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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
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三極登場

「さて、どんな登場の仕方が目立つかな。いい印象を与えなきゃいけないから、ヒーローみたいに行きたいな」

 フィセラは木の陰に隠れながら、討伐隊の戦闘を見ていた。

 視線を向けられれば気づかれるほどの杜撰な隠れ方だが、戦闘中によそ見をする素人はいないようだ。

 

 いま討伐隊が戦っているのは巨大な熊だ。

 特筆すべきはその大きさではなく、異様な骨格だ。

 普通の熊なら胴体に丸みがあるフォルムだが、こいつはどこもかしこも角ばっていた。骨が飛び出ていると思わせるほどの角がある腕や背中。毛皮の光沢はその毛に含まれる魔力を表していた。簡単には傷つけられないだろう。

 確実に熊とは違う生物なのだが、顔が熊に似ているという理由で、フィセラはこの魔獣を熊だと断定した。

 

 彼女は討伐隊と熊の戦闘を見ながらシミュレートをしていた。

 ――こう来たら、避けて、懐に入って、こうやって、それでここで斬る!……よし、これで行こう。

 完璧だ。

 なぜならば、頭の中では成功したのだから。

 フィセラは自信満々に木の陰から出て行き、討伐隊に挨拶するように片手をあげて止まった。

 もはや完全に隠れる気がゼロだが、まだ彼らには気づかれていない。

 そんな場所で最後の一考である。

 ――なんて声かけよう。いきなり現れてもおかしいよね。なるべく普通に……困っている人を助けるように。

 そしてようやくフィセラは駆け出した。


 

「クソ硬いな、このモンスター。来るぞ、下がれ!」

 三極マクシム・ミドゥは熊が自らの攻撃をものともせずに立ち上がったのを見ると、他の者にも後退を指示した。

 熊の両腕を使った薙ぎ払い。熊は二足歩行でマクシムを追ったがちょうど一歩分距離が足りない。

 これまで討伐隊はこの熊に有効な攻撃は仕掛けられていないが、時間がかかっただけ敵の行動に慣れることが出来ていたのだ。

 

 熊の攻撃を見切った灰の獣槍の一人の男が背後から攻撃を仕掛ける。

 だが、灰の獣槍リーダー・アッシュの咆哮が攻撃の前に響いた。

「よせ!上だ!」

 男の頭上には木からぶら下がった蔓しかない。

 今回の戦闘はこれが一番厄介だった。

 蔓が蛇のように動き男の腕に絡みついている。

 異様に硬い蔓を腕から外せずにいると、熊が男に気づいた。

 格好の的めがけて腕を振る。

 すると男の後方から三極デッラ・サンデニが現れ、蔓をいとも簡単に斬った。そのままの勢いで男の背中を蹴り、熊の懐に入る。

 デッラの頬を熊の爪がかすめても冷静に熊から再度距離を取った。

 離れ際に一撃を食らわせることを忘れずにだ。

「あ、ありがとう。助かった」

 熊の攻撃を後方に避けていたら、おそらく二人とも熊の餌食になっていただろう。

 極限の状態で発揮する大胆さと失うことない冷静さでは<黒星>の冒険者だろうと、三極には敵わない。

「気にしないでくれ。今は仲間だろう」


「いいや気にしろ馬鹿が!この男に助けられなかったら死んでいたぞ」

 いつの間にか近くに来ていたアッシュが部下を叱る。

 すまねえボス、とうなだれる男に、アッシュは下がるよう命じた。

「お前たちは支援に徹しろ。こいつの相手はお前らには荷が重い。特に、この森の中ではな」

 

 そう、アッシュとマクシム、そしてデッラは森一歩入っただけで森の異常を素早く察知した。

 常に感じるプレッシャーと重い空気。

 魔獣との戦闘が始まると、それがよりいっそう強まっていった。

 まるで強制的に気が散らされ、重力が増加したようだった。

 森に深く入ってからは、魔獣に加え自然の脅威にも対応しなくてはいけなくなる。

 そんな状況でまだ集中して戦えているのは、この三人だけである。


「とどめが刺せませんね。この環境に適応した魔獣がこれほど手ごわいとは……」

 デッラがアッシュに話しかけるが、返答はすぐに貰えなかった。


 アッシュは出身がカル王国である。

 数年前だが、王国軍にもいた。

 元兵士がそう呼ばれる訳ないのは百も承知だが、自分を差し置いて三極と呼ばれる3人を勝手に敵対視しているのだ。


 かといって戦闘中に無視するほど子供ではない。

「……あの男を囮にして、私達は後ろから叩く。首は狙うな。後ろ脚だけでいい」

 アッシュはマクシムを指さしながら作戦を語る。

「マクシムを囮にするのは構いませんが、倒さないのですか?白銀竜との戦闘もありますし」

「乱入が怖いか?タイミングを見極めれば、そんなことは起きない。それに、息の根を止めるには1発じゃ足りない。逃げだすぐらいの攻撃でいいんだよ。道すがら出会ったモンスターをすべて退治していくのは素人だけだ」

 デッラは少し考える素振りをして頷いた。

「モンスターとの戦闘には、我々より冒険者に分がありますね。従いましょう」

 それでは、と動き始めた時。


「大丈夫ですか~~?」

 間の抜けるような声が森にこだました。


「人?まって止まりなさい!ここは危険ですよ!」

 デッラは駆けてきた女が自分たちに敵意を持っていないことはすぐ分かった。だからこそ、異様な状況に現れた女に疑いを持つタイミングが遅れた。

「人間か?なんでこんな場所に……」

 マクシムは獣の勘ともいえるもので、女と魔獣が両方見える位置に移動する。

「お前ら下がれ。もっとだ!下がれ!」

 アッシュはこの場に漂う空気に覚えがあった。

 これは今からここで普通ではないことが起こるということを思わせる空気。

 多様な戦場を駆け抜けてきた冒険者だけが持つ鼻が危険信号を発していたのだ。

 


 熊にしてみれば、今まで戦っていた敵が完全に攻撃範囲から離れていき、そして新たに獲物が表れたという状況だ。

 当然、熊はフィセラに向かって突進する。

 フィセラはその光景を一瞥しただけで、視線を討伐隊に向けた。

「よしよし……、もう大丈夫ですからね。あとは……私がやるから」

 目を離しても敵の動きは「見えている」。

 熊は腕を伸ばして前方へ跳躍。

 フィセラはその攻撃を熊の下へもぐりこむことで回避。

 そのまま身をよじって下腹部に目掛けて回転切りを放つ。

 討伐隊の攻撃では毛皮の下の肉を数センチ切るのがやっとだったが、この一撃だけで腹から内臓までが裂かれた。

 だが、心臓が止まるまで戦うのが魔獣だ。

 ヴォオオオと言う咆哮に血反吐を含ませながら立ち上がり,右、左、右と腕を振るう。

 だが、フィセラはそれを簡単に避けると代わりに熊の腕に三本の切り傷を返した。

 

 そうしてフィセラは熊の攻撃を完璧に回避しながら、あることを思い出していた。

 ――罠魔法発動してる?これ?なんか微妙だな~。

 体が重いような重くないような。

 気分が悪ければこのぐらいありそうだなと思うような、そんな感覚だ。

 

 フィセラが熊の首を切ろうと剣を持ち上げると、何かに止められた。蔓が剣に巻き付いていたのだ。

 ――は?<蔓の暴走>、私にも来るの?無差別なのね。それに……こいつも、チャンスだと思ったなら逃げればいいのに。

 蔓に攻撃を中断させられたフィセラを見た熊の攻撃がフィセラに迫っていた。

 フィセラはためらうことなく剣から手を放して、攻撃を素手で止める。

 細い手指が熊の肉を引きちぎる勢いで、その腕をつかんだのだ。

 フィセラは空いた片方の手で、角度を変え蔓から剣を引き抜く。


 フィセラが腕を引くと熊は体勢を崩し、彼女の目の前に這うように倒れた。

 素早く立とうと熊が顔を上げる。

 だがその動作はまるで、断首を待つ罪人が処刑人に首を差し出したかのようだった。

 

 フィセラが熊の首に剣を振り下ろす様子を討伐隊の面々は黙って見ていた。

 灰の獣槍メンバーは驚愕の表情を浮かべていたが、そのリーダーと三極は冷静だった。

 この結末は、フィセラの最初の動きを見ただけで予期出来た。

 3人は分かったからだ。彼女が明らかに人域を逸している強者だということに。

 だが、ここから彼女が何をするのかは予想できないでいた。


 アッシュ、デッラ、マクシムがつくる三角形の包囲の真ん中でフィセラが顔を上げた。

 

「もう大丈夫ですよ。危険はなくなりました!」

 切り落とした熊の頭を踏みつけながら、フィセラは胸を張ってそう言った。

 その行動と言葉があまり合っていないことには気づかないフィセラである。

 まだ脅威が去っていないような反応の討伐隊の顔を見て不思議がる。

「大丈夫?」

 マクシムとデッラが目を合わせた。デッラが代表のようだ。

「はい。大丈夫です。その、危ないところを助けていただきありがとうございます」


 感謝の言葉を口にしているが、その表情は、これを言う状況であってるよな?と聞きたそうな顔だった。


 デッラが続けて喋り、問う。

「あなたは一体?」

「私はフィセラ。ああ、この近くの……やま、いえ、村に住んでいる冒険者です」

 アッシュが反応した。

「冒険者?あんたの顔を見た覚えはないんだがな。お前らは?」

 灰の獣槍の部下は首を振った。

「ハハハ。それは……私が……」

 ――そういえば冒険者いるんだったー。完全に忘れてたー。


 ヘイゲンの報告は8割方、右から左へ聞き流すフィセラである。


「私がこの国の冒険者ではないからです。外国から旅をしてきまして」

「その証明は?」

 フィセラの背後に立つマクシムが鋭い声で詰め寄る。

 だが、デッラがそれを止めた。

「詮索はよせ。我ら全員の恩人だぞ!……申し訳ありません、フィセラ様」

 フィセラは、気にしてない、と胸の前で手を振る。

 ――この人は好印象を持ってくれたみたいね。とりあえずは一人で十分。なんかリーダーっぽいし。

 アッシュとマクシムはまだ警戒をしているがデッラは自分を受け入れた、とフィセラは感じた。

 そうして、3人がいまだ一息で武器を構えられる体勢を崩さないことに気づかないフィセラはひとり安堵した。


「私たちはあるモンスターを討伐するために王都より来ました。良ければお時間をいただけますか、少し聞きたいことがあるのです」

「いいですよ。でも、私全然知りませんよ、白銀竜のことなんて」

 

 その時、マクシムは剣に手を置き、アッシュを肩にかけていた槍を手に持った。

 一息で構えるどころか、もはや瞬きの間に攻撃を仕掛けられる体勢だ。


「ここまでわかりやすいボケがある?それとも馬鹿なのか?」

「誰がいつ白銀竜の話をした?下手な演技しやがって、俺達を元から知っていたのか」

 フィセラは自分から白銀竜の名前を口に出してしまったことに気づいた。だが、その反省の前に、マクシムの言葉にキレていた。

「あ?」

 ――下手な演技?お前ら助けようとしてんだぞ、こっちは。……殺すか全員。

 短気なフィセラが爆発する前にデッラが口を開いた。

「何か知っているのなら、どうか教えていただけますでしょうか。我々は敵ではないはずです」

 フィセラは一度深呼吸をしてから答える。

「私は問題を起こすつもりは無いの。出来ることなら、あなた達にはこのまま何事もなく来た道を戻ってほしい。そう、本当に、そうして欲しい」

「我々には目的があります。この森に降り立った白銀竜を」

「そいつはもう倒したから、私たちがとっくに。だから、帰っていいわよ」

 

 デッラはフィセラの言葉を聞いて顔色を変えなかったが、心中は穏やかではなかった。

 この強者の言動の真意が測れなかったのだ。

 デッラの頭の中にいくつもの疑問が浮かんでは消えていった。 


 なぜこの大森林にいる?

 国外から来たと言っていたな。帝国か、ドワーフ共の諜報員か?

 目的はなんだ?

 我々三極の暗殺か?可能だろうな、だが助けたぞ。

 白銀竜を利用しようとしている?

 我々を遠ざけようとしているのも納得がいく。

 それか、真実を?


 自問自答を切り上げたデッラはマクシムに目配せする。

 ここでようやく、彼女が敵じゃないことを2人は共有した。

 デッラに彼女の正体は分からない。

 何者なのかという疑いは強くなったが、それと反比例するように敵だという確信は薄れていったのだ。


 討伐隊は途端に空気が軽くなった。

 フィセラに向けられていた敵意や疑いの目がなくなったからだ。

 だというのに、あるいはだからこそなのか。

「ホラを吐くだけの実力はあるようだが、それを実現できるだけの力なのかは確かめて見なくちゃ分からねぇよなぁ!」

「確かに、一度手合わせ願いたいものだな」

 2人は意気揚々とそう口にした。

 マクシムはついに剣を抜き、アッシュは槍を構えたのだ。


「おい!何を言っているんだ?よせ!」

 デッラが二人を止めようとするがマクシムが反論する。

「お前が問題なしと判断するのはお前の勝手さ。俺は俺でこいつを試させてもらう。いいよな!」

「いい訳ないだろ!デッラの問題なしの判断は「三極」の判断だろう?ならば、お前の出番も終わりだ。最後に冒険者として私が判断する。下がってろ!」


 マクシムとアッシュの言い合いに挟まれたフィセラはきょろきょろと困惑していた。

 ――え、何が問題なしなの?戦うの?なんで?


「おい!」

「はい!」

 とっさに返事をしてしまうフィセラ。

「どっちか選べ。俺かそっちの女か」

「は?え?。意味わかんないし、私はどっちでもいいし。時間かかるなら、二人相手でもいいんだけど。……じゃあ、こっち」

 フィセラは間違って殺しても心が痛まない方へ指を指した。

 悪口を言ってくる、声がうるさい方をだ。


 アッシュは納得のいかない顔だが、素直に数歩下がり場所を開ける。

 

「二人相手でもだ?俺を舐めやがって。……さあ、構えろ!」

 そうして、指を指されたマクシムが前に歩み出た。


 ――白銀竜を本当に倒したのかって?確認するなら、こんなのじゃなくて別の方法があるでしょ!ああ、脳みそ筋肉じゃわかんないか。

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