令をもらえると思ったのか、すこし嬉しそうだ。

「2回目だからね」

 次はない、という風な雰囲気に二人はすぐに気づいた。

 膝をつき、頭を垂れる。

「申し訳ありません!」


 そんなフィセラ達のやり取りを横目にアルゴルのこころは決まろうとしていた。

 彼が最強を名乗った時、自分の力がここでは虫程度のものだと分かっていた。

 それでも、亡き友の言葉を口にしたのだ。

 そして、目の前の人間はそれを認めてくれた。

 強さの種類が違うようだが、自分を認めてくれたのだと感じた。


 そこで思ったのだ。

 ここは、彼女の下は、そんなに悪いところではないのかもしれない、と。

 

 そんな考えが彼の心に生まれた瞬間、アルゴルの態度が少し変わった。

 頂上の玉座という部屋では異物のような彼だったが、そこにあっても違和感の内容に溶けこんだのだ。

 それが服従を決めたからか、尊敬の念を持ったからかは定かではない。

 それでも、今この時、彼はギルド・エルドラドの名を背負う資格を持ったのだ。

 

 フィセラは雰囲気の変わったアルゴルをじっと見つめた。

「いいでしょう。現在の族長であるあなたの願いを聞き入れます。これよりジャイアント族はエルドラドの支配下となります。それは同時に庇護下でもあります」

 アルゴルに応えるように、フィセラも真剣に言葉を並べた。

「つまり……これからは私が守ってあげる!」


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