討伐軍先遣隊
管理者たちが会議を始めた同時刻。早朝。
ラガート村近郊。
カル王国軍・先遣大隊駐屯地。
「なあ、バーナー隊長見なかったか?フォイベレ領地から来た隊の報告があるんだが」
ある兵士が、上司を探しているようだ。兵士は同じ隊に入隊した顔馴染みへ声をかけた。
同じ時期に新兵となったのに、自分より昇進が早かった男だ。ゴマをするために隊長たちの動向を把握しているはずだ。
「東の村に行くって言ってたな。新兵を何人か連れっていったよ」
「東?ラガートってところか。昨日も行ったんだろ。今日は何しに行ったんだ?」
現在、先遣隊はどこの村にも属さない平野に駐屯している。付近に村が2つ。馬を使ってもう少し離れた村にも行っているらしいがそちらの名前は知らない。
どうして、村に行っているかというと、兵糧の確保だ。王国の法では有事の際、国民は軍隊を支援する義務がある。今回の作戦でも、足りない食糧は近隣の村から調達するよう命令が下りている。
「その村が盗賊に襲われたとかで出せる食料が無いって、昨日は手ぶらで帰って来たんだ。そしたら、バーナー隊長、大隊長に怒られたらしくってな。今日は、何でもいいから村から取って来いって言われたみたいなんだよ」
「盗賊の話が嘘じゃないなら、仕方ないだろう。あの隊長は悪い噂があるんだろう?あんまり好きじゃないんだよな」
悪人ではない。でも、人の情を持っているようにも見えない。
前に配属した都市から追い出されたという噂もある。
「今回の作戦だけの隊長さ。我慢しようぜ」
目の前に男はそう言っている。
昨日は、そんな男の方が評価を適当につけるから懐に入りやすい、とも言っていた。狡猾な男だ。
東の空に灰色の雲が漂い、雨が降りそうで降らない。煮え切らない天気だ。
同時刻。
ラガート村。
村長が男と共に歩いていた。
「ですから、お渡しできるような食糧はここには何もないと、昨日も言ったではありませんか」
「なら、貴様らはどうして生きている?腹に食べ物を入れているんじゃないのか?」
「どういう意味ですか?私たちの少ない糧さえとっていく気ですか?」
男は何も答えず、足を止めない。
村長は速足で歩く面長の兵士に必死で付いていく。
面長の兵士の名はバーナー。300以上の兵士から成る部隊を任されている隊長だ。この男は以前も村に来ていた。その時はおとなしく帰ったのだが、朝早くに何人もの兵士を連れてもう一度村を訪れていた。
つい先ほど村に現れて、部下の兵士たちに家を回って食糧を探せと命じたばかりだ。村長はやめてもらうよう説得を試みているが、このバーナーは聞く耳を持とうとしない。
そこに、若い男が駆け寄って来た。村の男ではない。バーナーと共に来た兵士だ。
「バーナー隊長、報告です!村の外れにある小屋の中に肉が保管されているのを発見いたしました」
「……そうか」
どうしてか、バーナーに驚いた様子はない。決して知っていた訳ではない。
ただ、歪な感情が彼を支配し暗い瞳にさらに影を差していた。
「案内しろ」
バーナーと汗を大量にかいている村長が、兵士の案内に従う。
若い兵士についていくとある小屋の周りに兵士が数人、加えて兵士の倍ほどの村人が様子を見守っていた。
小屋の中から兵士たちが大量の肉を運び出している。運び出した食糧は用意していた荷馬車に積んでいく。
その光景を黙ってみていたバーナーは、村長に向き直る。
「盗賊に襲われたことは残念に思う。だからこそ、昨日は事情を酌んで帰ったのだぞ。なのに、この肉は何だ?最低限の貯えというには多くないか?嘘は良くないだろう?村長殿」
冷ややかな目つきに村長は怯んでしまう。
「アレは、軍人の皆様が帰られた後に森での狩りで得たものです。決して嘘でごまかそうなどと考えたわけではありません」
「森でこんなに大量に?村人全員で狩りを行っていたんですか?ドラゴンがいると伝えた森に入るほどの」
「隊長!」
バーナーは言葉を遮られて少し不機嫌になるが、部下や村人の前で感情をあらわにすることはない。
自分の邪魔をした兵士の方向に視線を向けると、三人の兵士が大きな物体を協力して小屋の外へと出すところだった。
「隊長。見てください」
「毛皮だな。何の動物だ」
毛皮の山だ。村長が狩りと言ったのは本当かもしれないが、2週間は狩りを続けないと取れない量だ。
「わかりません。少なくとも普通ではありません」
普通ではない?それを聞く前に部下が答えを見せてくれた。
兵士が毛皮の山を放ったと思うと、それは予想に反して散らばらなかった。それは複数の毛皮ではなく、とてつもなく大きな1枚の毛皮だったのだ。
「これは魔獣のものです。私は詳しくありませんが、この質と大きさは魔獣の素材として並ではありません」
「尋常ではない大きさだな。死体を拾ったのか?」
村長に聞いたつもりだったが、部下が返事を返す。
「おそらく違うかと、毛皮の脳天に傷があります。きれいな穴です。獣同士ではこういった傷はつきません。人の手で仕留められたのだと思います」
バーナーは普段、部下の考えなど聞かずに自分の判断を信じてきた。ましてや、学のない新兵の言葉など聞く価値はない。
だが。
「的を射ている。つまり、こういうことだな?私の前に立つ、この村の長は王国の重要な作戦を遂行中の我々から、食糧を隠し優秀な狩人についても黙っていた。そう、反逆者だ」
説くように言われた言葉に、新兵は何も言えなかった。
対して村長は反論をしようとバーナーに近づく。
「なんてことを!私は、ウッ」
バーナーが村長を殴り飛ばした。
隊長の暴力を見た兵士は驚いた。村人に手を出すとは思っていなかったようだ。
それでも、この暴挙を止めるものはいなかった。
「はあ~、痛いな。だが、反逆者へ罰を与えるという責務がある以上、我慢しなければな」
自分のこぶしをさすりながら、バーナーはゆっくりと村長に近づいていく。
殴られた拍子にしりもちをついた村長は、迫り来る男に恐怖を覚えた。
互いの力量、立場、権力。敵うものなど1つもない。
村長は、自分を害そうとする男に向かって膝をつき頭を下げる。
「待ってください。本当に、隠すつもりはありませんでした。魔獣を取って来たのは……我々の知らない見慣れない冒険者です。その……男は昨日の夜中、太陽が昇る前に村を離れてしまいました。どこに行ったのか私には……。我々が王国に反逆を考える訳がありません。どうか、お許しください」
「そのようにされては、我々が悪人みたいではありませんか。違うでしょう?結果を見ればだまされたのは我々だ。ですが!あなたが誠意を示すことが出来れば、王国軍への虚偽の報告と……召集からの逃亡ほう助には目を瞑りましょう」
見知らぬ冒険者という話を信じる気は無いようだ。
ドラゴン討伐の先遣隊の兵站確保で、このような問答は何度もあった。
ラガート村を除いた周辺の2つの村にも支援要請が出されたが、その中身は村の実情を無視した無理難題であった。それに従えなければ反逆だ、と無理やりに駐屯地まで物資を運ばせている。
このような暴挙の原因は、軍の構成にあった。王国中央都市の正規軍はまだ到着しておらず、現在いるのは周辺の小都市や辺境領主の私兵であった。
つまり、軍内部での治安が良くなかった。
そうした中で、何度も使われた甘い言葉に村長は従うしかなかった。
「わかりました。食糧は出来るだけ用意いたしましょう。従軍経験のある者がいます、その者たちも手伝いに向かわせましょう」
年寄りばかりだが、目の前の男の機嫌を取れるなら彼らも喜んで赴いてくれるだろう。
村長が思い浮かべた男たちの中にはフランクもいた。彼は元冒険者だ。邪魔になることはないだろう。
だが、バーナーは良い顔をしなかった。
「その者たちは必要ありません。代わりに女を幾人か連れていきます」
「は?女?……なぜでしょうか?」
女性だけを求める理由など、そう多くはない。村長もそれは分かっている。
「まあ……飯炊きでもしてもらいます。なにか?」
「それならば、男たちでも十分に」
村長として引き下がれない線がある。これを許すことは到底できない。一人の人間としても。
「また、断るのですか?」
バーナーの顔には、邪な欲望などなかった。
まるで、傷ついた犬猫を見下ろしているような哀れみが顔に張り付いている。
村長は何も言えずに、その額に土をつけた。
話を聞いていた村人の罵声が耳に入っても、みじめに震えながら地面を見つめることしかできなかった。
ラガート村。
300年前に白銀竜が現れとき、被害を免れた者たちが集まってできた村がここだ。
それが今、人間の手によって少しずつ崩壊へと進んでいた。