プロローグ
第2部の連載です。
サブタイトルは業火の月と落ちる星空、鉄を打つ巨人兵団。
第1部より少し短いです。お付き合いください。
フィセラがゲナの決戦砦に戻ったあの日。
あれから数日後。
それは暗い部屋で目を覚ました。
明かりのない巨大な空間だ。
巨大と断定できるほど目は暗闇に慣れていないが、少なくともそれが収まるほどの広さはある。
首をもたげると部屋の外にうっすらと明かりが見える。
部屋と外を分かつように格子状のものがあるせいで、それは部屋を出ることが出来なかった。
その時、部屋が揺れた。
感覚が鋭くなければ気づかないほどの揺れだ。
大地が揺れている感じではない。外の何かの影響だ。
まるで、強大な何かが部屋のすぐそこを通り過ぎて行ったかのようであった。
この部屋を揺らすほどの巨体は自分を超えることが想像できると、それは少し体を震わせた。
「外に何がいる?ここはどこなんだ?」
それは足音を聞いた。
石畳の廊下を歩く音が1つ、それと小さな何かが床を這いずる音がかすかに1つ。
自分の置かれている状況が分からない。
この部屋には迷い込んでしまったのか。それとも、閉じ込められたのか。
少しずつ記憶を取り戻しつつあるそれは、後者の可能性が強いと考えた。
ならば、うかつに動くのは危険だ。
ゆっくりと頭を地面につけて、目を閉じる。
目を覚ましたことを気取られないように息を止めた。
「これをウチの神殿に運ぶの?なんで?」
足音を立てていた方がしゃべり始めた。
それの持つ鋭い感覚器では、近くにいるのはこの女だけのはずだ。だが、女は何かに質問している。
「調教!?そんなの出来ないぞ。…………力の差か~。それなら少し遊んであげてもいいけど」
女の問いに答えはなかったはずだが、会話は続いている。
これ以上、周囲に気を付けると逆に目立つ。ならば、目を開けてしまえばいい。
と言っても気づかれない程度に、そっとまぶたに隙間を作る。
そこにいたのは、やはり女。それと、スライム。
それはスライムを知っていた。
それが子供の頃に良くつぶして遊んでいたからだ。その程度のモンスターだ。
時折、未開領域に危険な奴もいるが、それらは大抵巨大だ。近づかなければ害はない。
ここに居るスライムは小さい。
隣に立っている女が人間だとすれば、膝までの高さしかない大きさだ。
こんな小ささのモンスターが強いはずはない。
モンスターの強さとは「大きさ」だ。
そいつが生きてきた中で喰らったものを、体の中に小さくとどめておく必要など無い。
このスライムと人間は俺の敵じゃない。
その時、それの記憶にあるはずのない痛みを思い出す。
身を擦りつぶり、ついには心臓を握りつぶされる痛み。
「え!フィセラ様のご命令!?それを早く言えコスモ。……ほら早く、檻を開けろ」
女が突然大声を上げる。
それの痛みは、その声にかき消されるかと思ったが、逆だった。
女のある言葉に痛みはより増すことになった。
どの言葉も聞いた覚えのないものだ。
だが確実に、女の発したある言葉が、白銀の鱗を纏う竜を恐怖させた。
ガコンッと鉄格子が上下の天井と床に消えていく。
この時ばかりは、痛みを無視しなくてはいけない。
白銀竜は、部屋に入って来た女に向かって自慢の顎を見せつけようと、一瞬で首を伸ばした。
だが、それはいとも簡単に止められる。
鼻先を掴まれた瞬間、鼻がちぎれるかと思うぐらいの力とその腕からかかる重さを頭蓋に受けたのだ。
ゆがみ始める視界には、女が片手で自分を抑え込んでいる姿が映っている。
自分ではかなわない存在を知った白銀竜は、ようやく自分の「最後の瞬間」を思い出した。
ホルエムアケトは白銀竜をことも無げに地面に押さえつけながら、笑っている。
「もう目を覚ましているって言ったろ、って?ウチだって気づいてたよ」
(嘘だね、少し驚いてたろう。まあ、いいけど)
そう言ったのはコスモだ。
正確には、思念を飛ばしたと表現した方がいいだろう。
声を発する器官がないスライムなため、思ったことを相手の頭に直接伝える<念話>使っているのだ。
「ほら行くぞ!転移門がないとウチらは転移できないんだ。……引きずっていくぞ」
ホルエムアケトはその小さな体ではありえない力で、白銀竜の鼻先を掴んだまま引っ張っていく。
「まて!待て!お前たちはなんなんだ?あの女の仲間なのか?あのエルフは、お前たちは、いったい」
白銀竜がいくら足をばたつかせようと、速度が緩むことのなかったホルエムアケトが歩みを止めた。
「エルフ?なんで……コスモ。こいつ、地下2階から出してないよな?」
(このステージどころか、牢屋からも出してないよ。エルフとは、ベカやカラのことなのかな?知っているはずないのだけれど……)
ホルエムアケトやコスモは、白銀竜の言うエルフが変身していたフィセラだということを知るはずもなく、白銀竜にとって不幸な勘違いをしてしまっていた。
「奴と関係ないのなら、なぜ俺を捕らえる?俺は月を照らす悪夢。白銀竜だぞ!」
どれだけ白銀竜が凄もうと、この場にいる管理者にとってはうるさい獣程度にしか見えていない。
ホルエムアケトは、キャンキャンと騒ぐ竜を無視してコスモと話を続ける。
「まあ、これから聞けばいい。いや、吐かせればいい」
(うん。僕のところに拷問が得意な部下がいるけど、こんなに大きいと専門外だね。フィセラ様のご命令通り君に任せるよ。がんばってね)
ああ!と元気に返事をしてホルエムアケトは白銀竜を片手に歩き出す。
白銀竜は抵抗をしてないように見えるが、これでも精一杯のちからで地面を掴もうとしている。
それでも、120レベルの管理者の前には、少しも意味はなかった。
ホルエムアケトの言う「遊び」を行うため、彼女は地下2階大水中牢獄に閉じ込められていた白銀竜を連れ出す。
白銀竜がこれから目にするのは、真っ暗な牢獄とは真逆な、熱い太陽が照らす砂漠であった。