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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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我らは人なり(6)

「あのまま逃げ帰ってくれればよかったんだがな」

 ヘグエルは独りつぶやく。

 その視界には以前にも見た光景が広がっていた。


 5匹の地底竜。

 その内の一匹の背に乗るゴブリン。


 だが、少し違うところもある。

 破壊しつくされたジャイアントの家が周りにあること。

 そして、ゴブリンを乗せた地底竜が1匹の地底竜を咥え運んでいることだ。


 ゴブリンの王アゾクがようやく目の前にまで来た。

「ジャイアントごときが、我が手足であるドラゴンを殺すとは……微々たるものではあるが無視はできないぞ」

 

 それを聞いてさらに怒りを顕わにしたのは周囲の地底竜たちだ。

 すでに心臓の止まった竜の死体を咥えている竜も鋭い視線をヘグエルに送っている。


「微々たる?俺がその犬っころを殺したのにびびって逃げていたくせに」

「黙れ!死にぞこないが!」

「殺せなかったのはお前だろう?」

 

 地底竜のレベルを表すと、彼らは1匹で71レベルほどだ。

 対して、ヘグエルのレベルは62レベル程度。

 もちろんヘグエルのレベルは人間の国に行けば最強と称される場所に到達している。

 だが、この未開領域では、生き残るための最低ラインにも達していなかった。


 だと言うのに、4匹の地底竜(アゾクを乗せている竜は数に入れない)を相手に、1匹を殺し、自身はまだ息があるというのは驚異的な事実だ。

 

 アゾクはそれほどの実力差を覆したヘグエルに恐れを抱き、一時距離を取っていた。

 不思議なことに、満身創痍のはずの目の前の男の覇気が先ほど変わらないことに今も驚いていた。

 

 アゾクは先ほどと変わらないジャイアントの煽りに怒りを感じる。

 だが、それを不用意にぶつけるのは危険だということも理解していた。

「とどめを刺さずとも、近いうちに倒れるだろう。ならばアレの後を追うか?」

 ヘグエルと接触してすぐに逃げて行ったジャイアントを思い出す。

 アゾクはそのジャイアントの逃げて行った方向へ顔を向けた。


「どうした?そっちに俺はいないぜ」

 ジャイアントの声を煩わしく重い、ゆっくりと声の主を見た。

 アゾクはその男の姿につい顔を歪めた。


 ヘグエルは斧の柄を炭化した左腕の脇に差し込んでいた。

 そして、柄に力を入れ始めたのだ。

 まるで、肩に付いている不要なものを取り払うかのように。

 炭化した肌がボロボロと剥がれ、まだ生きている肉がミチミチと引きちぎられる。

 

 完全に外れた腕がボトッと地面に落ちた。

 ヘグエルは低いため息を吐くのみで、痛みを感じている様子はない。


「何を、しているのだ?貴様は?」

 アゾクは目を見開いて、つい正直に聞いてしまった。

「ん?ああ。もう動かんくせに邪魔になるんでな。ただ外しただけさ」

「……そうか」

 

 ヘグエルは斧を構えることは出来なかった。

 失った右足の代わりとして杖にしているからだ。

 つまり、アゾクと地底竜の囲まれた状況でただ立っているだけなのだ。

 そんな状態だろうと、ヘグエルの闘気はさらに高まっていった。

「言っただろう!大将同士だと!しっかりと終わらせようぜ!俺が死ぬまで、俺は倒れないぜ」

 

 アゾクは分かっていた。

 このジャイアントが他のジャイアントを逃がすために、自分の気を引いていることに。

 だが、それ以上に無視することが出来なかった。

 王を名乗りゴブリンを率いてすぐだというのに、自分を侮辱するものがここまで多いことに我慢が出来なかったのだ。


「もうよい……喰らい尽くせ!骨の一片も残すな」

 

 アゾクの号令に従って3匹の地底竜が大きくを口を開けた。

 興奮のあまりに口からよだれが垂れている。

 血のように真っ赤なよだれだ。

 それが地面に垂れてジュッと地面を焼かなければ勘違いをしていただろう。

 

 地底竜たちは鈍重に距離を詰める。

 1歩、2歩、3歩。


 4歩目が踏み出される前に、ヘグエルが吠えた。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 前に踏み出すことは出来ない。

 それでもその覇気が地底竜たちに届くのを確かに感じた。

 

 ヘグエルの咆哮と同時に、地底竜は強く地面を蹴って矢のように飛んだ。

 

 ヘグエルは第1の牙を斧を持ち上げることで防いだ。

 後ろに押されるが、左足1本で持ちこたえる。

 第2の牙は喉に突き刺さり、第3の爪は背中に深く食い込んだ。

 3匹の地底竜に纏わり付かれたヘグエルの姿をもう見えない。

 

 それでも、ヘグエルは叫び続けた。

 痛みに泣いているのではない。

 アゾクをこの場所に繋ぎ留めるために吠えているのだ。

 

 最後の血が流れようと、喉を噛み斬られようと、四肢が食われようと、この声が続く限り、俺はここにいる。

 まだ生きている、と証明しているのだ。


 地底竜の暑い肉の壁がヘグエルの全身を包み込むが、その咆哮は一切阻まれることは無かった。

 ドラゴンのそれを彷彿させるような戦士の咆哮は、その日、森の全ての同胞に届いていた。

 

 声が途切れるまで数分間、決して弱まることのなかった声がついに消えた。


 アゾクは耳にこびりつく何かを振り払うように頭を振っている。

「耳障りな声がようやく消えた」

 怒りが晴れなかったのか、釈然としない顔だ。


 今はジャイアントの咆哮の代わりに竜たちの発する咀嚼音が聞こえている。

 ボリボリと骨を砕く音、くちゃくちゃと肉を食らう音。

 さらに一人の体を3匹で分けているために、たまに喧嘩も始める。


 アゾクはそれを止めることもなく、ただ眺めていた。

「アゾクさま」

 その時、背後からの自分を呼ぶ声に振り返った。


 そこにいたのは3匹ほどのゴブリンである。

 あまり見覚えのない顔だが、もとから覚えている者も少ない。

 アゾクは用を聞いた。

「しらせ。ジャイアントが一つのところに、アツまっている。ドウスル?」


 元々はこの場所に多く集まっているという話だった。

 そのため、地底竜のほとんどをここに連れて来たのだ。

 それが来てみれば、老いぼれ共と戦士一人。

 

 アゾクは今回の報告もあまり信じないように聞き流していた。

 だが、数匹の竜を自由にさせていたことを思い出す。

 少しの動きがあっても妙ではないだろう。


「築いていた壁を捨てて集まっているのか?……戦いをあきらめた?それともこのままここを去ろうとしているのか?」

 ジャイアントどもの集落の端、大山の方向に集まっているという情報が気になる。

「今殺すか」


 アゾクは少しばかりの知性を手に入れて、少しだけだが人間らしさを見せていた。

 だがこの時は、知性を忘れ本能しか持たないモンスターの顔に変わったのだ。

 

 瞬間、顔に光が当たる。

 傾いた太陽の光が木の葉の隙間を縫ってアゾクのもとまで届いたのだ。

 アゾク顔をしかめながら太陽を見ている。


「オウ、さま?」

 突然黙ったアゾクを不審に思ったゴブリンが話しかけた。

「日の下は疲れるな。今日は戻る」

 アゾクは行くぞ!と地底竜に命じて、ゴブリンたちをどかしながら間を通る。

 

 彼らの巣まで繋がる地底路をすぐそこだ。

 そこに行く前に、アゾクは振り返った。

「有象無象のモンスターを使ってジャイアントどもを囲んでおけ。1時間置きに攻撃を仕掛けろ。夜の間は休ませるなよ。日がまた昇った時、俺がすべてを殺してやる」

 命令を残してアゾクは去っていった。

 この時、仲間のゴブリンには聞こえないように呟いていた。

「最後まで姿を見せぬのか?フィセラよ」

 

 真っ暗な地下へ姿を消すアゾクの後を追って地底竜たちも地下へ入って行く。

 その口には屈強な腕や足が咥えられていた。


 二つの太陽が落ち、森はさらに闇を深めていくのだった。


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次は閑話(かも?)です。

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