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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
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太陽に喰われろ

 バーナーは何人もの兵士に追い抜かれながら騒ぎの方角へと歩いて向かう。

 この方角はアゾク大森林に面している場所のはずだ。

 森からモンスターが出て来ることは無い、と聞いた記憶があるが間違いだったのか。

 駐屯地の端に到着するが、兵士たちはまだ先へと走っていく。

 天幕や物資が置かれたエリアで問題が起こった訳ではないらしい。幸運だ。

 敵の侵入に早く気付いたのか、追い返すことが出来たのか。バーナーは周囲を見渡して、戦闘痕がないことを確認すると嫌な顔を浮かべる。

 後者の可能性はなくなった。

 簡単に対応できるモンスター、という可能性が減ったということだ。だが、侵入を止めているだけでもよくやっていると言うべきだろう。

 バーナーを追い越していく兵士はまだまだいる。応援の要請をずっと行っておる者がいるのだろう。

 向かう兵士は大勢いるが、誰も戻ってこない。戦闘は今も続いているということだ。

 バーナーは途端に帰りたくなるが、ひとりで反対方向に行けば目立ってしまう。

 戦いの様子だけでも確認しようともう少し歩を進める。


 天幕を超えると見えたのは、2百メートルはある左右に広がった戦線だ。

「なぜこんなに広がっている?何が来たんだ。10や20じゃないぞ、これは」

 右の戦線では怒号が飛び交い、今も駆け付けた兵士が盾壁を厚くしている。

 対して左の戦線では、黒い煙が上がっている。よく見ると火柱もあった。魔術師だ。

 マントを羽織り杖を持つ術士が見えたと思ったとき、術士は杖を振って大きな火炎を前方にぶつけていた。

 人の壁でその先が見えない。

「いったい何と戦っているんだ?」

 

 すると、目の前の戦線から兵士が二人抜け出てきた。

 一人の兵士がうめき声をあげている。もう片方がその兵士を引きずるように後方へ下がって来たのだ。

 治療を行うためだろう。そのままバーナーの横を通り過ぎていく。

 彼らを止めて話を聞こうと思ったが、さすがにかわいそうだ。

 バーナーはどんな怪我を負ったのかを見て、敵を見極めようと考えた。だが、外傷がほとんど見られなかった。

 内骨でも折ったか。収穫は無しだ。

 

 離れていく男たちから戦線に視線を戻そうとしたとき、彼らが何かを落としていくのが見えた。

「おい!何か落としだぞ!聞いているのか?おい!」

 拾って届けようとは思わないが、落し物が何か気になって近づくと、それがいきなり動き出した。

 百足だ。

 バーナーはびっくりして一歩後ずさる。だが、すぐに百足を踏み潰した。

 足を上げて見るとまだ元気に動いている。

 二度三度踏みつけ、最後にすり潰すように踏み潰す。

 もう一度見てみると、もう動きを止めていた。

 驚くことに原形を留めたままだ。

「頑丈だな。これも森の生き物か?……まさか!」

 バーナーは振り返って戦線を注視する。やはり敵の姿は見えないが、嫌な想像を頭に浮かべてしまった。

「虫と、いや、虫の大群と戦っているのか?」

 その時、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

「バー……隊長!」


「バーナー隊長!!」

 勘違いではない。というより、自分の名前を叫んでいる。

 後ろを振り返ると、そこにいたのは先ほど天幕にいた自分の部下だった。

 部下が息も絶え絶えに、バーナーの前まで走って来た。

「遅れて申し訳ありません。……隊長を探しておりました。先に行かれていたのですね」

 ハァハァと肩で息をしながらそう言った。

「構わん。状況は分かっているか?」

 自分よりも後に来た部下へ聞くことでないだろうが、バーナーも現状を分かっていないのだ。ダメ元でも聞くしかない。

「はい!あ、いや。聞いた話なのですが、すれ違ったものに聞いたところ「百足」だとつぶやいておりました」

 やはりか。

 バーナーは地面に転がる百足の死体を一瞥して、すぐに戦線へ視線を移す。

 部下も同じように前を向くが。

「けがをした兵士を救護所に運んでいましたが、すぐに大きな悲鳴が聞こえてきました。大丈夫でしょうか?」

 振り返る部下に、バーナーが低い声で語りかける。

「目をそらすな。敵は目の前だぞ」

 部下はハッとしたように視線を戻し、そのまま剣を抜く。つられるようにバーナーも剣を抜いた。

「行くぞ。ついてこい」

 

 無実の村人を貶めようと、部下は見捨てようとも心を傷めることは無い。

 バーナーは自身のことを狡猾で残忍な男だと理解している。

 他人にどう思われているか知っているが、気にしない。自分の行いは自分で評価できる。

 バーナーはそんな人生の中で、自分のことを臆病だと評価したことは一度も無い。


 バーナーは迷いのない足取りで戦線に向かっていく。心に動揺が無ければ体もそれに従うのだ。

 だが、体の外で起きたことにはどうしようにもない。

 突如、加わろうとしていた戦線で大爆発が起きた。魔術師たちが同時に魔法を放ったのだろう。

 爆炎が空に登り黒い塵が舞い上がる。

 バーナーをその塵に目を凝らして、部下に忠告する。

「気をつけろ!飛んでくるぞ!」

 爆発に舞い上げられた百足が戦線に降り注ぎ、バーナーたちのもとまで飛んできた。

 バーナーは剣を数度振るい百足を叩き落とし、部下は剣を盾のように頭上に持ち上げていた。

 落ちた百足を見ると、体が半分のものや頭だけのものもいる。切断の跡ではない、爆発でちぎれたのだろう。

「生命力が高いな。やはり魔獣……魔虫か。行くぞ!」

 バーナーは部下と共に先へ、と思ったが部下が付いてきていなかった。

 部下は首のあたりをかきむしっていた。異様なほどに強い力で爪を立てているから血が出ている。

「どうしたのだ?大丈夫か?」

「大……丈夫です。今、飛んできたのが鎧の中へ入ってしまったようで」

 バーナーは百足の異様な生命力を思い出す。

「すぐに鎧を外せ!まだ生きているぞ!」

 バーナーが怒鳴る前に、部下はすでに鎧を止めているひもを解こうとしていたが、手もとがおぼつかず上手くできなかった。

 すぐに手が尋常じゃなく震えだす。もはやひもを解くことなくできず、滝のような汗を流しながら自分の鎧を叩いている。

 部下は、ついに地面に膝をついてしまう。

 体の中の何かを殺すように動いていた両手は、首に戻りまたかきむしる。

 もはや首を絞めているようにも見える。まるで、せきあがってくる何かを首で止めているようだ。

 バーナーは剣を構えながら部下に近づいた。

 まるでそれを見ていたかのように、部下が大きく口を開いた。


 そこにいたのは、百足、百足、百足、百。

 ザンッ。

 バーナーは一切の躊躇なく部下の首を刎ねた。


 地面に転がる首。頭の無い体。一瞬の間をおいて、両方から百足が沸き出て来る。

 首からは数匹だけだが、体からは大量だ。

 バーナーは、その首なし胴体を即座に蹴り飛ばした。飛ばされた体は近くにあった激突し天幕の下敷きになる。

 転がっている首からできた百足がバーナーの足元へ寄ってくるが、数匹をまとめて一刀両断する。

「寄生?増殖?厄介だな」

 そして同時に、戦線から悲鳴が聞こえてきた。

 目を向けると、既に戦線は崩壊していた。

 逃げ出そうする兵士がいないことが不思議だが、おそらくほとんどの兵士が百足の餌食となっているのだ。運よく百足の浸食を受けなくても、死体の肉壁が戦線から抜け出すことを邪魔しているのだろう。

 落ち着いて周囲を見ると、戦線の少し後ろに倒れている兵士がチラホラいる。

 小刻みに震えているのがここからでも分かった。

 それを見てバーナーは察した。


 百足の戦闘で浸食された兵士が、けがをしたと勘違いして戦線から外れ後方へ行く。だが、途中で力尽きてそのまま百足を吐き出す。それに気づかない戦線を後方から百足が襲う。

 これでは戦線の完全崩壊は秒読みである。

 

 部下だった死体を押しつぶした天幕の下からはもう百足が這い出してきていた。

 バーナーは踵を返して、百足を飛び越えて走り出す。

 いくつか天幕を通り過ぎて自分の目を疑った。すでに「地獄」が出来上がっていたのだ。

「そうか!さっき後方へ下げられていた兵士の中に百足がいたのか。他にも同じような兵士がいたんだな。それでこれか」

 いくつもの天幕を登る百足、それから逃げ惑う兵士たち、崩れた天幕の下にはこと切れた元兵士が見えた。

 バーナーは急いで目的の場所まで走る。

 この状況の解決はもう無理だ。だが、あの人ならば生き残る。バーナーはそれに便乗しようとしていた。

 その時。

「アアアアアアアアアア」

 魔獣さえ怯むと思わせる咆哮が聞こえた。


 この時、その声が咆哮ではないことに気づくべきだった。


「この声はガニエール大隊長だな。戦っているのか?」

 目当ての人物の声がした方へ駆け出す。

 すぐにそれらしき人物を発見したが、それがガニエールなのか確信が持てなかった。


 腕や足と同じような大きさの巨大百足が人の形で集合していたのだ。それの片腕が持ち上がったと思うと、それは自分の顔を覆う百足をつかみはぎ取ったのだ。それも、百足が抵抗したため、ブチブチと肌に突き刺した足を残し、肌を切り裂きながらだ。

 顔が見えてようやくガニエールを捉えたが、すぐに違う百足が顔を覆う。さらにもっと太い、もっと長い百足がワラワラと集まり、ガニエールの体を覆っていく。

 バーナーはガニエールの最後を見ることなく、また走り出した。


「ここはもうだめだ。終わりだ!この基地は、街も、国も、世界も!うおっ」

 バーナーは何かにつまずいて、転んでしまった。

 足に当たったものを確認しようとして、体が硬直する。


 彼は場数を踏んできた、れっきとした戦士だ。虫に怯むことなどない。

 だが、心があきらめてしまえば、体は動かないのだ。


 自分の胴と同じほどの太さ。全長は5メートルあるだろうか。

 いったいどれほどの大きさを巨大と言えばいいのか。

 ガニエールを覆っていた巨大百足とは比べ物にならない百足がそこにいた。

 ここまでの大きさになると目がしっかりと確認できる。

 何か鎌のようなものが口から出ていた。牙や触覚ではない。敵の寸断を目的とした新たな部位だ。

 

 バーナーはゆっくりと立ち上がり剣を持つ。

 足にけがはない。まだ走れる。

 目の前の百足を視界に入れながら後方を確認する。転んでしまった隙に、退路にはすでに百足が沸いていた。

「ここで戦って死ねば。一人ぐらいは、私を許してくれるかな」

 悪事を働いたことは無い。だが、他人を不幸にした覚えは幾度もある。

 今、この超巨大百足を仕留めれば、誰かが頑張ったと言ってくれるだろうか。

 バーナーはまっすぐ立ち剣を構える。

 絶望をひっくり返すような、腹の底から雄叫びを上げる。

 そして、天地が入れ替わった。


 全長15メートルの百足が、自身の鎌で切り離したばかりのある男の頭を口に入れる。

 その頭が付いていた胴体は百足の足元で踏んづけられていた。

 そのうち<黒い太陽>の増殖の糧になるだろう。もしくは、糧は十分だと言って捨てられるか。

 取るに足らない人間の死体。惜しむこともない。

 百足が男の上から移動し次の獲物を探し始める。男の周囲にはもう百足の影はない。

 

 1年と少し前。

 アンフルであるフォトコンテストが開催された。

 地球よりも広いと言われるアンフル世界で、絶景を撮り最優秀を目指し応募するのだ。

 多くのプレイヤーが参加し、応募された写真は誰でも見ることが出来た。

 その中に絶景とは程遠い恐怖の光景が映し出された写真があった。

 5枚の「呪われた写真」だ。

 

 ある王国の王が突然死して、国1つが滅亡する事件があった。呪われた写真の一枚はその殺害現場を写した写真だ。

 もっと詳しく言うならば、国王の死の瞬間だ。

 大きく開かれた目、体を貫く槍をつかむ手、命が散る瞬間であり、王国滅亡の始まりの瞬間でもあった。

 そして一つの真実。

 国王の死はプレイヤーによるキルだということ。


 他にはこういうのがある。

 

 背景は真っ暗闇、画面の真ん中にはコンソール。

 コンソール画面にはそのエリアの名前が小さく映し出されていた。

 地獄。

 その闇こそが地獄なのか。それても人の目には映らないおぞましき光景が闇の先に広がっているのか。

 それは、この写真を撮ったプレイヤー以外に知るすべはない。


 最後にもう一枚。


 そこに映る召喚モンスターの名前を知らずに、その光景から的確に名付けられた写真がある。

 強大な百足が飛び上がる姿は、まるでフレアのように。

 小さな百足が作る渦は、まるで黒点のように。

 流動し続ける百足の大地は、まるで燃え続ける太陽のように。

 百足で作られたその地面は太陽の表面だと誰かが言ったことで、その写真には名前が付けられた。

 それこそが<黒い太陽>である。


 駐屯地から少し離れたところで、<黒い太陽>の作る光景を眺めている者がいる。

 木の上に立つように、空を飛んでいるフィセラだ。

 フィセラは指で四角い形を作り、カメラを撮る真似をしている。

 本当にとれる訳ではない。少し昔を思い出していた。

 その記憶を浮かべながら残念そうに口を開いた。

「これぐらい離れてると、絶景なんだけどな~。アンフルの奴らセンスがないのよね」

 まるで渾身の出来の作品がおかしな評価をされたかのような言い方である。

 フィセラはもう少しこの光景を見てから、砦の戻ることにする。

 

 何千という人間がこの百足の下にいるというのに、百足たちには血や肉、骨、彼の装備も何も付いていない。

 それも当然だ。

 太陽に喰われたのだから。

 全てを喰ながら増殖する「黒い太陽」。

 これぞ絶景。これこそが絶景。


 魔王の名は伊達じゃない。


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