称号・魔王
アンフルには、称号システムというものがある。
それはプレイヤーのゲーム内行動から、アンフルシステムが各プレイヤーに与えるものだ。
50以上の特殊環境エリアに行くと「旅人」、プレイヤー同士で助け合いを続けると「正しき者」という風に多様な称号があり、それを持っているだけで効果を発する特別な称号も中にはある。
その1つ、全世界九千万のプレイヤーの中でたった4人だけが持つ称号がある。
それは「魔王」。
ルールに即した上で、プレイヤーに嫌われる行動やNPCへの非道を行うと、悪行とシステムに認定される。
そういった悪人には「犯罪者」「極道」「キラー」と多くの称号が与えられる。
魔王とは、さらにその上。
ゲームバランスを壊し、大ギルドが定めた暗黙のルールを破り、プレイヤーを恐怖に貶める、そんな極悪の頂点にいるものへ与えられる称号である。
フィセラはある時期、「原点回帰」という魔法を気に入り多用していた。
原点回帰はプレイヤーによって作られた特殊な魔法だが、規制されることなくアンフルに出回った。
規制が必要なのか?当然だ。
この魔法の効果は相手の経験値を奪うことであった。レベルダウンは、デスペナルティや特殊なアイテムなどによって引き起こされるが、すべて自分が起因することだ。レベルダウンは真っ当な仕様、そう思われていた。
魔法ひとつでそれが引き起こされるまでは。
特に性格が悪いと言われたのは、魔法発動の条件である。
相手に魔法耐性が少しでもあれば、原点回帰は発動しないのだ。当然、高レベル帯ではこの魔法を使うものはいなかった。
ならば、どこで問題になったのか。それは、ビギナーズエリアだ。
初心者同士で嫌がらせかのように、原点回帰が使われていた状況に、新規プレイヤーの離脱増加という事態にまでなっていた。
そうして立ち上がったのが、ランキングトップに位置する30以上のトップギルドだった。共同声明を出して、魔法の排除を決定したのだ。
フィセラはこの時、ギルドメンバーにこう語っていた。
「原点回帰で奪った経験値は魔力に変換できるの、さらにそれをクリスタルに入れることもできるんだよ。こんな便利な魔法なのに、使うのやめる訳ないじゃん」
共同声明発令の6か月後、初心者狩りを行う女性プレイヤーをあるギルドが討伐しようとしギルド間戦争が起こったのは、有名な話だ。さらに、その6か月間にその女がゲームを引退させたプレイヤーの数が両手では数えられないほどいるのは、誰も知らない話である。
フィセラの悪行はこれだけに収まらない。
期間限定として開かれた課金ガチャに出現した、破格の効果を持つアイテムの独占、乱用。
格下のレベル帯との度重なるPVP。
二大信仰教会からの秘宝の奪取。
プレイヤー全員参加であるワールドクエストの進行妨害。
そうしてある日、フィセラはシステムからメッセージを受け取った。
「あなたは、魔王である」と。
このような悪行を繰り返したとしても、フィセラの根本にあるのは「ゲームなんだから好き放題に」である。
事実、これらの行動の全てにフィセラの悪意が少しもないのは事実だ。
それでも、アンフルから与えられた「魔王」。
ならば、これもゲーム。
存分に活用すればいいだけである。
そう考えて、称号を持つことで解放される魔法やスキルの収集を始めた。
そうして集めたスキルの1つに<正義は存在しない>というものがある。
簡単に言えば、召喚スキルである。
召喚獣は基本100レベルまでと制限されているが、スキルやアイテムで能力値を上昇させレベル以上の魔物を従えることが可能である。
このスキルも同様に、召喚されるのは100レベルだが、その中身ははるかに100レベルを超えるものばかり。
魔王にのみ従う、地獄の怪物・厄災・魔皇を呼び出し、誰も知らない地獄の体現こそがこのスキルの力だ。
いま、フィセラにはそんな力を王国兵士たちに使うことへの躊躇など微塵もなかった。
抵抗することもできず、想像を超えた恐怖と苦痛が彼らを襲うことになってとしても構わない。
思うことはただ1つ。
――1人残らず死んでくれ。
「あなた達は天国に行けるよ。だって、今日ここで、地獄を味わうことになるからね」