玉座を仰ぐ巨人
閑話を飛ばして、新章に入りました。
フィセラが戻ってくるので、筆が乗っているかもしれません。
主人公の視点での書き方を忘れているかも、、、。
なぜ走っているんだ?
どこに向かっているんだ?
向かう先に答えはあるのか?
アルゴルは不安な気持ちを押し殺しながら、何時間も走り続けていた。
巨大な森に影を落とす大山は、森のどこにいようとも変わらずそこにある。
だが、大山に立ち入ろうとするなら途端に遠く感じてしまう。
アルゴルは走りながら、偶然に見つけた薬草をむしり取る。
大山を遠く感じる要因の1つを解決するには必要なものなのだ。
ナラレとの約束ではすぐに合流するはずだったのだが、それはしなかった。
なぜならば、ヘグエルと会ったからだ。
彼の覚悟を見て、アルゴルは気づいた。
もはや、ジャイアント族の残された時間は少しも無いということに。
火を放たれた森から逃げようとしたが、既に時遅く逃げ道の隙間なく火が周っていれば絶望的だ。
そして、その火は蠢き叫び、自分たちの後を追おうとするなら悪夢ともいえる。
今すぐにこの事態をひっくり返すほどの力が必要なのだ。
その手掛かりとなる場所へと近づくにつれアルゴルは異変に気付く。
「霧が無い。もう、毒の霧が出てもおかしくないほど走ったはずだが」
大山を覆うように発生する毒性の濃霧はジャイアントたちも把握していた。
ジャイアント族の戦士を目指す者の度胸試しとして、毒霧に入って帰ってくるという試練があるのだ。
危険ではあるが、もちろん自殺を勧めている訳ではない。
毒性を軽減させることが出来る薬草がある。
ついさっきアルゴルが走りながら掴んだものがそれだ。
大山を強行して登るために大切に握っていたのだが、意味は無さそうである。
ついに大山の麓までたどり着いてしまったのだ。
「これは一体?奇跡的に毒霧がなかったとしても、こんな植物が霧の中にあるとは聞いたことがない」
アルゴルは壁の前で立ち尽くしていた。
森の中に壁がある訳がないが、表現をするのなら「壁」が一番この光景を正しく表すのだ。
アルゴルの背丈を優に超える大木が何千と連なっているのだ。
ジャイアントの体では隙間を通れぬほどに密に木々が重なっており、左右にはどこまでも続いている。
まさしくアルゴルの行く手を阻む壁であった。
「多少狭くとも体を入れられないだろうか。これが少し動けば……」
アルゴルは眼前の大木に触れ、少し力を入れた。
かなりの大きさである。この程度の力ではビクともしないのだろう。
アルゴルは徐々に力を入れていく。
腕は丸太のように太くなり、血管が浮き出る。
足は地面を強くつかみ、少し沈むほどだ。
だが、その「樹」はただの1ミリも動くことは無かった。
全力で挑んだアルゴルは少し呼吸を整えて、背中の武器に手をかける。
「仕方がないな」
そう言って、手馴染みのない斧を左手に持った。
その瞬間、目の前に木に亀裂が走った。
いや、正確にはしわが出来たのだ。
それも人の顔のような。
「これより先は貴様の立ち入ってよい場所ではない!武器を置き、おとなしく立ち去れ!警告はこの一度のみである!」
枯れた野太い声を発しながら木が立ち上がった。
地面から突き出ていたのは、腰から上の胴体。
埋まっていたのは足だったのだ。
右足、左足と長い木の足を取り出した、大木の全長はアルゴルの3倍はある。
「なんだこいつは!」
アルゴルは数歩下がりながら、斧を構えた。
それをみた大木のしわはさらに深くなり、もはや怒気を感じる顔である。
「警告を無視した反抗的な行動を確認した」
大木はブルブルと震えると、頭に当たる木の葉が大きく揺れてザワザワと音を立てて始めた。
すると、それに応えるように周りの樹も揺れていく。
さらに隣の樹へ、奥の樹へと揺れは伝染していった。
その様子を見てアルゴルは考えてしまう。
「まさか!この木は全て……!」
アルゴルはすぐさま斧を手放した。
ついさっき継いだばかりの斧だが、仕方無いだろう。
「待ってくれ!俺に敵意はない。あなた?の、言葉に従う。だが、ここを去る訳にはいかない。フィセラという人間に会いに来たんだ!何か知らないか?」
大木は「フィセラ」という名前を聞いた瞬間にピタリと動きを止めている。
アルゴルはそれを見逃さず、心の内で安堵していた。
ここで正解だったと思ったのだ。
「その人に話があるんだ……それだけなんだ」
大木はジッとアルゴルを見つめた後、突然後ろを向いて自分が元居た場所に向かって行った。
アルゴルは後ろからその光景を見ている。
まるで仲間に相談しているようだ、と思った。
断言しないのは人型の大木以外はいまだに木のままだからである。
とても知性のモンスターが相談しているようには見えなかった。
植物系のモンスター?
意思のあるものは珍しいな。
それよりも、木の体にこの大きさか。強いぞ、こいつは。
ああ~、ここの全ての樹がただ眠っているだけのモンスターだとしたら……恐ろしいな。
少しして、知性を持つ植物系モンスター樹霊がアルゴルに向き直った。
「御方が住まう砦に通ずる門はここには無い。木に沿っていけ」
樹霊が大きな腕を持ち上げ、指を模した枝で行く先を示す。
アルゴルはそれにつられて、その方向に顔を向けた。
大山の周りを回っていけ、ということなのだろう。
そう理解したアルゴルが樹霊に視線を戻す。
だがその時には樹齢は元のただの木に戻っていた。
また数時間後。
アルゴルは焦っていた。
フィセラの下へ近づいている感覚はあるが、あまりにも時間がかかっていたのだ。
樹霊に従って壁のように並ぶ木に沿って森を走っていた。
だが、大山を回るのには当然時間がかかる。
すでに日は落ちて、あたりは真っ暗になっていた。
「このままでは間に合わない。あいつらは無事なのか?いや、今は進むしかない。それを選んだんだ」
アルゴルはまた走り出すが、すぐにスピードを落とすことになった。
「光?なんの光だ」
今も木の壁はアルゴルの左側にある。
その壁の先、数十メートル先の壁が光っていたのだ。
アルゴルはゆっくりとした歩みで近づいていく。
「これが門、か?俺が通れる隙間は空いているようだが」
そこには、道があった。
不自然にその一直線だけ木がなく、さらには光の粒子が舞っていることでくっきりと地面を照らしてくれいる。
闇の中の現れた天国への道と言っても信じてしまいそうだ。
アルゴルはその中を通っていくと、次に目に飛び込んできたのは階段であった。
ジャイアントの彼でも巨大だと感じてしまうほどに、大山のずっと上まで続く石組みの階段だ。
1段の幅は大きくアルゴルでも登れる。
だが、高さは人間やエルフサイズ、つまりジャイアントにとっては少し登りづらい高さだ。
アルゴルはそこを3段飛ばしで登り始める。
もはや思うことは無かった。
フィセラの言葉を思いだし、既に覚悟を決めているのだ。
階段は、さきの木の光の道よりは暗い。
だが、少しの光の粒子が彼の後について来てくれていたおかげで段を踏み外すこともなく登れている。
そしてついにアルゴルは階段を登りきった。
「これは……」
大山の中腹。
下を見下ろせば、最下段をはるか遠くにする階段、そして山を囲うように生えている木々。
前を見れば、見たことのないほどの大きさの2枚の扉。
ジャイアントであるアルゴルを圧倒する威圧感を放つ扉に、彼は足がすくんだ。
アルゴルはこの時、フィセラの顔をうまく思い出せなかった。
もしかして、自分が関わっていい存在ではなかったのではないか。
頭の中でフィセラという存在を見上げられないほどの高みに置いてしまっていたのだ。
「ヘグエルよ。どうか、この選択が間違いではないことを願っていてくれ」
アルゴルは友の名を口にすると、意を決して荘厳なる扉へ1歩を踏み出した。