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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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我らは人なり(4)

 長老会のある家はジャイアント族の集落のほぼ中心(大山の陰に入らないように少しだけずれている)にある。

 今は多くのジャイアントがそこに避難しており普段よりも喧騒がよく聞こえる、ということは無かった。

 一度はかなりの数のジャイアントがこの周辺に集められたが今はいない。

 女だろうと子供だろうと、その力は小さな人間とは比べものにできないほど強い。少しでも助力になるなら、と多くのジャイアントたちが戦線の近くに向かったのだ。


 そのため現在は長老会の周りはがらんとしている。

 へグエルはそんな静けさのある場所を歩いていた。

 ゴブリン達が他のモンスターを連れて集落に本格的な戦いを仕掛けていることは長老会もう知っているだろう。

 そう長く話す必要はないはずだ。

 少し前、長老会を相手に啖呵を切ったアルゴルも、流石に気まずさを感じていた。


 ほとんど人のいなくなった道を歩いていると、その途中で思わぬ人物に出会った。

「あなたがその斧を持っているところを見るのは久しぶりだ。元戦士長」

 

 そこにいたのは長老会の一人である元戦士の長老だった。

 先々代の1つの斧であり、へグエルの大師匠でもある。

 

 長老は丸太に座って斧を研いでいた。

 肩にかけている大斧は身の丈ほどの柄に大きな刃が括りつけられたものだ。

「長く触っていなかった。錆びついていたよ、こいつも、わしの腕も。だが、ゴブリン程度なら500は叩き切ってみせるぞ」

 逞しい腕に浮き出る太い血管と筋肉は、その倍のゴブリンを倒してしまいそうだ。

 

「頼もしい限りです。だが、あなたには他に頼みたいことがある」


 へグエルは現在の戦況と起こり得る不幸な結末を語った。

 そして、それらから脱するために彼が考えている計画も。


「いいだろう。わしも話そう」

 元戦士の長老は曇りのない顔で頷いた。

 自分の斧を持ち出した時点で、このままではいけないと感じていたのかもしれない。

 丸太から立ち上がりへグエルを従えて、長老会のテントの方向へ歩き出した。

「詳しい動きは考えているのか?」

「いや、まだだ。そういうのはあなた方に任せたい。戦士ならまだしも他の者達はあなた達を信用している」

「分かった。そういうのはお婆が得意だ。素直にこの話を聞かなそうなのもお婆だが……」

 テントの前まで来ると長老が立ち止まり、へグエルに先を促した。

「先に入っておれ。わしは斧を置いておこう」

 へグエルは斧を担いだままでもテントに入れるが、長老の斧は長さがへグエルの者より倍ほどある。

 広くない長老会のテントでは邪魔になるのだろう。

 へグエルは言われた通りにテントの近くの木に斧を立てかける長老の背中を後にした。


 テントの入り口に掛けられた大きな布を持ち上げて中に入る。

「…………忙しければ後にしますが?」

 老婆が眉間にしわを寄せて反応した。

「忙しいのはお前だろう、へグエル。なぜここに来た?……ん?外にあやつがいなかったか?」

 老婆が布の下ろされた出入口を見ている。

「ああ、すぐに来る」


 ヘグエルの礼儀という訳でもないが、元戦士の長老が来たら布を持ち上げようと思っていた。

 それに彼より先に腰を下ろすことも出来ない。

 出入口で待つことにした。


 異変を感じ取ったのはテントに入ってからほんの数秒だ。

 元戦士の長老が斧を置いただろう場所とテントまではたったの6,7歩しかない。

 なのに、布一枚向こうからは足音は少しも聞こえなかった。

 代わりにあったのは、異臭だ。

 今まで一度も嗅いだことのない何かの匂い。

 それを発する何かが布一枚越しに目の前にいるのだ。


 それを確信した瞬間には右手は背中から斧を取り出していた。

「伏せろぉぉぉ!」

 斧を振り下ろすことが出来ればよかったが、そこまでの余裕はなかった。

 だが、突如迫った牙を防ぐまでに斧を構えられたのは幸運だった。

 

 ヘグエルは姿勢の整わないまま突進を受けたことで、テントを突き破りながら後方へ吹き飛ばされてしまう。

 地面に何度も打ち付けられながらも、斧を突き立て勢いを殺して制止した。

 すぐに顔を上げて何が起こったのかを確認する。


 この時、ヘグエルには動揺も驚愕も恐怖もなかった。

 事態の把握をしようと、その心はどこまでも冷静であった。


 未知のモンスターが2、いや3。チッ、後ろにもいるな。合計で5匹か。

 長老たちは……残念だ。


 長老の一人は大きなモンスターに踏み潰され、もう一人は頭に噛みつかれている瞬間だった。

 

 そうだ!彼は?

 一人でも戦士がいれば…………クソ!


 ヘグエルは見た先にいたのは、地面に倒れたジャイアントと斧を握ったまま胴体から切り離された腕を振り回すモンスターであった。


 これで俺一人か。

 こいつらを相手に?

 まったく、なんなんだこいつらは?

 ワーグのような体躯だが、大きさは何倍もあるし顔が全然違う。

 まるで蜥蜴のようだ。

 これがドラゴンなのか?


 ヘグエルは始めて見た地底竜の観察を続けながら、会話が出来そうな相手を見つけて声をかけた。


「他のゴブリンの姿が見えないことを考えると、お前がゴブリンロードとかいう奴なのか?」

 地底竜の背中に乗るサイズの不釣り合いなゴブリンが笑みを浮かべた。

「確かにその名で間違いはない。だが、我を呼ぶのならこう呼んでもらおうか……魔王アゾクと!」

「フッ。人間に敗れた亜人の名を継ぐのか。頭の足らんゴブリンらしいな」

 アゾクは怒りに体を震わせた。

 

 ヘグエルはそんなアゾクに目を向けながら、周囲にも気を配っている。

 

 モンスター共の体は汚れていない。

 戦って来たわけではないな。

 地下道がここまで通っていたということか。

 だが、戦線が崩壊していないのならまだこの戦いは終わりではないはず!

 

 アゾクがヘグエルにしゃべりかける。

「ジャイアントよ、お前を殺す前に1つ聞いておこう。フィセラという女はどこにいる?」

「知らん」

 ヘグエルの適当な返事にアゾクがムッとする。


 フィセラ?

 アルゴルの言っていた人間か。

 ゴブリンと敵対しているのなら、やはり協力しておけばよかったな。


「ならばよい。これ以上お前に用はない……死ね」

 アゾクが乗っている地底竜以外の4匹がヘグエルに近づいていく。

 

「長老会が崩れた今、俺がここの族長だ。大将同士、決着を付けよう!」

 ヘグエルが斧を両手に持って、動こうとしないアゾクに向かって突進していった。


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