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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
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正義は存在しない

 ヘイゲンが少女の遺体と共に姿を消した直後。

 フィセラは前のめりに歩き出していた。向かっているのは、兵士たちが倒れていたあの場所だ。

 まだ死んでいなかった兵士がいたはず、その男の元へ急いで向かう。

 手遅れになる前に話を聞きたかった。どれだけ奴らを見下そうと、行動を起こす前に確認をしなくてはいけない。

 兵士が見えた。だが、目当ての男ではない。似たような格好の兵士は多くいる。しかも、息絶える前に体を起こそうと木に寄り掛かって絶命している死体がいくつかあった。

 それでも、目に生気を宿しているのは一人だけだ。目に宿るその光は今にも消え入りそうだが、死体についただけの眼球とは違う。

 地面に倒れた兵士を飛び越えながらその男の目の前に立つ。

 

 男は自分の顔にかかった影に気づき、少し視線を上へ動かす。

 焦点はあっておらず、おそらく、目の前に影が人間か魔獣かの区別もついていないだろう。

 フィセラはため息をつく。

「これじゃ、喋れないな。仕方ない」

 <転職・治癒士>。

 左の手のひらを男に向けて魔法を行使する。

 <中回復>。

 すると男の顔にはみるみる生気が戻っていく。

 もはや白くなっていた肌には血の気が戻り、ところどころについていた血液は体の中に帰るように内側へと浸透していった。

 男は失ったものを取り戻すかのように、大きく深呼吸をするが、息を吐きだすときにむせてしまった。喉に血が残っていたのだろう。咳込みながら血を吐き出しているが、先ほどの死にそうな男とは全く違う顔色だ。

 男をよく見ると深い傷跡は消えていない。特に、右足に刻まれた爪痕は回復魔法を受けた後でも、むごい状態だ。それに魔獣に押しつぶされたのか鉄製に胸当てが大きくへこんでいる。これでは、あばら骨が折れていただろう。今もつよく圧迫されているはずだが、鎧を外す気力までは取り戻していないようだ。

 

 現在のフィセラは能力値だけで言えば100レベル越えの治癒士なのだが、ジョブビルドをほとんど行っていないので、使える魔法が限られている。

 <回復><中回復><大回復><全回復>、これらに加えて異常状態からの回復魔法を2つしか持っていないのだ。

 ちょうど良い加減の魔法がなかったため、中途半端な傷の治りとなってしまった。

 だが、フィセラの目的は口が利けるようになることで、男の傷はどうでもよかった。

 

「喋れる?」

 男はフィセラの顔を見て答える。

「あ、ああ。だいじ……大丈夫だ。ありがとう」

 しゃべりながらも咳込んでいたが、問題はないようだ。

 もしかしたら、胸に負ったダメージを回復しきれていないのかもしれない。

「君は」

「なんで、ソフィーがここに居るの?」

 男の問いかけを遮るようにフィセラが凛とした声で、男に聞いた。

 だが、男は何を聞かれたのか理解できていなかった。痛みに我慢しながらも、自分を救ってくれた恩人には応えようと詳細を聞く。

「ソフィ、とは、いったい誰のことだ?ここに居る奴らでそんな名前の」

 男は話を途中で止めた。フィセラに止められた訳ではない。彼女の行動に意識を奪われたのだ。

 フィセラがゆっくりと片足を上げたのだ。もも上げのように上げた足は、男の無事な方の足のちょうど脛の上で止まる。

「ソフィーがなんでこんなとこにいるのか聞いてんだよ!」

 そして、ものすごい勢いで足が下ろされた。

「――――!!」

 脛を覆う鉄製の装甲など関係なしに足を踏み抜かれた男は、声にならない叫びをあげる。大口を開けて悲痛と驚愕の表情を浮かべるが、状況が読み込めない。

 男の足は関節もないのに曲がっている。そもそも関節があろうと、曲がってはいけない角度に曲がり足の裏は空を向いていた。

 男はつい自分の足へ手を伸ばしてしまう。

 そんなことはお構いなしに、フィセラは男の足に置いた右足へ体重をかけていく。

「ああああああああ!」

 勢いもないのに鉄の装甲はメキメキと音を立てながらゆがんでいく。

 さっきとは違う鈍痛に、今度はしっかりと叫び声が発せられる。

「答えろ!」

 フィセラの再三の問いかけに、男は涙目になりながら懇願する。

「だ、誰のことか分からない。ほんとだ。俺は知らない!」

「向こうに女の子が倒れていた。偶然あそこにいたのか?あぁ?」

 

 男はすべてを悟った。

 この女の言うソフィーとは誰なのか、目の前の女が誰なのか、そして自分の終わりも。

 男は、絶望からまるで子供のように涙を流す。

 目じりに浮かんでいた雫は、その奥から流れてくる大量の涙に押し流された。

 

「俺じゃない。俺はやってない、魔獣がやったんだ」

 フィセラもそんなことは分かっている。

 剣のよる傷があったら、こんな問答はなかっただろう。

「あの子がここに居る理由は?」

「隊長が連れて来たんだ。二日か三日前だ。……好きにしろって。そ、それで今日になって森に連れていけって言われて、それで、一番前に立たせろって言われて。囮にするだけだと思ったんだ。で、でも、いきなり魔獣が現れて……あとは知らない。俺はその後を見てないんだ!ほんとに!」

「もういいよ」

 フィセラは足を持ち上げて、一歩後ろに下がる。

 足の装甲が元の形に戻ろうとすることで、違う痛みが男を襲い、顔を歪める。

「隊長ってのは?」

 フィセラはそう聞きながら、周りに転がっている兵士の死体を観察する。

「ここにはいないはずだ。あのひとは後方にいたから駐屯地に帰っているはずだ。そうだ、駐屯地にいる。皆そこに」

 男はフィセラの注意を隊長や駐屯地に向かわせて、自分は助かろうとしていたが、フィセラはもう男の話は聞いていなかった。

 フィセラは空を仰ぎながら頭上に差し込む太陽の光に目を細めていた。

「……もういいから、あんたは祈ってな」

 何を?男がそう聞く前にフィセラは続けた。

「苦しまずに死ねるようにさ」

 フィセラはそのまま構えることもなく、誰も聞こえないほど小さな声でつぶやく。

 

 <正義は存在しない>。

 そして続ける。

 <猛獄千億蟲毒>。

 

 直後、フィセラの前に黒い球体が現れる。最初は凹凸の無い、直径30センチほどの玉だったのだが、徐々にしわ刻まれていく。規則性の無いしわが深く刻まれると、それがうごめきだした。まるで、その中に何かが入っているようだった。何十何百何千という生き物が中で暴れまわっているようにも見える。

 10秒ほどすると、少しずつ、それは小さくなっていった。黒い塵を吐き出しながら、みるみる小さくなっていく。

 直径10センチほどになると、それは動きを止めた。

 フィセラは、その顔に笑みを浮かべた。ただ単純に発動した魔法の予備動作がやっと終わったことを喜んだだけなのだが、それを見ていた男の眼には、その笑顔がどれほど不気味に映っただろうか。

 黒い小さな球体はその丸い輪郭を塵に変えて、中に入っていたものを地面に落とした。

 

 そこには、全長15センチほどの、百足がいた。

 

「……残念」

 フィセラのその言葉が何を意味するのか、男は瞬時に理解した。

 祈りが届かなかった、そういう意味なのだと。


これから始まる数話のために「魔王」を書き始めました。お楽しみください。

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