討伐軍本隊始動
カル王国。王城会議室。
サロマン4世は会議室の簡易玉座にて、召集した貴族たち(議会)の注目を集めていた。
「すでに皆聞いているだろう。約3か月前、現れた白銀竜討伐のためにアゾク大森林へ討伐の前段となる先遣隊を送った。そして五日前、遅れて隊に加わろうとした北方領の隊から報告を受けた。三日費やして捜索したが、兵士一人として先遣隊の基地を見つけることが出来なかった」
貴族たちは王の言葉を静かに聞いている。
サロマンの語る情報も事前にしていったものだ。この場で驚くような者はいない。
「その報告では、先遣隊の失踪した時期がいつなのかは分からない。近隣の村人に調査隊を送っているが、待っている余裕はない。何が起きたのかはこの場で結論を出す。明日、王都を立つ討伐軍本隊についても話すとしよう。皆、持っている情報はすべて共有するのだ」
貴族の半分が王の命令に頷き、もう半分は頭を悩ませた。
禿げ頭の貴族が手を上げる。
「陛下。我々も報告を聞いたのは今しがたです。新たな情報は何も……」
これが頭を悩ませている理由だ。
貴族の言葉をサロマンが片手で静止する。
「真実の探求などどうでもよい!」
会議室にどよめきが生まれる。サロマンはそんな空気を無視して場を仕切る。
「北方領の隊が先遣隊の駐屯予定地についたのが、捜索にかかった時間と報告が届くまでの時間を合わせて、今から八日目。それより前に領地から兵を送った家はあるか?」
一人だけ、遠慮がちに手を挙げる比較的若い男がいた。
「予定では十日前、先遣隊に合流した隊がおります。次男を、我が息子を、消えた隊の捜索に向かわせました」
長男を先遣隊の信頼できる友人に任せたこの貴族は、悪あがきに捜索を行うようだ。
他にはいるか、とサロマンが貴族の面々を確認する。
整った顔の貴族に話がありそうだ。
「支援を表明した商家の隊列が我が領に帰って来ております。詳しい予定は分かりませんが、先の話と日はあまり変わらないかと思われます」
うむ、とサロマンが頷く。
貴族たちは黙ってそれを見守っている。付け加える話がこれ以上ないのだろう。
「では、今より十日前。先遣大隊は白銀竜の攻撃を受け全滅とする!」
「な!これは白銀竜の攻撃だったのですか?」「そんな報告は聞いていませんぞ!」
貴族たちが口々にサロマンへ意見する。
だが、貴族たちは一斉に寒気を感じて口を閉じた。
王の傍らに立つ三極の一人、ニコラの放つ「気」を感じたのだ。
戦いを知らない貴族でも感じるほどの無言の圧力。
たとえ、それが「殺気」でり、兵士が貴族に向かって放ったのだとしても、ただ立っているだけの男を訴えられる貴族などいない。
それに、ニコラには爵位が与えられている。それが下位のだろうと、議会に参列する貴族とは同列なのだ。
場が静まったことを確認したサロマンが口を開く。
「報告はない。当然だろう、予兆の無い失踪であるぞ。それに、この事態が白銀竜の起こしたものでは無かったら、一体なんだと言うのだ」
貴族は矛盾の無い王の言葉に従う。
「先遣隊の任務は基地の設営とアゾク大森林の進軍準備だが、竜の足元での活動に変わりはない。……白銀竜が動いたのだ」
誰も口を開かず、静寂が議会を包む。
静寂を破ったのは長髪の貴族だ。爵位は公爵であり、発言力は高い。
「陛下。それでは、今王都から三極を出立させることについては再考なされるべきかと」
ニコラの眉がかすかに動く。
サロマンが、その理由を問いただした。
「竜が軍に攻撃を仕掛けた以上、二度目がいつあっても不思議ではありません。近隣の村や都市フラスクに向かうのならいいが、この王都まで飛んでくれば悪夢だ。竜と戦える戦士は多くありませんぞ」
そう言いながら、長髪の貴族はニコラに目を向けた。
ニコラにも発言権はあるが、自分から口を開くことはめったになかった。
「二コラよ、どう考える?」
サロマンに促されて、ようやく答える。
「メロー公爵の言う通りです。白銀竜が好き放題に王国を飛び回ることは避けなくてはいけません。だからこそ!今すぐに、王都を発ち、討伐に向かう必要があります。今回の事態はその重要性が高まっただけだ!」
ニコラも長髪の貴族・メロー公爵をまっすぐ見据えた。
メローは眉をひそめて反論する。
「三極が離れたときに、竜が来たらどうするかという話をしているのだ!」
「王都でどれだけ戦力を整えようと、竜を脅かすことはない!」
「王国民を危険にさらして白銀竜を討伐することに意味があるのか?そんなことを議会が許可すると思っているのか?」
「王国を守るために懸けているのは我が命だ!それに、議会の許可など必要ない。我ら三極が従うのはこの国でただ一人だ」
ニコラ、メロー。二人の言い合いを見ていた貴族たちも玉座に座るサロマンを見る。
「二人の言葉を考慮した結果、討伐作戦を変えるべきだと、私は思う」
ニコラが、信じられないと目を見開き横に座る王に詰め寄る。
「陛下!何を……」
「デルヴァンクール!貴様が陛下に意見できる立場か?控えろ!」
メローに叱責され、ニコラは後ずさる。彼の言葉に間違いはなかった。
メローが、サロマン王に続きを促す。
「討伐軍本隊の編成は、王国軍より三極のデッラ・サンデニとマクシム・ミドゥの二名のみとする!道中の危険排除は冒険者を雇うのだ。そして、黒星の冒険者を本隊に加える。国の金庫を開けても良い、必ず黒星の冒険者グループと契約を果たすのだ!」
おお、と貴族たちから感嘆の声が漏れた。
「三極が二人で大丈夫なのか?」「ニコラ殿が王都に残るなら安心じゃないか」「軍の作戦に冒険者を雇うのか、今まであったか?」「軍の、と言っても行うことはモンスターの討伐だ。問題にはならないだろう」「冒険者の最上位ランク、黒星を雇うのだな」「王国の黒星は誰だ?」「確か、王都で活動しているグループは灰の獣槍と超大剣だな」
貴族たちが互いに話している時。
サロマンは、傍らに立つニコラにしか聞こえない声で語り掛けた。
「お前の剣は然るべきときに振るわれる。その時、敵がどれほど強大であろうと役目を全うするだろう。今は、その時ではなかったのだ。……許せ、ニコラ」
サロマンが玉座から降り立ち上がった。
「先遣隊に領民や物資を送っていた領地や貴族の保障は、王家が責任をもって行う。被害をまとめた報告を、後に財政官に行うように。これにて、今議会を解散とする!」
「という訳だよ。理解できたかな?」
黄金色に少し黒が混じった髪色の兵士がそう言った。
剣を振うには少し線が欲し体だが、鋭いオーラをまとっている男だ。
三極の一人、デッラ・サンデニは隣の男に議会で行われた話を教えた。
「ええ。冒険者組合を通して大方の話を聞いています。王国一の剣がこの場にいないのは残念です」
話を聞いていた男、名はポット。黒星冒険者・灰の獣槍のグループメンバーだ。
彼の後ろにいるほかのメンバーは思い思いに話をしていた。
デッラはポットに言葉を聞いて困ったような表情をつくる。
「それに関しては私達も同感です。いや、私達はそう言える立場ではありませんね。力及ばず申し訳ありません」
「謝らないでください。どんな状況か知った上で、この依頼を受けていますから」
灰の獣槍。
ある槍使いを中心に集まったベテランの冒険者たちだ。
星の数で冒険者ランクと実力を表す業界で、組合から「黒い星」を与えられた英雄だ。
王国は、王都のいる2つのグループと契約をしたかったが、もう1つの黒星はちょうど別の依頼を受けて王都にいなかった。
それでも、本人たちが戦力は十分だと判断して4四日前に王都を出ていたのだ。
「その通りだ。ニコラという男の代わりぐらい私一人で足りる。お前たちも心配するな」
そう言いながら歩いてきたのは、何らかの魔獣の灰色の毛皮を羽織った女だ。
彼女の名はアッシュ。
灰の獣槍のリーダーだ。
ベテランと言われる冒険者とは違う、規格外の実力者だ。
肩に担いでいる槍の攻防は、三極に匹敵すると言われているほどだ。
「ボス、何か見つかりました?」
仲間にボスと呼ばれているアッシュは、ポットの質問を無視して革袋から水を飲んでいる。
ここは先遣隊の駐屯地があったと言われている平野だ。ここで何が起こったのか探ろうと思ったのだが、彼女の反応からするに、手がかりはなかったようだ。
そんな彼女にデッラは声をかける。
「アッシュさん。あなたならば、私やマクシムの代わりは出来るでしょうが、ニコラの代わりは出来ませんよ」
アッシュは、そう言ったデッラを、視線だけで殺しそうな目つきで睨んだ。
「ですが、灰の獣槍ならば別です。アッシュさんの槍さばきにお仲間の支援や魔法はあれば、ニコラの……二人分にはなりますよ」
「二人分なら、竜の相手はそいつらだけで十分だな!」
デッラの背後から声をかけてきたのは、マクシム・ミドゥだ。デッラと同じく三極である。
黒髪をそり上げるほど短くしており、日に焼けた黒い肌で分かりにくいが、至る所に傷がある。
まるで野獣のような男だ。
「何かあったか?」
「ない!」
マクシムは短く言い放った。
別行動していた二人が合流して、これで全員揃う。それが確かか、デッラが皆の顔を確認し終わると。
「フラスクやこの近くの村で聞き込みをしたが、何も分からなかった。なので、先遣隊の捜索はこれで終わりにします。これからは、白銀竜討伐を目標にアゾク大森林を進みます。……準備はいいですか?」
話を聞いていた全員が、デッラの言葉に頷いた。
――ああ、なんでだろう?どうしてこんなことになってんのかな?私が悪いのかな?
フィセラは森の中で「ケンタウロス」に囲まれていた。