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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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お風呂

 ゲナの決戦砦、地下1階。

 宝物庫ステージ。


 このステージに配置されている施設はそれぞれが区切られている。

 並びはシンプルだ。

 中心に巨大な宝物庫、それを囲むように多種多様な施設がある。

 それらの施設は、中世ファンタジーが舞台のアンフルとはかけ離れた施設ばかりだ。

 だが今ならば、作っておいて損はなかったと言えるだろう。

 

 そしてここにいるNPC達はほとんどがレベルの低い、施設運営をこなすだけの者たちである。

 このステージには120レベルとなるステージ管理者がいないのだ。

 何も特別な理由がある訳じゃない。

 最後に作られたこのステージにNPCが来る前に異世界へと移ってしまったというだけのことである。


 宝物庫を囲む施設は6つ。

 その中の1つ。

 「スパ」。

 ただの療養施設ではない。

 スパの語源はラテン語の「Salute Per Acqua」である。これの意味するものは水による治療。

 水による治療を行う場所。

 日本人らしく言えば、つまり「温泉」だ。

 

「ふわぁ~~、気持ちいい!この温泉もあたりだな~」

 フィセラは広々としたお風呂に体を沈めていた。

「ちょっと寒いのが気になるけどね」

「それがこの南極温泉の醍醐味ですぞ」

 フィセラの言葉に反応をしたのは、湯船の外の氷の床に立っていたNPCだ。

 

 フィセラは自分の世話をしようとする使用人たちをスパの中には連れてこなかった。

 それも当然だ。

 今のフィセラは、その肉体に衣一枚纏っていない。

 アイテムを何も装備していないからこその警戒ではなく、単純な恥ずかしさから他人を排除していた。

 

 そんな中でフィセラのお供ができるこのNPCは、自分が人の形をしていないことに感謝するべきだろう。


「極寒の中でつかる熱々の湯船が当施設の自慢です」

 そう言いながら胸を張っているのは、スパエリアにいる数少ないNPCのペングインである。

 

 ペングインは、種族はビーストのペンギンだ。

 獣人とは違う、完全な獣の姿を持った種族がビーストである。詳細な種族は、エンペラーペンギンだ。

 身長は120センチもあり、湯船につかっているフィセラからはかなり高い位置に頭がある。

 

「疲れは取るには他の温泉の方が良いのですが…………体は休められましたか?」

「大丈夫だよ。それに今回は体を洗うだけで良かったからね。ムーも気に入ったようだし」

 フィセラが温泉の中心へ目を向けると、ペングインもペタペタと歩いてフィセラの向く先を見る。

 そこには仰向けでプカプカと浮かぶムーンの姿があった。

「当施設のマナーを説くよりも、お客様の自由なおくつろぎの方が癒しを生みます」

 ペングインは厳格な態度でそう言った。だが、その両目はまっすぐムーンを貫いていた。

 ――……本当はマナーがなってないと言いたいんだね

 

 ムーンの意思なのか分からないが、彼女は浮かんだままでフィセラの元まで流れて来た。

 壁にコンッと頭でぶつかり、軽い音を立てる。

 む~~と唸りながら、ムーンはフィセラの隣で立ち上がった。

「たくさん温まった」

 もう風呂は十分だという意味だろう。

 

 フィセラは、あのつかり方ではある意味半身浴だろう、とも思ったが本人はもう満足なようなので黙っておく。

 

「先に戻ってていいよ。ペングイン、案内してあげて」

「承知しました。ムーン様、少しお持ちください」

 ペングインは、外に出ようと縁に手をかけたムーンを止める。

 そして、一歩下がって空中に手を挙げた。

 すると、大きな真っ赤な巻物が現れた。

 

 ペングインは器用にその両端を持って巻物の最初の布をくちばしで掴む。

 そして豪快に前方へと転がしてみせた。

 そうして簡単にレッドカーペットの出来上がりだ。

 

「この上ならば寒さを感じないので、はみ出さないようにお気をつけください」

 ムーンは湯船から出てカーペットの上に立った。

 

 フィセラも含めた120レベルなら、実のところ、この程度の寒さは何でもない。

 彼女たちには当然のように高い耐性があるのだ。

 だが、ムーンは魔力のみのステ振りによって基本能力値が低い。

 こういった気遣いはありがたかった。


 フィセラはこんな設定までつけたのかとかつての仲間に感心していた。

「フィセラ様」

 そこへペングインが声をかけた。

「それではムーン様をお連れするので、失礼いたします」

「うん、わかった。私は勝手に戻るから仕事にもどっていいよ」

 

 このスパに訪れた客への対応こそが彼らの唯一の仕事なのだが、ペングインはフィセラの意図を読み取って従う。

 ひとりにしろ、ということだ。

「承知いたしました。フィセラ様はこれで5つの温泉は全て入られましたな。ですが、当施設には他にも癒しの空間があります。いつでも、お待ちしておりますぞ」

 そう言ってペングインがムーンと共に氷の大地にできた赤い一本の線の上を歩いていく。


「そういえばムーン様。魔力の放出を止めていただけませんか?私のようにレベルが低くても、少しは感じるのですぞ」

「…………むり」


 意外に仲がいいのだろうか。

 会話しながら去っていく二人の後ろ姿を、フィセラは黙って見つめていた。

 

 ――身長が完全に同じだったな。あの二人。

「フフ、思い出した。ペンギンの群れに紛れてどれだけ長く居れるのかっていうクエストあったな~」

 フィセラは天井を仰いだ。

「楽しかったな~。アンフルは」

 

 フィセラは最近悩んでいた。

 目的のない異世界での暮らしにだ。

 

「私には力がある。多分、この世界基準でもヤバイぐらいの力が……。なんでこれを持って転生したのか、意味があるはずだけど、今のところ何にもないんだよね」

 ゲームの力を持って転生。ゲームのアイテム、拠点、NPCまでも全てを持ったまま転生。

 これが尋常でないことは分かっている。

「これがアンフルなら最高なんだけどな、好き放題出来るじゃん!……いや、アンフルじゃないから……ここが異世界だからって好きに出来ない訳ではないか」

 フィセラはにやりと笑う。

「私の目的はこの世界の全てを楽しむこと」


「いや、いざ口にすると目的とは言えないな。もっと明確なクエストとかないの~?」

 フィセラは誰もいない部屋で声を上げる。

 のぉ~~という間延びした声が部屋に広がった。

 それが消えると同時にフィセラに<通信>が入った。


「フィセラ様。ヘイゲンです。先ほどお聞きしたジャイアント族とゴブリン族が戦闘を始めました。かなり大規模な戦闘です」

 ――へー、あれでゴブリン生きてたの?しぶといね。

「いかが致しますか?」

「どっちが勝ちそう?」

 フィセラが疑問をかぶせた。

「…………おそらくゴブリン族による蹂躙になるかと」

「ムーの攻撃を受けても余裕か……ちょっとウザいな」

 正直、あのゴブリンをすべて滅ぼすつもりでムーンに攻撃させたのが、こうも効果がないのは彼女の癪に触っていた。

「フィセラ様?」

「ああ、なんでないよ。何でもない」


(めんどくさいな~。本当に煩わしい)


 めんどう。煩わしい。

 ならば無視をしてしまうか。

 いや、違う。違う。

 これはクエストだ。

 

 本命は世界を楽しむこと。

 ならば、これはその第1クエストだ。


 家の周りで騒ぐ馬鹿どもを黙らせろ。


「ヘイゲン、監視を続けなさい。少ししたら、私たちも動こうか」


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