二人と一匹と一体(3)
フィセラ達は白銀竜の背に乗り大森林のはるか上空を飛んでいた。
下にいる者が目を凝らせば気づくだろうが、きれいに澄んだ青空の中で白い体のシルバーを見つけるのは至難の業だろう。
発見されることを気にせず、二人と一匹と一体は優雅に空にたたずんでいた。
「ご主人さま。ここで何するの?」
ムーンがフィセラに疑問を投げかける。
ここ、と言っているが、まだ上空を飛んでいる白銀竜シルバーの背中の上のことではないだろう。
この森で何をするのかという質問のはずだ。
フィセラは髪をたなびかせながら、下の森を眺めている。
「この森に巨人がいるみたいなの。ご近所さんだから挨拶した方がいいと思ってね。う~ん、巨人兵団とか作りたいな~」
従える気が満々なフィセラである。
「きょじんへいだん?みんなおっきいの?」
ムーンはあまり知識や教養を持っていない。見た目通りの幼いしゃべり方だ。
「大きいし強いのよ。アンフルのクエストでも、巨人兵団を倒せってのがあったな~。そういえば、エルドラドにも巨人兵団を呼べるアイテムが……」
――いや、あれは巨神兵団だっけ?後で、あの子の気いておこうかな。
会話を途中で止めたフィセラの顔をムーンがのぞき込む。
大丈夫、とフィセラはムーンの頭を撫でて前を向かせた。
(フィセラ様)
静かになった途端、コスモがフィセラに思念を飛ばした。
ムーンとの会話が終わるのを待っていたのだろう。
(巨人をエルドラドの配下にすることは分かりましたが、まずは何を行いましょうか?)
フィセラはコスモの「配下」という言葉に引っかかったが、言及はしなかった。
隣人と仲良く、という言葉を聞いてもどう滅ぼすのかと言いそうな部下がいるからだ。
その中では、コスモはステージ管理者として良心的な心を持っているようだ。
ムーンに抱きしめられた姿はまるでマスコットである。
「まずは巨人を探そうか。ヘイゲンの話だと、小さな村みたいなのがたくさんあるらしいから、目立つところに行けばいいよ。……分かった?シルバー!」
「了解した」
話を聞いていたシルバーが緩やかに旋回する。
下の風景をフィセラ達に見やすくしているのだ。
――森が濃い……木の下が全然見えない。案外そのあたりにいるのかもしれないけど、どうしようかな~。
その時、フィセラの眼球が反射的にあるものを追った。
視界に入ったものの形は何も分からなかったが、フィセラは確信をもってシルバーは再度動かす。
「左」
フィセラが静かにそう言うと、騎獣用の鞍の効果もあってシルバーはスムーズに言葉に従う。
シルバーもコスモもムーンも、何も見えなかったが、フィセラだけはある場所を注視していた。
森を走る小さな影。
それを追う2つ、いや、3つの大きな影。
そして太陽の光を反射する武器の輝き。
さらに空気を彩る鮮血の赤。
フィセラはにやりと笑い、つぶやいた。
「圧倒的な力を見せつける作戦と恩を売る作戦があったんだけど、一緒に出来るかもね」
「引けえぇぇ!後退だあ!」
アルゴルは自分の頭の上から、振り下ろされる拳をかろうじて避けた。
そのまま逃げたい気持ちはあったが、ここで粘れば時間を稼げる。
そう考えて、敵の前に立ちはだかった。
一つの剣・アルゴルは、同じく一つの槍・ナラレと合流した後、暗がりの家を回りながら避難を勧告していた。
それが終わり、ヘグエルの後を追って長老会のある家に向かっていた。
彼らの部隊がその途中でゴブリンを発見するまでは。
ゴブリンがここまで集落の中にいるのはおかしいと考えて尾行を行ったのだが、ジャイアントがゴブリンに気づかれることなく行動できる訳がなかった。
すぐに戦闘が始まったのだが、彼らはこの時、尾行を後悔していたと言う。
だが、アルゴルとナラレはこうも言っていた。
これを逃していれば、事態はもっと最悪の形になっていたと。
「ナラレ!まだやれるか?」
アルゴルは少し離れた場所で戦うナラレに声をかける。
ナラレは長大な槍を扱う、女のジャイアントだ。
長い髪に巻き付けた飾りをカラカラと鳴らしながら、槍を巧みに扱っている。
「やれるには、やれるが。いつまで続けんだ?こいつら相手は長くできないぞ!たくっ」
ナラレは敵の顔を見上げた。
そう、見上げたのだ。
「なんで!ギガントがここにいるんだよ!?」
ギガント。
ジャイアントの身長は最大でも7メートルほどだ。
だが、ギガントはその倍を優に超える大きさだ。
その証拠にギガントの頭が背の高い大森林の木の枝にかぶっている。
体は細長く、しなやかである。そして肌は硬く、骨はもっと硬い。痛みを感じようと怯むことのない獰猛さ。
ジャイアントととは決定的に違う、まごうこと無き「モンスター」である。
「どうやってここまで来たんだ?バレずに来られる図体じゃないぞ、こいつは」
ナラレはアルゴルを呼ぶ。
確かにギガントが明かりの家に来ることはほぼ不可能のはずである。
ギガントの生息域は、暗がりの家の向こうであるからだ。
生息域が同じだと考えられるゴブリンとの戦闘で一緒に見かけることは、これまでにもあった。
だが、こんな中央の家にまで来られるはずは無いのだ。
「監視は?ここまでの家は?全部やられたのか?」
アルゴルも同じ疑問が浮かんだが、それは違うということ分かっていた。
「その家を周りながら、ここまで来たんだぞ!彼らは誰も気づいていなかった。それよりも戦いに集中しろ!」
アルゴルの注意虚しく、ギガントの鞭のような腕による横薙ぎがナラレに命中した。
それを防げない彼女ではないが、いま、ここにはギガントが3体いるのだ。
好機とみた2体がナラレに向かって行く。
アルゴルはそれを止めようと、自分が相手していたギガントを放って片方を追いかける。
だが、それは悪手であった。
追いついたと思った瞬間、ギガントが俊敏に振り返り、両腕を広げて構えたのだ。
そして、アルゴルを追ってきたギガントが挟み撃つ。
ガァァ、とギガントが口を開いた。
歯並びは悪く、色は灰色に近い。
毛の生えていない禿げ頭が、不気味さを際立たせている。
「たかがモンスターが、いっぱしの知能を持ちやがって!……俺は一つの剣……ここで死にはしないぞ!」
アルゴルは剣を中段、切っ先を少しずらした。
背後のギガントを剣に映すためだ。
心は落ち着いている。
だからこそ、この状況に危険さが身に染みていたのだ。
額に一筋の汗が流れた。
その時、大きな影がアルゴルを通り抜ける。
そして、その影の主がはるか上空から突風を引き連れて、空を覆った。