砦探索
ゲナの決戦砦、地上部農場ステージ。
ここは、その名の通り農場がステージの大部分を占めている。
元々はあるギルドメンバーの管理の下に作られたステージで、アンフルではあまり意味をなさない施設ばかりだったが、今は最も貴重な施設の1つとなっている。
そう、この農場は今も正しく稼働しているのだ。
異世界に来た今でも、アンフル特有の植物が、多種多様特殊な土地で育てられていた。
空に浮かぶ太陽が頂点に浮かび、あたたかな陽が草原を照らしていた。
本物の太陽ではない。疑似太陽である。そもそも空も本物ではない。
ここは大山の洞窟の中である。
天井はとても高く太陽と青空の背景があると、ここが洞窟の中だと忘れてしまう。
そんな偽物の空の下で、この砦の主がのどかな草原に寝ていた。
一面緑の原っぱの上に転がる漆黒の塊だ。
装備とは言えない薄さの黒を基調とした服装に、闇のように黒い髪。
正面で分けた前髪が横に流れ、赤い双眸が青空を移す。
「このぐらいの退屈さが、意外と気持ちいいんだよね~。お昼寝のいいスパイスになってさ」
農場ステージと言っても、あるのは農場だけではない。緑のステージらしく自然を感じられるエリアもある。
そのうちの1つ、のどかな原っぱでは横になり昼の太陽に温められた温もりのある風を感じることが出来る。
フィセラはなんとも悠々自適な生活を送っていた。
彼女がこの異世界に来てからもうすぐ2か月が経つ。
アンフルでの敵対ギルド・プレセパ教団によってギルド拠点・ゲナの決戦砦が襲撃を受けてしまう。仕方なく100レベルの転移アイテム<王都の浮上>の効果を発動したフィセラ。
本来はギルドごと転移を行うはずなのだが、次の瞬間フィセラがいたのは異世界だったのだ。
それから、砦を離れて近くのラガート村という人の集落で1か月。盗賊やらモンスターをたおしながら暇を持て余す生活を送っていた。
そんなある日、砦が転移した大森林の大きな山にドラゴンが降り立ったと聞かされる。
そのドラゴンを倒したり、ドラゴンを探しに来た王国軍も倒したり、また来た軍人たちは倒さなかったり。それでも、基本は砦の中で不自由なく暮らす生活を1か月ほど。
毎日、何か事件が起きないかと思いながら、配下のNPCを観察する日々を送っていた。
今日はあまり立ち寄らないステージを探検しようかと農場ステージに来ている。
フィセラが寝そべっている横では、このステージの管理者が歓迎として茶を作っている。はずなのだが。
「あらあら?……あら、あら?あら~?」
かれこれ30分はこの調子で、一向に茶が出てくる様子はない。
――天然か、ドジっ子か。そんな属性はないはずだけど。ほわほわしたゆるい系のお姉さんか。……趣味じゃないな~。原因は分かってるけど。
お茶が出てこない原因は管理者の方ではなく、そのお茶、超高級紅茶の方にある。
茶葉の量、お湯の温度、量、タイミング。
正確にそれらを守らなければ、不思議なことに、ポットから出て来るのはタダな水になってしまうのだ。
貴重なお茶をご主人にと嬉々として用意し始めたのは良いが、ついに冷や汗をかき始めたのは農場ステージ管理者カラ・フォレストである。
フィセラの横で地面に座り、シートの上でまだ作業を進めていた。
フィセラとは正反対のような色合いで、農作業のための白いエプロンが彼女の所属をよく表していた。
長いストレートの金髪が少し地面に着いている。あまりおっとりとした雰囲気はなく、凛とした顔立ちである。
そして、腰に付けた長剣、その柄の部分に結ばれた鎖に繋がれる左手首。
それだけが、彼女がただの自然を愛するお姉さんではないということを証明している。
「申し訳ありません、フィセラ様。もうすぐ、もうすぐですから。今すぐおいしい紅茶をお入れしますから」
そう言って何度目か数え忘れたほど作られた紅茶がポットからカップへ注がれるが、目を疑うほど澄んだ透明色だ。
「あら~?」
「もういいよ、カラ。その茶葉はしまっておきなさい」
こういった料理には特別なスキルは必要ない。強いて言うなら、ゲームスキルと知識だ。だが、この紅茶のようにレベルが上がると、話は変わってくる。
そちらの職を一切持たない歴とした戦闘NPCであるカラには長い修業が必要だろう。
「ですが、……申し訳ありません。私の創造主であるゆるくま様のように、フィセラ様に振舞いたかったのですが、このような滑稽な姿をお見せしていまい」
カラはがくりと肩を落とし頭を下げるが、フィセラがそんなことで怒ることはない。
「謝る必要なんてないわ。カラが隣にいてくれただけで楽しい時間を過ごせたもの」
その言葉はからの心を満たし、喜びが顔に光を取りも出した。
だが舞い上がりはしない。先の謝罪よりも落ち着いた様子で胸に手を当て口を開く。
「では、いつでも私をお呼びください。フィセラ様のおそばに立つことは、我々にとっても至上の喜びでございます」
「フフ、大げさだな~」
ここで、大げさなではありません、と言うのが忠誠厚いNPC達だ。
管理者であればそれはより顕著なのだが、その種類は2つに分かれる。それを言わない大人な方の管理者なのが、カラ・フォレストであった。
フィセラは畑が並ぶ方向へ視線を向ける。
「農場の作物が変わりなく育っているようでよかったね。この世界に来たことで変化が無いのは管理者が優秀だからかな」
「ありがとうございます。ですが農場が維持されているのは、私よりも妖精たちの成果でしょう」
カラの言う通り、今も農場のあちこちを小さな妖精が飛び回っている。
自然環境の操作に関しては妖精の力が役立つのだ。
時折、悪魔のような見た目のひときわ大きいのも飛んでいるが、あれも一応妖精だ。
レベルも高くなり、戦闘力も持ち始めるとああなってしまうのだ。もちろん、既定のモンスターに頼らずNPCを作れば可愛らしい妖精のままレベルを上げることも可能だが、そこまでのリソースがなかった。
「そうですわ。今現在、砦の周りに配置している樹霊たちのために妖精を何人か外に出しているのです。畑の管理のために数人の妖精を新たに欲しいのですが」
ステージの維持の優先度を考えれば、この農場ステージは最優先だ。
だが、新たに妖精を用意するにはNPCの制作をしなくてはいけない。
――この世界でNPC制作が出来るかはまだ確かめてない。ここでのそれは、もはや命の創造。軽はずみには出来ない。取りあえず、「作る」のはまた今度だね。
「召喚モンスターの研究をしているチームに、妖精をリストに加えるように言っておくよ。それでいい?」
当分は「呼ぶ」方法で人手を増やすしかない。
「フィセラのお手を煩わすことなどできません。許可をいただけましたので、私の部下を送りましょう。研究とはどちらで?」
多分砂漠……と曖昧な記憶をたどっていると、着信が入った。
基本魔法<通信>だ。
カラはそれを察し静かに待つ。
「フィセラ様、ヘイゲンです」
いつも通りヘイゲンだ。
一応、彼以外にも通信が使えるようにと外で活動するNPCにはアイテムを持たせているのだが、ヘイゲン以外の声が通信で届いたことは今のところ無い。
確かに、常識的に考えればいきなり平NPCがフィセラに連絡するのは出来ない。一度、幹部NPCに報告するのが普通だ。
「は~い。どうしたの?」
なんとも緊張感のない返事だが、それも当然である。
ヘイゲンには、重大な報告なら直接来るように言ってある。つまり、通信で行われる話はそこまで重要じゃない話だと決まっているのだ。
何か起こらないかと願う割に、いきなり問題が起きても怖いので、心準備ができるように対策をしているのだ。
意外と小心なフィセラである。
「以前報告した巨人の集落について、調査がすべて完了いたしました。フィセラ様が気になされていたご様子でしたの、報告を」
この砦があるのは、アゾク大森林。
その前面、つまりこの「未開領域」の浅い層については特筆すべきものは何もなかった。
だが、この山の後ろには、よりレベルの高いモンスターと一緒に巨人も確認していたのだ。
ただのモンスターの対処ならすべてNPCに任せるのだが、さすがに知性ある巨人の対処を任せるのは少し、怖い。
「分かった。少ししたらそっちに行くよ」
フィセラはそう言ってすぐに通信を切る。
そして、話が終わるのを待っていたカラを見る。
今も静かに、何も聞かず待っている。好奇心から、何の話をしていたのか、などと聞くようなことはしないのだ。
だがフィセラの方が、このまま離れるのは良いのかと気まずくなってしまう。
「あ~、巨人の集落があってね。ちょっと見に行って見ようかと思ってるの」
「そのようなことをフィセラ様が行う必要はございません。命じてくだされば、巨人など私がいかようにでも致します」
いかようにでも、出来るものではないと思うが黙っておく。
少なくとも、それを押し通す実力はフィセラの倍はあるのだから。
「カラはこんなことで動かなくていいの。ふさわしい時が必ずくるから」
「こんなことと申されるのであれば、フィセラ様の方が」
「私はいいの!」
カラは、あら~?とフィセラのわがままに困惑している。
そんなカラを無視してフィセラは不敵な笑みを浮かべる。
「森に行くなら、<準備>が必要だよね」