砦探索(3)
地下3階灼熱砂漠ステージ。
熱風が吹き荒れ、砂嵐が落ち着くことは無い。
視界を遮る砂の山を抜けた先にあるのは、荘厳な元神殿。今あるのは朽ち果てた神殿の跡地だけだ。
巨大な柱だけが残り、それが円形に立ち並んでいる。過去の栄華と衰退を表すように、その大きさを誇り装飾まで確認できる柱と、途中で崩れていたり倒れていたりする柱が入り交じっている。
それらの柱が囲む中心には石畳が敷かれ、広々とした空間があった。
この神殿の形が残されていたのなら、本来は何があったのか、今はもう分からない。
少なくとも、人間に投げ飛ばされる白銀竜ではなかったはずだ。
ホルエムアケトが神殿跡地を駆ける。
放り投げた白銀竜を追っているのだ。
地面に叩きつければ終わっていただろうが、終わらせることは目的では無い。
白銀竜が地面に転がり、起き上がろうと体勢を立て直す。
それをさせまいと、ホルエムアケトがさらに速度を上げた。
だが、そんな彼女を止めようと何かが両者の間に入る。
2体の石像だ。
無骨なデザインの人型の石像である。
体の特徴や装備を表すようなものはなく、柔らかい粘土で固められただけの塊のようだ。
だが、その背はホルエムアケトの3倍はあり、力を求めるために腕は太く、速度を出すために足を長く細い。
申し分のない戦闘力をもつゴーレムだ。相手が管理者でなければの話だが。
石像がホルエムアケトを止めるために壁を作る。
「遅い!」
だが、彼女は立ちはだかろうとする石像の間を弾丸のような速度で素通りしていく。
そのまま、石像に守られようとしていた白銀竜に右拳を放つ。
スキルは使わない。
単純な身体能力を用いた攻撃だ。いや、彼女にとっては「攻撃」とも言えないレベルだ。
石像が動いたかと思うと、目で追えないほどの速さで迫ったホルエムアケトからさらに殴られる。
投げられたなら空中で翼を広げればいいというのに、それが出来ない衝撃と速度。
白銀竜は、その衝撃で後ろにあった石柱へぶつかってしまう。
だが,石柱はびくともしなかった。
砂に埋もれた栄光の柱ではあるが、たかが竜にぶつけられた程度では石の一片さえ落とすことは無い。
石柱に止められたことで、今度は素早く体勢を直す。
白銀竜は翼を大きく広げでばたつかせる。繰り出された強風に大量の砂が舞い、その姿を隠す。
そして 飛んだ。
逃げるためではない。ただ距離を取ろうという目的から来る行為だ。
いや、逃げられるのなら逃げたい。
飛び去ってしまいたい。
だが、それは無理だということは分かっている。
彼は自分の仰ぎ見る空が偽物だということを分かっているのではない。
そもそも、いまだ「天井」にたどり着いたこともない。
そこへたどり着く前に、奴が来るのだ。翼を持つ竜を飛び越えて、あの女が来るのだ。
白銀竜は地面から離れて眼下を見るが、既に彼女の姿はない。
舞い上がった砂ぼこりの中にはいない。自分の影に入った訳でもない。
なぜ、それがすぐに分かったのか。
簡単である。
影に入ったのは自分だったからだ。
フィセラは、飛び立とうとする白銀竜の尾を掴んで逃走を阻止した。
だが、ホルエムアケトは違う。管理者は違う。
竜が飛んで逃げるのなら、それよりも速く、高く、その弱き者の先へと、跳ぶのだ。
「飛ぶなって言ってんだろうが!」
太陽を背負ったホルエムアケトが上空でその腕を振るって、竜を地に落とす。
勢いをつけて地面にぶつかる白銀を見下ろしながら、ホルエムアケトは自由落下に身を任せる。
そんな彼女の上空での無防備な時間を見逃さなかった石像たちが、動き出す。
頭から落ちた竜にすこし遅れて、ホルエムアケトはゆっくり地面に降り立った。
地面に足が付く瞬間、石像の拳が眼前に迫る。
それをすれすれで避け、自分の背後にまで伸びた腕をつかむ。
ホルエムアケトは石像の攻撃の勢いを利用して、腕をつかんだまま体を回転。
もう一体の石像、今にも次の攻撃を繰り出そうと構える石像へ掴んだ石像を投げつけた。
80レベルを超える石像の突きに120レベルの勢いが足された「石像」を使った振り回し攻撃。
そのダメージは石像の許容を大きく超えていたようだ。
互いにぶつかった2体の石像は大小の岩へとなり崩れていった。
足元まで転がって来た元石像の欠片をおもむろに踏み砕きながら、白銀竜へ振り返る。
彼女の手加減のかいあって、まだ動いている。
つまり、まだこの遊戯は終わらないということだ。
そしてそのことは白銀竜もよく分かっていた。たった数日で体に叩きこまれたことだ。
彼は意を決してホルエムアケトへ突進を実行する。
この地獄を終わらせるために。
死ぬことは無い。
少しだけ想像を超えて来るが、ただ痛いだけだ。
白銀竜は、この後に与えられるほんの少しの休憩が切実に欲しかった。
ホルエムアケトは高笑いを上げながら、ついに構える。
両手は大きく開かれ、打撃を目的としたものではないことは明白だ。
それは迫りくる竜を掴み止めるための構えだった。
「1段、ギアを上げるよ」
何かをしゃべっていたホルエムアケトへ、噛み殺そうと言う意思の宿った牙をむきだした顎が迫る。
ホルエムアケトは慎重に牙を2本掴む。
そして、その手にかかる重さが増すのを感じると体勢を変えた。
下半身は杭のように固く、上半身はゴムのようにしなやかに。
彼女を貫くようにあった直線の力の方向を、回転させる。
ゴオウッと風の音を出しながら突進した白銀竜の体は、いとも簡単に止められた。
そればかりか、竜の体が少し浮いた。
それを感じた白銀竜は4つの足を器用に使って地面を掴むが、もう遅い。
まるで大地に張る根を引っこ抜くように、ホルエムアケトを白銀竜を釣り上げた。
このまま弧を描いて背後に投げるか、もう少し高さがあれば頭から地面に落としていたところだ。
このまま地面に投げつけてはつまらない。ここでもう一手を加えるのが、管理者という者だ。
ホルエムアケトはしっかりと牙を持ちながら、今度は自分の体を回す。
コークスクリューのように、自分を軸にした回転を行ったのだ。
それも、竜の頭を持ちながら。
空中で投げられながら首がねじられていく白銀竜。
これが人の形をしていれば、簡単に首がねじ切れていたことだろう。
幸運にも白銀竜は柔軟な長い首を持っていた。
それでも、ねじれが300度を超えたあたりで意識が落ち、400度を超えて骨がきしみ始めた。
もし、地面があと少し下にあれば完全に首の骨は限界を迎えていただろう。
首があらぬ方向へ向いたまま、白銀竜は石畳に叩き落とされた。
そして、それっきり動くことは無かった。
「これでどっちが上か、よ~く分か」
「何をしているのですか!?」
突然、ホルエムアケトを叱るような声が響いた。
彼女は驚く様子をみせず、何事もないように声の主を見る。
「どうしたんだ?ルペラナ」
近づいてきたのは、宙に浮く少女だ。
ランジェリーのような薄い服しか着ておらず、浅黒い肌がほとんど見える。
一番に目立っているのはその腹だ。お腹が妊婦のように膨れているのだ。
もちろん妊娠ではない。
そういう種族なのだ。
イジュタという珍しい種族だ。少女のような小さな体と不釣り合いな妊婦のように膨れたお腹が特徴になっている。
宙に浮いているのは、種族の力ではない。流水のように透明で生地の薄い羽衣型のアイテムの効果である。
ルペラナはなぜだか怒っているようだ。
「死んじゃったじゃないですか!これはフィセラ様の命で行っていることなんですよ!」
「待て、落ち着け!ウチは殺してないぞ。白銀竜はぎりぎりで生きてるはずだ」
ホルエムアケトは倒れている竜に指を指す。ピクリとも動かないが、心臓の鼓動は聞こえている。
ルペラナは、その指さされた方向とは反対方向に指を指した。
「あのドラゴンではなく、私が召喚したゴーレム!」
ルペラナの指の先を見ると、石の山があった。
何だあれ?、ととぼけるホルエムアケトにルペラナが声を大きくする。
「ゴーレムです!人間の死体を使って召喚した貴重な実験サンプルなのに……どうしてくれるんですか!というか、あっちのドラゴンも生きているか怪しいですよ」
「それには同感ね」
ルペラナは賛同を得られるとは思っていなかったため、そう言ってくれた相手に笑顔を向けた。
「そうですよね~…………」
『フィセラ様!』
ホルエムアケトとルペラナは、いつの間にか背後に立っていた主人の名を呼んだ。