表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
56/174

砦探索(5)

「フィセラさま~、もう元気になりましたよ~」

 ホルエムアケトが手を振りながら、こちらに走って来た。

 

 その後ろでは白銀竜がよろよろと立ち上がり、何やら頭を地面につけて力んでいた。

 首を胴体にはめ込もうとしているようだ。

 ホルエムアケトの回復スキル<神の息吹>なら、傷は全快しているはずである。

 それでも、首をほぼ1回転させられたという記憶が幻の痛みを作り出しているのだろう。

 

「元気か、あれ?」

 フィセラの独り言に、近くにいる二人のNPCは何とも言えない空気を醸し出していた。

 ホルエムアケトはそんな空気など読まずに、膝をつきながらのスライディングでフィセラの前に平伏し直した。

「う~ん……いちいちしゃがまなくてもいいよ。話しにくいでしょ?」

 

 フィセラを見たらどんなNPCだろうと、作業の手を止めて頭を下げる。

 そんな光景は少しの優越感に浸れるが、時間が経てばNPCとの距離を感じてしまうだけだ。

 今のフィセラは、そんな強い上下関係をあまりよく思っていなかった。

 玉座の上から見下ろすのは良いが、こんな石畳でも跪かせるのは気が引ける。


 フィセラの言葉に、ホルエムアケトは一瞬、砕けた雰囲気を無くしステージ管理者の顔つきとなる。

「……では、お言葉に甘えて」

 そう言って立ち上がる頃には、険しい顔つきは影も形もなかった。

 一応は上司であるホルエムアケトが先に立たなければルペラナも動けない。彼女がフィセラの言葉に従ったのを見て、ルペラナもそれに倣って立ち上がった。

 ホルエムアケトはフィセラより20センチは背が高い。

 同じ場所に立てば、フィセラが見上げる形になるが、フィセラからすると大きいペットを相手にしている感覚だ。不快には思わない。

 

 そんな大きなペットがしゃべりだす。

「それで、フィセラ様はどうしてこちらに?白銀竜を見に来たので……!」

 普通に話していたホルエムアケトが、突然固まった。

「う、うん。そうなんだけど、どうしたの?」

 目を見開いたまま固まる姿に、流石のフィセラも何事かと身構える。

 すると、ホルエムアケトはプルプルと振るえる手でフィセラを指さした。正確には、フィセラが胸に抱くコスモをだ。

「それは一体、いつからそこに?」

「ああ、ずっといたけど。気づいてなかったのね」

 ハハッとフィセラは軽く笑うが、ホルエムアケトの態度は変わらない。

「それは本物ですか?」

 指を指していたまま、コスモをつつこうとするが、それは本人に止められた。

(失礼だな、君は。本物だよ。そして僕の偽物などいない)

 コスモは指が自分に刺さる直前、全員に聞こえるように念話を使った。

 ホルエムアケトは、その念話でコスモだと確認すると獣の威嚇のようにカッと顔をこわばらせた。

「管理者ともあろう者が何をしている!我らの主人に貴様の身を持たせるなど、不敬だと思わないのか!」

(今の僕の体なんて、それほど重くはないよ。それにこれはフィセラ様が望まれたことだよ。だから少し、落ち着きなよ)

「フィセラ様!」

 

 フィセラはホルエムアケトの怒号にあっけにとられていた。

 それもそうだ。

 ホルエムアケトはコスモに言葉を投げているつもりでも、実際はその少し上にはフィセラがいるのだから。フィセラはかなりビビっていた。


「は、はい。なに?」

 返事が主人のそれではないが、ホルエムアケトも興奮して気づいていない。

「コスモを貸してくださいませんか?」

 ――私が抱えてるのがダメなんだよね。素直に渡した方がいいか。

 フィセラは両手でコスモをホルエムアケトに手渡す。

 ホルエムアケトも両手でぎょうぎょうしく受け取る。

 そして、二人の怒りも収まったかと思ったフィセラは胸をなでおろした。


 そのときフィセラの気づかぬ所で二人の管理者は戦闘体勢に入っていた。

 コスモは物理攻撃による衝撃を緩和するために<形態変化レベル2>を発動。

 ホルエムアケトは、白銀竜を相手にした時とはくらべものにならないほど、全身の筋肉を躍動させた。

 

 ホルエムアケトはコスモを受け取ってフィセラが手を引込めた瞬間、少し離れた地面へとコスモをぶん投げた。

 腕の振りが強風を起こし、フィセラとルペラナの髪がバサバサと乱れるほどだ。

 そしてあまりの事態に、二人一緒に空いた口が閉じなくなっている。

 ホルエムアケトはそんなことなどお構いなしにフィセラに向き直ると、両手を広げてこう言った。

「フィセラ様!ウチもコスモみたいに抱っこしてください!」

 ――こいつ!ただコスモが羨ましかっただけってこと!?

 もはや怒りを通り越してあきれてしまうが、ホルエムアケトの満面の笑みを見ると何かを言う気も失せてしまう。

「ちょっと大きいから、抱えるのは無理だね~」

 フィセラは手を伸ばして、少し高いところにある頭を抱っこの代わりに撫でてあげた。

 

 フィセラはホルエムアケトを撫でてあげながら、コスモを確認しようとした。

 そこには、雫が地面に当たり破裂したようなきれいな水しぶきがあった。

 驚くことにその状態で止まっているのだ。

 コスモの体の5倍はありそうな水量である。

 すると、その水しぶきは振動し始めた。

 そのまま、見ていると徐々に空中に飛び散ろうとするしぶきが中心に集まっていき、元のスライムの形になった。

 ――スライムは種族特性で一定の物理無効化を持ってるけど、120レベルNPC の攻撃も問題なしなの?さっすがだね~。

 すっかり元に戻ったコスモが普通にこちらに戻って来た。

 

「というか!喧嘩したらダメでしょ!」

 フィセラは頭を撫でる手を止めて怒るが、ペットのしつけのようになってしまっている。

「も、申し訳ありません」

 シュン、とするホルエムアケトの横まで来たコスモは語りかけた。

(僕にも謝ってほしいな)

 そう言われたホルエムアケトは黙って背筋を伸ばして足元のコスモを見下ろした。いや、もはや見下していた。

「もう、よしなさい」

 今にも、また喧嘩を始めそうな雰囲気だ。

 ――管理者の子たち、仲悪いのかな?まあ、いいやまた今度考えよ。

「今日はやりたいことがあって来たんだから。ちょっと、この竜借りるよ」


 フィセラはため息を吐きながら、二人の管理者の間を通り抜けていった。

 向かう先は白銀竜の下である。

「フィセラ様?」

 突然歩き出したフィセラにホルエムアケトたちが驚いている。だが、止めることは出来ない。

 NPCはただフィセラが行うことを見守るだけだ。

 

「ちょっと色々あってね。この竜を外に出そうと思ってきたんだけど……なんかレベルが上がってるみたいだからさ。私も手を貸してあげるよ。それに、試してみたいこともあるの」

 

 フィセラを正面から見据えるように白銀竜は首を高く上げて、フィセラを警戒している。

 

「みんながいないのは寂しいけど、これもせっかくの機会だもんね」

 

 フィセラは右手を宙にあげて、ギルドボックスを開いた。

 アイテムポーチとは違う、ギルドの宝物庫につながったボックス。

 

「手始めにアイテムの独り占めとかしちゃおうかなって。いいよね?」


 ギルドボックスは宝物庫以外にもう一か所、多数のアイテムが置かれている場所に繋がっていた。

 それは<頂上の玉座>。

 そこに並ぶのは、すべてが100レベルのアイテムだ。

 フィセラはそこからアイテム「達」を取り出し、自身を飾り付けた。


 白銀竜の体調は万全だった。

 不思議なことに傷はなく、あの戦闘の後だというのに痛みもなかったのだ。

 自分を外に出すという女の言葉を、彼は簡単に信じていた。

 そして、この女が背後にいるスライムと自分よりはるかに強いホルエムアケトよりも「上」にいるということは、聞き耳を立てていた彼女たちの会話から把握していた。

 ならば、手加減をしてやろう。俺をここから出してくれるのだから殺してはいかんだろうしなぁ。

 いまだ消えない傲慢さから来る余裕。

 それがたった数秒後には、後悔へと変わり、絶望になるとは、まだ気づいていない。

 

 この白銀竜はこれから長い間、この異世界で最初に捕まえたモンスターとしてエルドラドに「大切」にされることとなる。

 そんな中で、自分がどれほど小さな存在なのか知るのは、意外と早いのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。一気読みしてしまいました。 [気になる点] ・誤字脱字の多さ ・第三者視点の話がもっとあったら嬉しいです [一言] 更新楽しみにしてます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ