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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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我らは人なり(3)

 アゾク大森林。

 未開領域と呼ばれるこの場所で、その名前で認識される場所はごく小さな範囲である。

 本当の森の姿は、1種族の目では映すことが出来ないほど広大であり恐ろしい場所なのだ。

 

 大森林の地底にはおよそ4千メートル下まで続く地下空間がある。

 地上の世界と対をなすように大森林とは全く違う世界がそこにはあった。


 数えきれないほどのゴブリンが長い時を超えて下へ下へと掘り進めた。

 だが、彼らがたどり着いたのは地底世界へのほんの入り口である。

 その入り口に巣をつくり我が物顔で森の下を闊歩しているのだ。

 

 到底ゴブリンでは太刀打ちできないモンスターが巣くう地底世界に彼らはそれ以上進むことは無かった。

 だがつい最近になって、あるゴブリンが未開の地底へと下りた。

 

 この時、一匹のゴブリンが未開領域に隠された地底の力の一端を手に入れた。

 恐れを知らぬこのゴブリンこそが、後に古の魔王の名を継ぐこととなるアゾクである。

 

 アゾクは焼け焦げた同族の肉をその体から引きちぎった。

 そしてためらうことなく、その肉を口に運んだ。

「味は良くないが、果実や草よりかは腹に溜まるな。あの炎で傷ついた奴らにも食わせてやれ」

 アゾクは二口ほど口にしただけの肉を部下の前に放り出した。

「それで?ジャイアントどものねぐらにあの女はいたか?」

「イマのところ、ニンゲンがジャイアント、のナカにいる。シラセはない」

 比較的頭の良いゴブリンが報告をするが、王の望むものではなかった。


「ジャイアントが集まっている場所があると聞いたが、あの女とは関係がないのか?だが、やつらの話をしていたはず……地上の生物を根絶やしにすれば出て来るだろう」

 その時、アゾクは自分が支配下に置くあるモンスターの思念を感じた。

「仲間が燃やされて怒っているな……ちょうど良いか」

 アゾクは玉座から立ち上がった。

 もはや椅子の形さえ保っていない玉座ではあるが、足元に転がる何千のゴブリンの死体があれば王としての権力は示せるだろう。

 死体を踏みつけながら下へと降りていく。

「久々に奴らの様子を見て来る。我が子らを持ってこい」

「やけしんだコドモたちがいる」


 知らぬ者が聞けば繋がりの無い会話に聞こえるだろう。

 だが、ゴブリンたちにとってはこの2匹の言葉の意味は周知の者だった。

 この会話は単純に、焼け死んだ子がいるという報告ではなく、連れていくのはその子供の死体でもいいか?という確認なのである。

 

「いや、新鮮な方がいいな。20ほど見繕え。ああ…………なるべく肥えた子を持ってくるんだぞ」


 ゴブリンの巣のさらに下へ降りていくと、少しずつゴブリンの姿を少なくなり彼らの痕跡も消えていく。

 少し肌寒い巣とは変わって、徐々に気温が上がっていく。

 地底のあちこちに地底湖の影響もあってどんどんと蒸し暑くなっていくのだ。

 そして、最後はその一帯には近寄れぬほど熱気を帯び始める。

 

 道の先にある何かに照らされた赤い地面をアゾクは悠々と歩いていた。

「さあ、もう少しだ!歩け!」

 対して周囲のゴブリンたちは満身創痍である。

 それも当然、彼らの喉はすでに焼けて足裏もすでに焼けている。歩くたびに皮がはがれているのだ。

 空気を、水を、潤いを渇望するように大口を開けて行進していた。

「止まるな!歩け!」

 それでも彼らが歩みを止めないのは、使命でも欲望でもない。

 彼らを動かすのはただ王の命令のみであった。


「ついたぞ。ここだ」

 赤く流動する地面がそこにはあった。

 ボコボコと噴出する気泡、壁から流れるドロドロの液体。マグマがそこら中にあったのだ。


「もういいぞ。来た道を戻れ。……戻れられればな」

 アゾクは最後に小さく呟いた。

 だが、それを耳にすることなくゴブリンたちはさらに遅い足取りで戻って行った。 


 ゴブリンたちは戻る前に何かを置いて行ったようである。

 ずっと肩に担いでいたものだ。

 それが熱せられた地面に付くと、突然叫び声をあげた。

 女よりもはるかに甲高い鳴き声だ。

 そこにいたのは、アゾクが持ってくるように命じた赤ん坊だった。

 

 熱気で失った意識を火傷どころではない痛みによって強制的に目覚めさせられたゴブリンの赤子たちである。

 手や足に雑に紐が括りつけられている。

 お粗末な運ばれ方をしたのがそこから分かる。


 アゾクは転がっている赤ん坊の1匹を持ち上げた。

 手に持ったのは足の先に結ばれた紐だ。そのせいで赤ん坊は逆さにつられている。

 およそ情がある持ち方ではない。

「ああ、愛しき我が子よ。まさか、お前たち自ら奴らを呼んでくれるとは……いい子だ」


 マグマの下を動く物体があった。

 真っ赤なマグマの下を真っ黒な何かが泳いでいく。

 それが蛇行をしながら、こちらへ近づいてくる。

 その影はアゾクの目の前まで来るとゆっくりとマグマの下から這い上がって来た。


 ゴブリンの赤ん坊の泣き声に反応して姿を現したのは、犬のような、蜥蜴のような、真っ黒な鱗を持ったモンスターだった。


 火炎竜。

 いつかはそう呼ばれていた。

 だが、はるか昔に地底へと潜んだ竜は羽を失い、真っ赤だった鱗は黒く変色していった。

 名を変えるのなら、地底竜とでも名付けるべき生態だ。

 真っ黒な鱗に覆われた体には、翼はない。

 だが、その顔は確かに竜の名残を残すように威厳と恐ろしさがあった。


 地底竜はアゾクを強く睨んだ。

 そこには容易に怒りが見て取れる。

「分かっているさ。だがそう怒るな。お前の兄弟が死んだのは我のせいでは無い。たとえ力で劣ろうとも、まさか熱き土で暮らすお前たちが焼け死ぬとは思わなかったのだ。それでもドラゴンの血が流れているのか?」

 地底竜はアゾクの言葉は理解していないが、顔や気配からある程度は読み取れる。

 アゾクの思考に侮辱の気を感じ取り、咆哮を放った。

「ああ、すまない。すまない。気を悪くするな。さあ、これを食べよ」

 アゾクは手に持っていた赤ん坊を持ち上げた。

 すでに動かなくなったそれに、地底竜はあまり興味を持っていないようだ。

 だが、アゾクは手を下ろさずに構えたままである。

『食え!』

 そして、腹の底から響くような野太い声でアゾクが命じた。


 その瞬間、バクンッとアゾクの鼻先をかすめながら地底竜は赤ん坊に噛みついた。

 牙の隙間から血が滴り、血滴が顎から落ちようとすると地面につく前に霧散していく。

 地底竜は赤ん坊を口に入れたは良いが、そのまま動かなかった。

 停止したかのようにピクリともしない。

 そこにアゾクが言葉を発した。

『飲み込め!』

 それに従うように、ゴクンという音が鳴った。


 その時の地底竜の眼は真っ黒であった。

 それは鱗の色とよく似ている。

 少し赤みのある、濁った血の色のようなのだ。

 それこそがアゾクの力、「血の従属」の効果を発揮した証である。


 アゾクがまだその名前を持たない頃の話。

 不思議と周りの同族が彼の言うことに従順だった。

 最初はただ違和感を持つだけだったが、すぐに確信に変わる。

 

 地上で狩りをしている時に彼はケガを負ってしまった。

 流れる血を追って敵がさらに深手を負わせようと、彼の傷口に噛みつい時、敵は動きを止めた。

 そして彼に従うように首を差し出したのだ。


 何が条件なのか探るのには時間がかかった。

 それも当然である。血こそが条件だったのだ。

 自分の血を相手の体につければ、相手はかなりの強制力をもって従属となってしまうのだ。


 そして2つ目の気づきを得たのは、食べる物が無く生まれたばかりの我が子を同族と分け合った時だ。

 自分の血に接触した時よりも強く同族たちを縛ったのだ。

 体内に取り込めばより力を増すこと。

 そして、血とは自分の「血統」でもいいということ。

 この気づきによって、その時のゴブリンの社会が崩壊した。


 アゾクが自分の子をゴブリンのメスに無理やり産ませ、さらにその子らを持って地底へと戦いを仕掛けたのだ。

 ゴブリンの繁殖力とゴブリンを食らっただけで従属となる力で、彼は玉座に座した。

 

 この時点で外の世界を知らないアゾクでも気づいていた。

 この「血の従属」が、尋常の力ではないということに。


「地底竜たちよ、さあ!食らえ!我が子らを!食らうのだ!」

 地底竜は1体ではなかった。

 続々とマグマの下から姿を現している。

 そしてアゾクの周りに倒れているゴブリンの赤ん坊たちを食べていく。

 

 アゾクは一番初めに姿を現した地底竜に手を伸ばした。

 すると、地底竜は足を折りしゃがみ込んだ。

 そこにアゾクが飛び乗る。

「ジャイアントどもが一匹残らず死に絶えれば姿を現すだろう。奴らと何の関係もなかったとしても、名を出した以上は無視も出来まい。もうすぐだぞ!フィセラァァ!」

 アゾクは7匹の地底竜を従えて地底を駆けていく。

 当然、向かう先はジャイアントのねぐらだ。


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