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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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我らは人なり(5)

 アルゴルとナラレが今後のことについて話し合っていると、アルゴルが敏感に何かを感じ取った。

 彼は戦線の内側、敵のいないはずの方向をじっと見つめている。

「どうした?敵か?」

 ナラレが槍を構え直しながら、アルゴルの背後に立って目線を合わせようとする。

「いや、声が聞こえた気がしたんだが……」

 気のせいだ、と言ってアルゴルは視線を戻した瞬間、確かに足音が聞こえた。


 汗だくのジャイアントがこちらに走って来たのだ。

 怪我をしている様子ではないのだが、戦士の顔は苦悶に満ちていた。

 

 アルゴルとナラレも戦士の方へ向かって行く。

 

「報告か?良いものじゃなさそうだな」

 ナラレが軽口をたたく。

 

「もう大丈夫だ。いったん落ち着け」

 アルゴルは戦士の背中に手をやり地面に座らせようとした。

 汗だくの様子を気にすることは無い。汗で湿っていたとしても嫌悪感を持つことは無いだろう。

 だが、背中に置いた手に予想していたよりも硬いものがこびりついたことで、アルゴルはその手を離した。

 恐る恐る見た手のひらには、ねっちょりとした真っ赤な血液が付いていたのだ。

「術士をここに呼べ!!」

 アルゴルは近くの部下に力の限りに叫んだ。


 術士が戦士の背中に手を置いて治療を施している。

 と言っても回復を促すほどの力はない。せいぜいが出血を止めるぐらいだ。

 彼らの後ろでは大きな葉を何枚も用意している者達がいる。

 その者達の持っている葉こそが、痛み止めやや傷の治りを速くする効果を持つ薬草だ。

 この2段階の治療で戦士の傷を癒す。

 

 戦士の背中には深い爪痕が何本もあった。

 獣に引っ掻かれたような後ではあるが、ジャイアントの背中に大きな後を残す大きさの獣はそういない。

「ワーグの大きさじゃないぞ。何にやられた?」

 戦士は痛みに顔を歪めているが、それは意識を失っていない証だ。

 会話できるうちに報告を聞こうとアルゴルが話しかける。

「分からない。見たことのないモンスターが突如襲って来た」

 新手か、ナラレが吐き捨てるように呟いた。

 

「だが、そんなのはどうでもいい。問題は現れた場所だ。奴らは俺達の背後から現れたんだ!戦線を築いた内側から……確かあの方向は……そうだ!長老会のいる家の方向だ!」

 アルゴルとナラレは顔を見合わせた。

「ヘグエルさんはどこに?これを伝えなくては!」

 戦士が無理に立ち上がろうとするのを、アルゴルが抑える。

「俺がヘグエルに伝えよう。お前はもう休め、ご苦労だったな」

 戦士は、そうか、とつぶやくと力なく腰を下ろしガクリと頭を下げた。

 出血の量を考えれば、意識を保っていただけでも驚くべきことだ。

 アルゴルは、戦士の背中に慎重に薬草を張っていく部下たちに声をかけた。

「死なすなよ」


 二人は周囲の仲間から少し距離を取った。

「私の部下を最少の人数で他の戦線に向かわせる。同時に私達も大山の方向へ進みながら仲間たちと合流していく」

「最小?」

「ここを去る。その報告のためだけの構成だ」

「……分かった。長老会へは?」

 ナラレはアルゴルの質問には答えなかった。

 代わりに、分かりきったことを聞くなと表情は厳しくなる。

 見捨てるのか!

 そう言い放ちたかったが、ここで言い合う時間はない。

「俺が行く…………すぐに戻る」

「……待たないぞ」

 アルゴルは小さく頷いた。


 二人の会議はほんの数秒で終わった。

 そしてすぐに行動し始めた。

 ナラレは部下を集めて数人のみに伝令を命じ、その場を離れる。

 アルゴルは走った。

 もはや敵がどこにいるのか分からない場所でとにかく走った。


 息を切らしたアルゴルはそれを整えることもせず剣を抜き放ち構えた。

 すでに長老会の近くに着いたアルゴルは、慎重に周囲を確認する。

 だが、足を止めることはしない。

 焦りではない。

 時間をこれ以上浪費しないための行動だ。


 アルゴルは周囲が静かなことに驚きながら、まっすぐに歩を進めていた。

 確かに長老会のテントにまっすぐ進んでいるのだが、それよりもはっきりとした目印があった。

 周囲を巨大なテントに囲まれていても目立つ、空に昇る真っ黒な煙だ。

 アルゴルはその煙の方角へ進んでいた。


 いくつものテントが倒れて煙を立ち昇らせている光景を見て、アルゴルはついに足を止めた。

「煙がこんなに……炎を使うモンスターか?あれは!」

 記憶の中にある長老会のテント。それがあるはずの場所には崩れたテント、それと幾人かの体も発見できた。

 近づかなくて分からないが、おそらくは長老達だろう。

 その中にヘグエルが混じっていないかを少し離れたところから探る。


 その時、誰かの呻く声が聞こえた。

 アルゴルは周囲を注意深く見る。

 すると、長老会のテントから立ち昇る煙に重なって その向こう側の木に倒れている男の輪郭をおぼろげながら視界に捉えた。

 アルゴルは走った。

 極力音を消しながら、だが全力で男の下へ向かう。

 煙から逸れてようやく男の姿をはっきりと見た。

 

 真っ黒に焼け焦げた大木によりかかるヘグエル。

 右足がなかった。左手は異様に黒く、背後の大木同様に炭化していた。

 それ以外にも欠損部位は多くあり、頭部に至っては肉がはがれ骨が外に出ている。


 確かにうめき声は聞こえた。

 だが、生きているのか怪しいその姿にアルゴルはたまらなく叫んでしまった。

「ヘグエーール!!」


ヘグエルの下へ駆け寄るアルゴルは途中で足を止めた。

 近くに寄ったことで分かったのだ。

 ヘグエルの追っている傷が重症どころではない、確実な致命傷だということに。


 ヘグエルは朦朧とする視界にアルゴルを写した。

 そして眼球を左、右へと動かし周囲を確認し始めた。

 頭は冴えているようだ。

 周りに敵がいないことを確認したヘグエルが口を開こうとすると喉を大量の血液が上って来た。

 だが、ヘグエルは口を隙間なく閉じた。

 まるで血の一滴もこれ以上流れないようにと耐えているようだ。

 ヘグエルはそのままゆっくりと血を飲み込んだ。


 アルゴルは声をかけることを躊躇していたが、その姿を見てもう一歩近づいた。

 ヘグエルの心はまだ死んでいないのだと判断したのだ。


「大丈夫……と聞くのは野暮だな。最後の言葉はあるか?」

「斧を、俺の斧を……」

 ヘグエルは息も絶え絶えに言葉をつなげた。

 アルゴルは辺りを一瞥してすぐにヘグエルの斧を見つける。

「ここにある」

 アルゴルはヘグエルの前に膝をついて彼の手に待たせるように斧を置こうとした。

 すると、ヘグエルのボロボロの右腕が突如持ち上がる。

 力強く斧を掴むとそれをアルゴルへと突き返した。

「お前が最強だ」

 

 アルゴルはしっかりと斧を掴み返し、それをしかと受け取った。

 

「ジャイアント族を救え。お前なら必ず出来る、方法を探すんだ」

 ヘグエルはアルゴルの目をまっすぐ見ようとするが、目が合うことは無かった。

 アルゴルは大山の方向を見ていたのだ。

「…………それがお前の意思による選択なら、そうしろ」

 アルゴルは自分の考えていたことを見透かされたと思い、自分を恥じた。

「すまない俺は……」

「竜と連れた人間が大山にいるのだろう?ならば行け」

「だが、良いのか?」


 アルゴルはこの惨状を終わらせる方法の1つとして確かにフィセラに協力を要請することを考えた。

 例え、フィセラの支配下へ入ることになってもだ。

 だがその行いは、たった今斧を受け継ぎ最強だと言ったヘグエルの言葉を裏切る行為なのではと思った。

 ジャイアント族だけで生き抜いてきた祖先たちを裏切る行為なのではと思ったのだ。


「間違えているぞ。我らは人間なんだ。純粋な暴力しか持たないモンスターとは違うのだ。ひとにはもう一つ力がある。「絆」を信じろ」


 人間に追いやられ大森林で暮らすようになったジャイアント族。

 彼らは人間を恨み、何世代もその怨念を伝えて来た。

 その姿はまさしく人間が恐れる巨人そのものだ。

 だが今、その恨みを忘れた純粋な「人」がここにはいた。

 ヘグエルの目の前にいるのだ。


 その思いを伝えるには、後ほんの少しだけ時間が足りなかった。


 最初に気づいたのはアルゴルだった。

 周囲に感じる気配。仲間たちがここに来るわけがない。

 ならば当然これは敵の気配である。

 そして、ヘグエルもその気配を感じ取った。

 

「アルゴル。そこにある斧を取ってくれないか?」

 はじめは渡された斧のことを言っているのかと思ったが、振り返ってみると後ろにも別の斧が転がっていた。

 

 それは普通の斧ではない。

 柄は最も硬いと言われる大木の芯を使い、刃はよく研がれている。

 そして巨大だ。

 巨人が使うとしても扱いづらいほどだろう。

 

「確かこれは長老の一人の……」

 持ち主の顔を浮かべて、なぜこれがここにあるのか疑問に思うが、質問をしている余裕はない。

 アルゴルはヘグエルに斧を渡す。

 

 ヘグエルが斧を掴むと同時に敵の気配が近づいてきた。

 アルゴルは気配の正体を確かめるために目を細める。

「狼?ワーグの倍はあるな。やはりアレが……あなたもアレにやられたのか?」

 ヘグエルは答えない。


 どうする?

 敵は強い。

 おそらく、俺が想像している倍は強いのだろうな。

 逃げるしかないか。

 だが、独りでは……。


 アルゴルが考え事をしている間にヘグエルは立ち上がっていた。

 斧を杖の代わりにして片足でしっかりと立っていたのだ。

 無理に立ち上がったことで止まりかけていた血がまた流れ始めている。

 ヘグエルが大きく息を吐いた。血の吐息である。

 

 その落ち着きようにアルゴルは驚いていた。

「何をしている?……まさか、まだ……」

 斧を求めた時に気づくべきだった。

 武器を求めた時に気づくべきだった。

 彼はまだ戦おうとしているのだ。

「よせ!死ぬぞ!」


「そうだ!だが、お前は死なない!……さあ、いけ!」

 瀕死の男のものとは思えないほどの怒号にアルゴルは身をすくめる。

「敵など気にせずまっすぐ走れ!一匹たりともお前の後は追わせやしない」


 アルゴルは困惑しながらも、ヘグエルの覚悟を受け取った。

「俺が最強?冗談がうまいな。まだ、あなたが最強じゃないか」

 ヘグエルはニヤリと笑い、大きく息を吸った。

「いけ!アルゴル!走れ!走れぇぇーー!!」

 アルゴルは言われた通りに周りの敵など気にせず走り始める。


 彼はこの時、最後まで後ろを振り向くことは無かった。

 友の決死の咆哮が自分の背中を押していたから。


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