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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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星と月(3)

「ああも狭苦しいと息が詰まるわね~。砦がいかに快適か身に染みるわ」

 フィセラは洞窟から出て来ると、すぐに大きく息を吸い体を伸ばしていた。

 そして背後を振り返り穴の奥を見る。

 そこには動く影はなく、暗闇が広がっているだけだった。


 フィセラ達は難なくゴブリンの巣を抜けて、元の洞穴の前まで帰って来ていた。

 彼女たちの後を追うゴブリンは一匹もなかったのだ。


 空を飛んでいたシルバーが、フィセラ達が帰ったことに気づいて降下する。

 地上に降り立ってすぐに彼女たちからかすかに漂う血の匂いを嗅ぎ取った。

 ゴブリンとの戦闘を行ったのだと理解したが、何も言うことは無かった。


「ご主人さま、もう帰る?」

 ムーンはシルバーが合流したのを見てそう言った。

 確かに、後はシルバーの背に乗って砦に帰るだけだ。

 

 フィセラは返事を渋った。

 帰りたくない訳ではない。帰りづらいのだ。

 元々、明確な目的を持ってシルバーや二人を連れだって外に出てきてはいない。

 目的は砦の周囲の確認、それを自分の目でも行う、その程度だった。

 だが、あまりにも成果がなかった。


 分かったことは、ジャイアントとゴブリンの2つの陣営が互いに争っていること。

 そこにエルドラドが介入する余地は無さそうであるということだけだった。


 ――つまらないな~。もっといろいろなことが起こると思ったんだけど……クエストの進行は無しってことか。だとしても、自陣の平定や管理は大事だから、こういう放っておいてくれってやつら、正直かなりウザいんだよな。

「とっとと戦って死んでくれないかな~」

 フィセラは今日のあれこれを思い出し、独り機嫌を悪くしていた。


「それじゃ帰ろうか……愛しの我が砦へ!」

 フィセラが拳を高く突き上げる。

 ムーンも真似してとても短い腕を上げ拳空へ向けた。


(フィセラ様)

 コスモがフィセラを呼ぶ。

 フィセラはその呼び方にどこか既視感を感じたが、報告を聞くことにした。

(洞窟の奥から何者かがこちらへ上ってきています)

 フィセラが、またか、と思うより速く報告は続いた。

(4足歩行の魔獣です。ものすごい速さで駆け上がって来ます)


 その報告にフィセラはピクッと反応した。

 

(今なら敵が来る前にここを離れられます。いかが致しますか?……フィセラ様?)

 コスモはフィセラが笑顔を浮かべているを見た。


「私は言ったわよね。何もしなければ生かしてやるって。少し違う?まあ、あのセリフじゃ勘違いするかもね」

 フィセラは笑い声を抑えながら、独りで語る。

「私たちがゴブリンを怖くてああ言ったって思っちゃうか。ただ……地下からお前らの死体を掘りだすのが面倒なだけだったんだけど」

 フィセラは洞穴に目を向けた。まだ敵は出てきていない。

「まあ、いいわ。私は約束を守る女よ。滅ぼしてやるよ、ゴブリン」

 

 フィセラはムーンを自分の隣に呼んだ。

「ムー、<火>を使っていいわよ。今は火力調整の必要ないから思いっきりやりなさい」

「むん!」

 気合を入れて洞窟の入り口に立つムーン。

 フィセラはその背中を見ながら、後ろ向きに離れていった。


 コスモも少し距離を取った。

 だが、知覚はムーンの方向へ向いていた。

 ステージ管理者ではない120レベルの仲間、ムーン・ストーン。

 彼女の力を知りたいと思ったのだ。

 シルバーも同じだ。

 強大な魔力を持つ幼女がどれほどの力を見せるのか興味があった。


 ムーンは両手を前に突き出した。

 そして、そこに杖が現れた。

 

 彼女の背丈より大きい魔法杖だ。

 下から螺旋を巻くように絡みついた2本の枝が、杖の先で別れている。

 別れた枝は、弧を描いて杖の先端でまた出会う。

 2本の枝がつくった円の中には、大きな宝石が浮いていた。

 赤い宝石だ。

 とても明るく闇を照らす暖かな火のように輝いている。


 ムーンは杖を横に持って先端を洞窟の奥に向けた。

 そして洞窟の奥へ引っ張られるような風が巻き起こった。

 ムーンのフードについたファーがそちらに倒れている。


 コスモとシルバーに目には、何が起こっているのか見えていた。

 ムーンが魔力を送っていたのだ。

 それほどの魔力がどこからあふれ出すのかは分からないが、限りなく魔力が洞窟へ流れていった。


 ムーンは気づかなったが、魔獣がすぐそこまで来ていた。

 アゾクが支配下に置いた4足歩行で高速移動する魔獣、翼を捨てた地底の火炎竜。

 その竜たちに光が当たり、その顔を闇からのぞかせようとした瞬間。

 

 赤の宝石が光った。

 

 それはまるで地底に充満したガスに火が引火したかのように、すべてが爆発した。


 ムーン・ストーン。

 彼女にあるのは魔力のみ。

 

 自身を120レベルたらしめる全てが魔力なのだ。

 膨大すぎる魔力「のみ」である。

 そう、それを使う術さえ省いた、完全な魔力特化のキャラビルドである。

 彼女には一切の魔術的な能力はなかった。

 代わりにあるのは、ただ一つの杖を持つのみ。


 魔力を炎へと変換する杖だ。


 底の無い魔力とその魔力を地獄の炎へと変える杖。

 ただその2つだけで、彼女は120レベルのNPCとして瞬間火力最強(フィセラ曰く)を誇っているのだ。

 

 ムーンはなおも杖を構えている。

 当然である。

 今のは、ただ「火をつけた」だけ。それだけなのだ。

 ムーンは無言で魔力を、火を、業火を洞窟へ送り続けた。

 放たれる業火は、水より重く、風より速く、火よりも熱い。

 火炎竜は一瞬で塵となり、さらに、迷宮と化していた洞窟の至る所に業火が広がっていく。


 突如、ゴブリンの山の側面から炎が噴出した。

 さらに山の背後、麓、少し離れた地面。

 ほんの数秒で、山を中心に大森林から火柱が立ち昇った。

 

 ゴブリンたちが作ったいくつもの洞窟の出口にまで炎が周っていったのだ。


 空高く昇っていく真っ赤な業火の柱。

 それが20本以上作られた光景を見ながら、フィセラはそれを目を細めながら見ていた。

「……まぶしいな~」

 この下で巻き起こっている地獄の風景など想像する気もなかった。


 空からヒラヒラと何かが落ちて来た。

 「何か」を焼いた灰だった。

 

 フィセラはスンスンと自分の腕の匂いを確認する。

「ゴブリンの悪臭と灰の匂い。帰ったらお風呂はいろ」



 何万という真っ黒に焦げたゴブリンの山。

 彼らの働きを思えばその言い方はふさわしくないだろう。

 言い方を変えるならば、王を守った壁。

 死体の中から這い出て来たアゾクは魂から叫んだ。

「今すぐに地上へ出て行けぇ!!戦争を仕掛けるぞぉ!!フィセラァァ!!」

 


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