我らは人なり(2)
糸の切れたゴブリンが重ねられた死体の山。
それに混ぜる多様なモンスターの死体。
柵の外でジャイアントたちが敵の体を集めている。
何度、戦闘があったのか。
戦士たちの傷を見なくとも、森を塗る血の厚さが度重なる戦いを表している。
戦士の一人が疲労から木に手を突いた時に、ヌルッと数センチもの血の塊が手にこびりついたほどだ。
ジャイアントたちはまだ作業を続けている。
一度集めた死体を柵に固定し始めたのだ。
柵の外側に重ねたり、とがった木の杭に突き刺したりしている。
威圧や脅しなどのメッセージ性があるものではない。
単純な柵の強化である。
森で生活する彼らだが、流石に人型のモンスターを食すことはしない。かと言って、捨てることもしない。
ゴブリンの死体も戦闘で勝ち得た戦利品の1つだ。
決して無駄にすることは無かった。
まだ日は落ちていないが、いつにもまして森は暗かった。
血塗られた森が渇き、黒色を帯び始めたのだ。
へグエルはどんよりした空気を感じながら、柵の内側から外で作業する仲間の様子を見守っていた。
致命傷を負った者はいない。
だが、傷を負っていない者もいなかった。
ゴブリンやその他のモンスターでジャイアントを超えるほどの大きさのモンスターはそう多くない。
そのため、大きな傷を負うことは少ないが、数の不利で軽症は多い。
普段であれば数日で完治する怪我でも、今日は血も止まらぬほどの連戦だった。
倒れた者はほとんどいないが、明日の無事を望める者は想定より少ない。
「時を見誤ったか…………剣と槍をここに呼べ」
へグエルは戦士を収集させた。
「3器の戦士が揃いました。へグエル」
ジャイアントの一人が、柵越しに遠くを睨むへグエルに声をかけた。
「今いく。他の者は監視を続けろ」
へグエルは部下からの揃った返事を聞くとゆっくり歩き出す。
少し離れた場所に一つの剣アルゴル、一つの槍ナラレがいた。
ナラレの方は地面に座っている。
「待たせたか。すまないな」
「いや、ちょうどいい。今、痛みが引いてきたところだ」
左肩に大きな葉を巻いたナラレが答えた。
かすかに薬草の匂いが漂っている。
葉の下には大きな傷があるのだろう。
「何にやられた?」
「ギガントが4体も地下から出て来たがった。左肩を食われかけたが、ギリギリ付いたままだ」
「……まだ戦えるか?」
「……右腕がまだあるぜ」
へグエルはナラレがそう答えることは分かっていた。
この女は右腕が無くなれば槍を口に咥えて戦いだすだろう。
文字通り死ぬまでだ。
それでこそ戦士と言える。
だが、そんな戦士の姿をへグエルは悲しく見ていた。
「…………そっちの腕は残しておけ」
ナラレは不思議そうな顔でへグエルを見上げた。
「この戦いにそこまでの価値は無い」
「気を付けてください」
へグエルの言葉に反応したのはアルゴルだった。
「そう言えるのは今日までだ。おそらく明日からは、その言葉は……散っていた戦士の冒涜になる」
こう言うということはアルゴルの方でも厳しい戦いが繰り広げられたのだろう。
へグエル同様にこれからの戦いにささる暗雲を予感しているようだ。
「ああ、ならば急がなくてはな。今日にでもここを離れよう」
『ここ?』
二人が同時に聞き返した。
「大森林を出るんだ。もはやここは我らの故郷ではない」
「何を言っているんだ?」
「地下からモンスターが出て来るところを見ただろう?あれが今日掘られたものだと思うか?それとも、ずっと下にあったものなのか…………ここは奴らの餌場だということだ」
ナラレとアルゴルは渋い顔をしている。
「森を出ることは良い。だが、どこに行く?長老達も協力しないだろう?」
ナラレが問いかける。
「我々は人間なんだ。未開領域に居続けていいはずがない……元居た場所に戻ればいい。それに、これは未来に生きる我々のためだ。長老の決定などに従う必要はない」
「なんだかすっきりしないが、断る理由もないな」
ナラレは右肩をすくめながらうなずいた。
「俺も賛成だ。だがへグエル、もう1つだけ手があるぞ。フィセラ殿がいる」
アルゴルもうなずいたが、新しい提案もあるようだ。
「フィセラ?竜を連れた女か。お前たちの見たものが本当に白銀竜だったのならあの山にいるだろう。森を抜けるときに通ってみよう。助力を得られるかもしれない」
アルゴルはしぶしぶだが、それでいいと賛成の意を示した。
「よし!おそらく、夜間の強行軍となるだろう。戦士たちに知らせてくれ。俺は長老会と話してくる。癪だが、やつらが伝えた方が皆も素直に聞いてくれるだろう」
へグエルは森を駆ける。
長老会はそう遠くではないが、今は何よりも時間が惜しいのだ。
走りながら木の切れ間に見える大山に目線をやる。
「フィセラ、人間か。他種族の助けは我々が1000年以上も前に捨てたものだ。だが、今ならば。いや、「人」を名乗るのなら、今こそ…………」