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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
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三極登場(2)

 ――構えろって言われても、ジョブが戦士なだけで構えとか知らんし。

 フィセラは言われるまま適当に中段に構える。

 そしてマクシムも合わせるように中段に構えた。

 

 2人が構えたその瞬間。


 先に動いたのはマクシムだ。。

 彼が足を一歩前に出すと、その下にある小枝がきしみパキッと折れた。

 全身に気を張り巡らせているマクシムは、その感触を足裏で感じた。

 だが気にする余裕は無かった。

 誰が先に動いたかを無視するような速度でフィセラが跳んできたからだ。

 間を一瞬で詰められたが、剣のリーチはフィセラの方が長く、加えて重い。

 これほどの近接戦でより速く剣を動かせるのはマクシムの方だ。


 そのはずなのだ。

 

 だが、攻撃を捌くのに必死となるのは彼の方だった。

 フィセラの猛攻をマクシムはぎりぎりのところで受け流している。

「凄まじい膂力だな。受けて分かったが、その長剣は俺のより倍以上重いはずだ。なのに、軽々振り回しやがって」

 マクシムはフィセラの剣を受け流し、彼女が姿勢を崩した瞬間を狙う。

 だが攻撃を受け流すことはできても、彼女の姿勢を崩すまでは出来なかった。

 フィセラの単純な身体能力はマクシムを遥かに上回っていた。

「腕!足!正確に守りにくい体の端を狙ってくる。性格の悪さが出ちまってるぜ!」


 

 ――殺さないために中心を避けてんだよ!……こっそり鑑定魔法を使ったけど、こいつは76レベル。

 その数値は絶対に覆せない実力の差だ。

 その差があるからこそ、フィセラは本気を出さずに手加減したまま戦っていた。

 ――意味わからないまま、戦い始めたからテキトーにやろうと思ったのに。ギリギリで私の剣に追いついてくる。うざいな。

「チッ……性格が悪い?だったら縮こまってないでしっかり戦いなよ!」

 フィセラは下段からマクシムの剣を打ち上げる。

 そのまま斜めに振り下ろすがそこにマクシムはいない。剣の軌道をずらされていたのだ。

 フィセラは空振りの余力を使って体を回す。

 そして、高速の回し蹴りを彼の脇腹に食らわせた。


 マクシムは一瞬の間で脱力し、剣から腕を話して自分の胴体とフィセラの蹴りの間に腕を挟み込んだ。

 いや、正確に言えば、ギリギリで挟み込めただけだ。

「重い!腕の方が持たん!」

 

 下手な防御は出来ないと悟り、防御のための腕も脱力させる。

 代わりに胴体の硬直と下半身の脱力で力を逃した。

 マクシムは10メートル以上を飛ばされ木に激突し、地面に落とされる。

 さすがにここまで体勢を崩せば、フィセラを目で追い続けることは出来ない。

 だが、マクシムはすでにフィセラの行動を読めていた。

 ここで俺が立ち上がるのを待つ女じゃない、と。

 マクシムは立ち上がりながら剣の腹をスコップのように使って土を巻き上げた。


 倒れるマクシムを追って突進していたフィセラは進行ルートを突如現れた土の壁に阻まれ、たまらず止まる。


 飛ばされたままで黙ってはいられないマクシムは場所を変えようと斜めに走るが、その先はすでにフィセラがいた。

 フィセラの方が速い。それも倍以上にだ。

 再度高速の剣撃が始まるが、すぐにほころびが出でくる。

 フィセラは、マクシムが蹴られた脇腹をかばった隙を見逃さなかったのだ。

 柄を逆手に持って剣を下から上に持ち上げるようにマクシムを狙う。

 それを受けたマクシムはまたも剣を弾き飛ばされる。

 フィセラはまた、空いた胴体に前蹴りを食らわせる。今度はマクシムの背後には大木があった。

 フィセラの蹴りの衝撃を逃がせず、マクシムは胸を押しつぶされる。

 ――やべ!骨いったか?

 

 大木が大きく軋む。

 木の葉と小さな実がどさりと落ちてくる。


 フィセラは今度は追撃をせずに後退した。マクシムがあきらめるかと思ったのだ。

 だが、蹴りだけで止まる相手ではなかった。

 マクシムは木から背中を離して、堂々と自分の足で立ち剣を構えたのだ。

 ――へ~、思ったより硬いじゃん。でも、これいつまでやればいいの。


 白銀竜を倒したと納得させるレベルの攻撃を食らわせればいいのか。

 フィセラはそんなことを考えて、あの日の戦いで使ったスキルや魔法を思い出すが、どれをとっても目の前の男は即死だ。

 フィセラがため息を吐こうとすると、マクシムが喋りだした。

 

「……剣に固執していないな。こういう戦い方は意識してできるもんじゃない。冒険者と言ったな?戦場で覚えた戦い方か。それで?そんな素人の剣があの竜の鱗を貫けるのか?この蹴りは白銀竜に効いたか?ああ!?」

 これは、ただの虚勢だ。

 剣も蹴りもこの男に膝をつかせるには十分だった。


 それでも、それらで白銀竜を倒せたのか。


 その答えをフィセラがまだ示していないことも確かだった。

 ため息を飲み込んだフィセラは、ほんの少しだけ、剣を握る手に力を入れた。

 ――だからどうしろってのよ?まったく……、いいわ。こいつに私を推し量る力さえ無いと気づかせてやるか。


 マクシムは正中に剣を構えた。迫力は今までの比ではない。

 本気だ。

「白銀竜を倒したなどと戯言を吐くなら、カル王国の剣の下に死ね!本物ならば、真の英雄だと言うならば、カル王国1000年の剣の道を見せてやる!」

 フィセラはその言葉に口角を上げることを止められなかった。

「フッ……男はそんなに剣を振り回すのが好きなの?私、剣士の頂点に立った子を1人知ってるけど……」

「ほー。いつか手合わせしたいな。紹介を頼めるか?」

「いつかね。覚えておいてあげる…………。特別にね」

 

 その言葉を皮切りにマクシムがフィセラに切りかかった。

 今までの戦いとは打って変わって、刃から火花が出るほどの剣戟。

 

 ――ちょっとは早くなったわね。でも、2倍3倍じゃ私には追い付かなわよ。てめぇのレベルで、私と互角にやりたいなら、あと30人は連れてこれ来なきゃなぁ!

 

 マクシムは全力を出していた。

 平和になったこの国で、全力をだすことなどほぼ無くなってしまって久しいが、衰えなど少しも無かった。

 だと言うのに、彼の攻撃を平然と受け切るフィセラ。

 一撃を繰り出す度に4度のフェイント。強者ならば反応してしまう程の気当たりも実際の剣筋とはずらしている。

 それらを目だけで追う化け物を、マクシムは相手にしているのだ。

「お前は確かに俺より強い。だが、剣士として上ではない!」

 マクシムはスキルを使う。

 <戦心・憤怒><刹那の冴え>、<果てなき剣の道>!

「剣士の圧倒するのは!剣技のみ!」

 そう言って放たれる剣はもはや常人の繰り出せる軌道では無かった。

 

 だがそんな三重の身体強化を施したマクシムの攻撃に対して、フィセラは剣を下ろした。

 わざとらしく首を傾けて、マクシムを誘う。

 見え透いた罠だ。だがマクシムは少しも剣を止める気は無かった。

「いいだろう。首を飛ばすのが趣味のようだな!」

 このままではマクシムの剣がフィセラの首を落としてしまう。

 それに気づいた、アッシュやデッラがとっさに反応するよりも速く、マクシムの剣はフィセラの首に届いた。

 

 ――<硬化>。

 

 ガンッ。

 人の身から出るはずのない音が鳴る。

 横なぎに振るわれた刃は首の皮一枚斬ることなく、フィセラの首に触れた状態でただ止まっていた。

 ――剣士、剣技?そんなもので強くなった気でいるの?

「職業とかスキルとかそんなの関係ないわ。他人を圧倒できるのは、<レベル>だけだ」

 

 渾身の一撃が意味を成さなかった。

 避けられた訳ではない。防御された訳ではない。

 ただ、フィセラには効かなかった。


 積み上げたものすべてが否定された気分だが、マクシムはすぐに我を取り戻した。

 ハッとしたようにフィセラの首から剣を離す。

「すまない。止めるつもりだったんだが……」

 フィセラは笑って答えた。

「大丈夫よ。なんともないから」

 彼女にしては珍しく皮肉ったつもりなのだが、良い反応は返って来なかった。

「そ、そうか。良かった」

「大丈夫ですか?」

 駆けてきたのはデッラやアッシュではなく、灰の獣槍のメンバーの一人だ。

「二人とも座ってください。今、治癒魔法をかけますからね」


 この冒険者チームではアッシュを除けば、唯一の女性である。

 ローブや杖を持っていることから魔術師だと分かるが、口調からは治癒士の可能性もあった。


 そんな彼女をフィセラは手で静止する。

「私はいいよ。先のその人癒してあげて」

 そう言ってその場から離れようとすると、マクシムと目があった。

「俺はマクシムだ」

「……そ。じゃあマクシムを癒してあげて。私より怪我してるだろうから」

 その言葉に従い、女は魔法<治癒>を発動させた。


 <治癒>は自分の魔力に自然治癒効果を与えて相手に送る魔法だ。

 これは<回復>のように魔法の力で怪我の状態を戻したり怪我自体を無かったりするものとは少し違う。

 体に良い自然よりの魔法だ。


 温かい淡い緑光が女の手から出てマクシムを癒す。

 それを素直に受けながらマクシムはフィセラを見ていた。

「レベルとは?」

 質問されたフィセラが振り返る。

「え?」

「圧倒するのはレベルだと言っていただろう。どう意味の<レベル>だ?」

 フィセラは少しめんどくさそうに、仕方なく教えてあげることにした。

「ただのレベルよ。私のレベル。あなたよりも高いから私の方が強いって、私は100……レベルだからね」

 120レベルと言うには自分の実力が足りないことを気にして、少し下げておく。

 だが、それでもマクシムは分からない様子を続けた。

「100?なんの数字だ?」

「だから私のレベル!マクシムは76でしょ?知らないの?」

「76?……もしかして実力を数値で表しているのか。この辺りではそうした…………文化は無いはずだ。俺は初めて聞いた」

 ――文化?初めて?

「そうか、100と76か。確かにそれほどの差があったな」

 マクシムは彼女の口にしたレベル差をはっきりと体感したようだった。


 だが、フィセラはもうすでにマクシムの話を聞いていなかった。


 ――あれ?レベルってあるよね?だって今まで普通に…………誰かと話はしたことあったっけ?鑑定魔法でレベルを調べることはあったけど、人とレベルの話したこと無い!レベル概念が無い世界ってこと?でも普通に鑑定魔法使えるしな~。知らないだけ?とりあえず……黙っとこ。


 マクシムは、コロコロと表情を変えるフィセラを眺めていた。

 彼女の蹴りによって歪められた鎧の革紐を緩めていると、いつの間にかデッラが隣に立っていた。

「強いな。あれでは、白銀竜さえ相手にならないのではないか?」

 デッラが声をかけるが、マクシムは答えない。

 デッラが冗談交じりに続ける。

「強者と言えばニコラの顔が浮かぶのだが、これからはその顔が変わりそうだ」

「だろうな」

 マクシムはそう言いながら剣を鞘から引き抜いた。よく見なければ分からないが、薄っすらヒビが入り少し欠けていた。

 どの攻撃でそうなったかも分かっていた。

 最後の一撃。

 フィセラの首に刃を当てた時だ。

「強さと言える領域を超えている。あれは、人の域にいない怪物だ」


 喧噪は落ち着き、大森林の雰囲気も不思議となりを潜めた頃。

 討伐隊の面々はこれ以上フィセラを怪しんだりせず、彼女に対しての緊張もそれほどではなくなっていた。

 そうして、デッラが代表して話を始めた。

「フィセラ様。あなたの白銀竜と討伐したという言葉を疑う訳ではございませんが、我々は白銀竜の恐ろしさを知っています。あなたの言葉のみであの竜がいなくなったと信じることは出来ません」


 ――私に敵わないと分かっても、白銀竜までも倒せるか分からないか。……え?じゃあそうすると、あんたら逆立ちしても白銀竜に勝てないけど!?討伐隊が!?


「それに、我々には任務があります。このまま帰るわけにはいきません。竜の死体や戦利品、戦闘跡など確認しなくては、討伐されたと報告は出来ません」

「あ~、案内しろってこと?」

「……よろしければ」

 デッラは腰を折り、頭を下げた。

「うん分かったわ。じゃあ行きましょ!」

 想像していたものとは違う、軽快な返事にデッラは驚いた。だが、変につつく必要はない。

「ありがとうございます。フィセラ様」


 討伐隊を引き連れながらフィセラは先頭を歩いていく。その後ろにデッラ、次に灰の獣槍のメンバーが続いている。

 そして、少し離れるようにアッシュとマクシムが殿を務めていた。

「あれは絶対に冒険者じゃないぞ。何者だ?」

「あの戦闘で分かると思うか?俺には怪物だということしか分からなかった」

「竜の死体を確認するのはいいが、その後にあれと戦うことになっても手は貸さない。契約に入ってないからな」

「さっき手合わせ願うとか言っていただろうが、怖気づいたのか?」

「優秀な冒険者は戦う相手を選ぶものだ」

「勝てねぇと悟ったんだろ」

 アッシュは小言を言ってくるマクシムを無視して部下に声をかけた。

 二人の所まで下がって来たのは、さっきの魔術師の女だ。

 名はアーレ。

「アーレ。前に行って、奴と話してこい。正体を探ってくるんだ」

「え!私がですか?何を話せばいいんですか?」

「何でもいい!行ってこい!」

 ぎゃ!と背中を蹴られながらアーレが前に行く。

 アーレはキャスケット帽子が落ちないよう片手で押さえながら列の前へさらに走っていった。


 そして、すぐ戻って来た。


「何してるんだ?話は」

「それが、旅をしていたら知らないうちに大森林にいて、気付いたら白銀竜と戦うことになっただけだって言われて、それ以上は何も」

「なんだそりゃ」

 アッシュとマクシムは揃って間抜けな声を出した。


 そうして核心のつく話を出来るはずも無い中、一行は順調に森を進んでいきついに大山の麓に到着した。

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