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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
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カウントダウンゼロ

 白銀竜討伐軍。先遣隊・第4部隊隊長天幕。

 バーナーは、自分の天幕で木製の椅子に座りワインを飲んでいた。味わうためではなく、喉の渇きを潤すためだ。

「どれだけ死んだ?」

 天幕の入り口に立つ部下へそう聞くと、コップに残っているワインを飲みほした。

「確認中です。おそらく、30は超えるかと。帰還した者の中にも重軽傷者が多数おります」

 バーナーは長いため息を吐きながら、作戦の失敗から来るいら立ちを抑えるために、次のワインへと手を伸ばす。

 

 このような軍の駐屯地でも貴族や権力者の天幕は豪華絢爛だが、バーナーの天幕は違った。隊長と言ってもいくつもある部隊の1つの隊長というだけで、一人用の天幕を持っているだけ十分である。

 椅子や机、食糧や飲み物の用意は部下たちによって整えられており、まだ空いていないワインも木箱1つ分残っている。

 

 兵士は自分の喉の渇きを我慢しながらバーナーに報告を続けた。

「従軍させた村の少女の安否も分かりません」

「死んだろう」

 バーナーが間を置かずに答えた。

 報告した兵士もそれは分かっていた。あの状況で隊の先頭に立たせ救援の指示も出さなかったのだ。生存は絶望的だ。

 それでも、バーナーの興味の無さげな答え方にはいら立ちを覚えた。

「よろしいのですか?あの少女は兵士ではなく、村から連行してきただけの一般の王国民ですが」

「君はあの女たちの天幕には行ったかな?私はまだ行っていないが」

 どの天幕を指すのかはすぐに気づく。

 バーナーは兵士の沈黙を肯定と受け取った。

「なるほど。君はすでに甘い汁を吸っているわけだ。君はあの子を相手にして、ああ、相手があの子とは限らないか。彼女らを……下に敷いているときに、こう思っていたのか?この子は十日後には故郷に帰り笑顔を浮かべ元通りに過ごせるだろう、と」

「……いえ」

 兵士はバーナーの顔を見られなかった。彼が傾けるワインの入ったコップから視線を上げることが出来なかった。

「言いたいことは、あるかね?……よろしい。このことは大隊長には黙っていなさい」

 兵士は姿勢をただし敬礼を行う。

 バーナーに背を向けて天幕から出て行こうとすると、バーナーに呼び止められた。

「君。そのついでだ、私の代わりに大隊長のところへ報告に行ってきなさい」

 作戦失敗の報告が喜ばれる訳がない。その怒りが自分に向くのは避けたかった。

「……よろしいのですか?私では」

 その時天幕の前で止まる足音を二人が耳にした。

 

「失礼します!」

 見慣れない兵士が天幕へと入って来た。

 天幕の入り口には仕切りがあるがドアノックなどあるはずはなく、入室前に一声かけるだけだ。返事を聞いてから入るのが礼儀なのだが、直属の部下でなければ一般兵が礼を気にすることは少ない。

 ずかずかと入って来た兵士にいい気はしないが、何か言うつもりはない。

「どうしたのだ?」

 黙るバーナーの代わりに部下が要件を聞く。

 入って来た兵士はバーナーを一瞥して、こちらに耳を傾けていることを確認し答える。

「ガニエール大隊長より、進軍ルート確保について報告を行うようバーナー隊長をお呼びするよう命令を受けました!」

 部下がその話を聞いてバーナーに目を向けるが、彼はうなだれるように頭を落としており部下からの視線には気づかぬようにしている。

 間が悪い、そう小さくつぶやくが誰にも気づかれなかった。

「今行く。君らは帰っていいぞ」

 

 報告をもってきた兵士が敬礼を行い天幕から出ていき、少し遅れて部下も同じように出ていった。

 それから、また少し遅れてバーナーも天幕を後にする。

 

 大隊長の天幕はここから遠くはないのだが、バーナーはまっすぐ向かわず方角をずらして歩き始めた。

 すぐに天幕が並んでいない意図的につくられた道に出る。この道は大隊長の天幕まで続いている。

 天幕の群集の中を通ろうとすると、兵士とすれ違ったり、ごちゃごちゃとした道を通ったりする羽目になるのだ。

 こちらの道は、少し遅れるが何倍も歩きやすい。

 目に入った旗がどこの領地のものかを思い出しながら歩いていると、すぐにひときわ大きな天幕の前へと着いた。

 バーナーの天幕とは違いこちらには見張りの兵士が立っている。

 見知った顔の見張りにバーナーがうなずくと、見張りは天幕の中に入っていく。訪問者を告げているのだ。待たされることなく、仕切りが開かれ中に入る。見張りはバーナーと入れ違いに外へと戻っていった。

 

 天幕の中心には大きな円卓が置かれていて、そこにはその机からはみ出すほど大きな紙が敷かれていた。そしてその紙に何やら書き込んでいる男が一人。

 彼こそが白銀竜討伐軍先遣大隊を任されているガニエールだ。少し脂肪による丸みを帯びているが、そのいで立ちからは歴戦の猛者としての鍛錬の度合いが窺える。

 

「どうだった?」

 こちらを見ずにガニエールが訊ねた。

「魔獣が現れて我が第4部隊は痛手を負いました」

「被害は?」

 やはりこちらを見ずに、間髪をいれず問いかける。

「……死者30余名。負傷者は連れ帰りましたが、数日は動けないでしょう」

「それで?向こうは?」

 今の会話でこちらの兵士の状況はすべて伝えた。残っているのは、戦った相手だ。

 だが、それがどうなったのかはバーナーも知らなった。

「小隊をひとつ残して撤退を行いましたが、今もその隊は戻っておりません」

 そこでようやくガニエールは顔を上げてバーナーを正面から見据える。

「それでいい。いちいち隊長が死んでいたら話にならない。一兵卒はいくらでも、使え」

 バーナーは返事をしない。

 彼の考えに賛同できないからではない。分かり切ったことに反応する気が起きなかっただけだ。

「第4部隊のルートは?」

 ガニエールは質問すると卓上の紙に目を落とす。

 バーナーは天幕の奥へと歩き出し、机の前まで行く。

 

 机の上に敷かれている紙には、びっしりと、このアゾク大森林の地形が描かれていた。ガニエールがずっと眺めていたのは地図だったのだ。この大きさのものは一般にはない。兵士たちの測量によってつくられ今も新たに広げられている、現場の地図だ。

 そんな地図の上には赤い線がいくつも伸びており、それらの先のほとんどがバツ印で止められている。

 

「このルートです」

 バーナーはまだバツ印が描かれていない赤い線をなぞっていき、ある地点で指を止めた。

 そしてガニエールはバーナーが指示した地点に、また1つ赤いバツ印を付け加える。

 

 ここに駐屯地が出来てからまだ2週間ほどで、資材や人材が揃い始めたのは最近だが、森へのルート確保はずっと行っていた。

 その証が地図に記されている赤い線だが、同時に成果がいまだ出ていないことも表している。

 

「進まぬな」

 ガニエールはため息を漏らし肩を落とす。彼が感情を出すことは珍しい。

 任されている作戦が思うように進まない落胆と負っている責任もあるだろう。

 その一助となってしまっている自分が少しだけ、情けない。

 だが悪いのは誰かと言えばバーナーよりも上の人間だ。ガニエールよりももっと上の。

「王都の軍隊や三極はいつ来るのですか?ルート確保もそうですが、我々の任務はここに駐屯地を作ることでしょう。危険な森を切り開くにはもっと適任な者たちがいる。少なくとも我らには、難しい」

 

 任務失敗の原因のほとんどが魔獣の出現だ。

 ここに居る兵士には戦争の経験や自分の領地で魔獣退治を行ったことのあるものが多い。

 だが、それらに必要なのは、武器と人数を揃えることだ。この森の魔獣に必要なのはそんなことじゃない。突出した力だ。

 一点を突く矛となる戦士が必要なのだが、ここにはいない。

 

「当分来ないな。貴族どもがごねているのだろう。王都に住んでいて何を怖がっているのか、竜を殺せと言ったのは貴様らだろうに」

「貴族。……議会ですか。自分の都市から軍隊が出ていくのが心配なのでしょう。自分を守るものがいなくなる。まあ、気持ちはわかりますが」

 貴族の気持ちが一切理解できなかったガニエールは、目の前の男の発言に顔をしかめる。

 バーナーはガニエールの態度が少し変わったことに気づき話題を変える。

「はやく三極の一人でも来てほしいものです」

 最強の戦士が一人いるだけでルートが1つ開かれるだろう。

「それこそ無理な話だ。三極は竜にだけぶつけるという計画だ。「雑用」をさせる訳にはいかん」

 この私が、雑用で死んでたまるか。バーナーがボソッとつぶやいた。

 

 ちょうど会話が戸切れたことで出来た静けさによって、天幕の外での喧騒が目立った。

 騒がしい、とだけ思ったバーナーはあまり外を気にしなかったのだが、ガニエールは違った。

 外の騒ぎを気にしている様子だ。

 おそらくこの駐屯地で誰よりも経験と実力を持っている男だ。彼が注意を向ける何かがあったのかもしれない。

「みてこい」

 自分が?と上司の大隊長に文句をいう訳にはいかない。ここは素直に従っておく。

「はっ!」

 素早く天幕の外へ行き周囲の状況を確認する。

 ちらほらとある方角へ走っていく兵士が目に入る。森のある方角だ。

 ちょうど隣に立つ見張りの兵士に何事かと聞くと。

「わ、わかりません。自分はここを離れる訳にはいきませんので」

 焦った様子で答える。周りのあわただしさに緊張しているようだ。

 この見張りに代理として探って来いと命令したいところだが、命令を受けたのは自分だ。

 バーナーは自分の腰に手を回して、そこに剣があることを確認して歩き出す。


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