教会の聖女
黒い太陽の自己消滅。その後、戻って来たヘイゲンの指揮により駐屯地そのものの隠蔽。
それから少し経ち、フィセラは砦に戻ってきていた。
ゲナの決戦砦。本館ステージ。本館脇、教会。
「アンジュ。ソフィーの容態はどう?」
「はい。けがは完治しており体調は良好でございます」
フィセラにアンジュと呼ばれたのは、教会の聖女「ホワイト・アンジュ」だ。
管理者以外では唯一(エルドラドで公にされているNPCの中で)120レベルのNPCである。職業は聖女という最高位のジョブについており、一応は砦内にある「教会」というエリアの責任者でもある。
ステージ管理者には劣るが、管理する区画を持つ幹部の1人だ。
その見た目は教会に所属する修道女としては「清貧」に欠けるものだ。
黄金の長い髪の毛に真っ白な肌。瞳の色は一色ではない。七色に輝くアースアイと呼ばれるものらしい。
多めの白と黒を基調としたシスターの装いだが、服にある刺繍はすべて金で出来ており光の下を歩くと神々しい姿になる。耳飾りや首飾り、指輪をしているが派手なものではない。だが、近くで見ると気づくがその精巧さは人の手で作られたとは思えないほどだ。
神が造った美しき人形である。
「この子はソフィーという名なのですね。かわいらしい名前です」
そしてアンジュはソフィーが寝ている台から離れて、フィセラに道を開けた。
フィセラはソフィーの顔を見るため、彼女が寝かされている台に近づく。
まるで生贄に捧げられる直前のような光景だが、教会で人を横にできる場所はここしかなかった。
ソフィーの顔は元通りになっており、血色も良い。服も汚れ1つなくきれいだ。
今はただ寝ているだけのようだ。
「いつ目を覚ますの?完全に回復してるんでしょ?」
アンジュは少し目を伏せて答える。
「スリープを行使したばかりなのです。エルドラドを知らぬ者がここで目を覚ましては混乱してしまいます。それを避けるため一時的に眠ってもらっているのです」
そうなんだ、とフィセラがまたソフィーの顔を覗いた瞬間。
アンジュは教会の入り口に立っているヘイゲンを見た。
ヘイゲンが少女を連れてきたときに、目を覚まさせるな、という命令を受けたが、それにはアンジュも賛同してした。
ならば、いちいち誰の命令だと伝える必要はないだろう。
ねえ、とフィセラがアンジュを呼んだ。
「はい!どういたしましたか?フィセラ様」
フィセラは誰かを探すように教会内を見回していた。
「他のシスターはどこにいるの?確か、3人いたよね?」
「あの子たちは、少し休ませています。魔力を大量に消費してしまい体調が……、今フィセラ様の御前に出ては無礼かと思い隣室に居ります」
その時、アンジュは自分を突き刺すヘイゲンの視線に気づいていた。
「魔力を大量にって、ソフィーの蘇生に何の魔法を使ったの?」
何らかの蘇生魔法をひとつ、その後<全回復>を使えばいいだけのはずだ。
シスター3人の魔力を使い切るような回復魔法は必要ないし、存在しない。
「時戻しの魔法でございます。およそ三日分の時を戻しました」
「どうして?」
「すべての傷を、癒すためでございます」
外傷、内傷、心障もすべてだ。
「何を勘違いしているのだ。ホワイト・アンジュ」
ヘイゲンが教会の真ん中をゆっくりと歩きながら、アンジュに語り掛ける。
「お主の役目はエルドラドに尽くすことであり、名前さえ知らなかった少女に尽くすことではないぞ!」
アンジュは臆することなく、ヘイゲンの方に振り返る。
「彼女の治癒を命じられたのは私です。その任の子細に口を挟まないでいただきたいですね。ヘイゲン様」
「時戻しの魔法をシスターは持っていないはずだ。見たところ、お主の魔力もだいぶ減っているな。お主が魔法を行使し、足りない魔力をシスターに提供させたのだろう?魔力が枯渇した状態で、フィセラ様に何かあったらどうするつもりだったのだ!魔力が足りないから、と言い訳が出来ると思っていたのか!」
主人の名前を出されては、アンジュは反論ができない。
NPCの常識や鉄則から考えれば、ヘイゲンの言い分が正しいのかもしれない。
だが、フィセラの心情からするとアンジュに落ち度はなかった。
「すべての傷を癒したのね?アンジュ」
フィセラの問いかけに一拍遅れてアンジュが反応する。
「え?は、はい!その通りです」
「そう。なら、よくやったわ。あなたも少し休みなさい」
この労いの言葉が、ヘイゲンからアンジュを助けようとしていることは明白だった。
アンジュは感極まりながら跪いた。
「ありがとうございます。フィセラ様。ですが、そのようなお言葉、私にはもったいなきものでございます」
フィセラはヘイゲンの方へと向き直る。
「私の言った通りにソフィーを直したアンジュに、何か悪いところがあったの?」
ヘイゲンにフィセラの言葉を否定することが出来る訳もなく、アンジュ同様に床に膝をつく。
「何も、ありません」
その光景を見ながらフィセラは思った。
――なんでみんな跪くんだろう?