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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団
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砦探索(2)

 アンフルのプレイヤーならば誰でも使えた基本魔法。ゲーム的な何でもない動作に理由を付けようとした名残である。

 フィセラはその1つである<拠点内転移>を使う。

 向かう先は、地下2階水中牢獄。

 

 フィセラが姿を現したのは、青白い光が照らす廊下のような場所だった。

 目的地へ続く廊下ではない。この地下2階をグルッと1周しているだけの廊下だ。廊下の外側は石壁になっており、内側は石柱が一定間隔で並んでいる。つまり、ステージの内側、水中に沈んだ大きな建物がすぐに見える状態だ。

 建物の大部分は水に沈んでおり、塔のような先端だけが外に出ており、そこに繋がるように目のまえには石橋がある。

 柱をの間をくぐり石橋へと進む。石柱に埋め込まれた光る鉱石がフィセラの横顔を照らした。

 

 石橋は、横幅が10メートルはある。落ちる心配はない。

 だが、フィセラはよろよろと橋のふちを歩きながら下を覗く。

 ――あれ?海獣がいるはずだけど、何にもいないじゃん。

 水中にも光源はある。だが、底まで照らすようなものではない。

 フィセラは真っ暗な水の底を睨むが、記憶にあるNPCを発見できなかった。

 

 水面は少しも揺れない。完全な凪である。

 この水中を泳ぐものがいれば、水面は揺れ波が石橋をたたき、打ちあがった水がその上を歩く者にかかることだろう。

 突如現れたフィセラを濡らす訳にいかない。

 100レベルを超え白銀竜を優に上回る巨体をもつ5体の海獣は、光も届かない水底でひっそりと身を縮めていた。

 

 フィセラは足を止めた。

 しゃがみこんで石橋から顔を出す。

「あれ~?本当にいないの?あの子たちはここの最終戦力の1つなのに……さすがにファンタジー世界には合わなかったか」

 そう言いながら、水面にチョンと指を触れる。

 その揺れはどこまでも広がり、底にいる海獣にも届く。

 海獣たちは、体を極力を動かさないようにしながら上を向いて目を開く。

「うわ!びっくりした。……居たのね」

 距離はあるが、橋の真下に青い光源とは違う光る瞳が出現したのだ。複眼の海獣もいるため、一瞬ではその目の数は数えられなかった。それに、不気味だ。

 

 少し、時間を無駄にしてしまった。

 フィセラは勢いよく立ち上がり、橋の真ん中を軽快に進んでいく。

 塔の前に着くと、その塔の後ろからスライムが現れた。

(フィセラ様。お出迎え出来ず申し訳ありません。今日はどのような御用でこちらに?)

 

 元々暗いステージと言うこともあり、夜空のような色をしているスライムの体はより闇に溶けている。

 その分、その体の中に浮かぶ星のような小さな光がよく目立っていた。

 このステージの管理者、コスモである。


 塔の入り口は正面にある。ここからでも、その中にある、下へと続く階段が見える。

 ならコスモはフィセラを迎えるために、裏側にいたのか。

 それは違う。コスモ自身が言うようにたった今出て来たのだ。塔の裏側にある、本当の入り口から。

 目の前に塔は敵を字まくための罠である。

 このステージを貫くただの塔。はるか下まで続く出口のない螺旋階段。気づいた時にはもう遅く、降りて来た階段をもう一度登る羽目になるという、人をバカにしたかのような罠だ。


 その効果はこの異世界に来ても実証されている。

 収容された白銀竜の蘇生に来た教会の聖女ホワイト・アンジュ。さらに、白銀竜の移送を行いに来た地下三階管理者ホルエムアケト。

 この二人がすでに、この長い長い螺旋階段を往復していた。

 元は関りの無いNPC達。管理しているステージではない場所のギミックなど知るはずもない。

 ホルエムアケトが怒りで塔を破壊しなかったことが幸運だ。


 コスモの念話で話しかけられたフィセラは返事を声に出して行った。

「白銀竜を見に来たの。まだ生きてる?」

 フィセラは笑みを足元にいるコスモへと向けたが、返事は帰って来なかった。

 

(…………)

「…………どうしたの?」

 

(フィセラ様の命で、白銀竜は地下3階へと移し管理はホルエムアケトが行っています)

「ああ!覚えてるよ!うんうん覚えてる」

ものすごい勢いで頭を縦に振っている。

 ――そうだった~。思い出した~。……どうしよ。

 そこまでごまかす必要はないのだが、反射で言ってしまった手前仕方ない。

 他の要件を考えなくては。

 フィセラは真顔でコスモを見下ろす。

 おそらくコスモをこちらを見ているはずだが、目がないから分からない。

「そうだ!……コスモはいつも何してるの?」

 ――牢獄の仕事なんて今は何もないでしょ。暇なら一緒に行こうって誘えばいいや。

(最近は、大森林のモンスターに言葉をしゃべるものがいるようで、それらからの情報の引き出しを行っています)

 フィセラは一瞬固まり、そして何も変わらない様子でしゃべりだす。

「そう。時間あるなら一緒に地下三階へ行きましょ。今、大丈夫?」


 この足の下で巨人が捕まっているのか。情報の引き出しとは、もしかして……。

 そのような疑問はすべて消し去ったフィセラである。


(僕が少し離れても問題はないと思います)

 フィセラはそれを聞くと、ほらっ、と腕を出した。

 

 小さな子供を抱っこするように腕を自分に突き出したフィセラの行動が理解できず、コスモは動かない。

 

 フィセラは、言葉のない疑問符が思念で送られてくるように感じた。

 しびれを切らしてコスモの体を持ち上げる。

 中身は粘液だが、丸い形を維持するように膜がある。プルプルのコスモを胸に抱える。

 コスモは動けなかった。

 フィセラから逃げるようなことは出来ない、という訳ではない。ただ単純に硬直してしまっていた。

(フィ、フィセラ様。このようなこと。ぼ、僕は自分で)

「いいから、いいから。…………ちょっとひんやりしてるね~」

 

 フィセラはコスモを抱きかかえたまま石橋を渡る。

 NPCと一緒では、転移が出来ないのだ。

そのため、この先の廊下にある転移門まで向かう。


 ――これ、今どっち向いてんのかな。逆さまとかじゃないよね?

 フィセラは、目印になるものがないコスモの体を正しく持てているか心配する。

 向かい合っていたまま抱き上げたので、本来は顔を胸でつぶしている状態だが、スライムに前後左右上下はない。

 その様子はまるで、宇宙を抱いているようだ。


 この様子を見ていた海獣たちが、うらやましい、俺もおれも、と鳴き声を上げるのは、彼女たちがここから転移した後のことである。


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