報告会(仮)
――いや~。これはさすがの私でも調子に乗っちゃうな~。
NPC、ノンプレイアブルキャラクター。
意思持たぬ彼らがこの世界で自我を持った。
それらが真実であるならば、フィセラがこれまでに得た情報や経験からして、子のNPC達の実力は強大だ。
そんな強者たちが自分にかしずく姿をみて優越に浸りたいが、今は話し合いのために集まったのだ。
時間が無いわけでも無いが、まだ、紹介を聞いただけである。
「ありがとう。こうやって、あなた達に会って声を聴くことが出来てうれしいわ。さて、みんなには聞きたいことがあるの」
この世界に転移した瞬間を覚えているか。何かを感じたか。
自我を手に入れたことを自覚しているか。
フィセラが砦を離れてから何があったのか。変化したことはあるか。今日まで何をしてきたか。
フィセラが異世界に転移したことよりも、NPCが動き出したことの方が数倍おかしい。知っておくべきことが多くある。
「あれが転移した瞬間であったのかは分かりませんが、侵入者が突然姿を消した光景は覚えています」
レグルスだ。
<王都の浮上>というアイテムにより転移の瞬間、確かにレグルスは侵入ギルド・プレセパ教団と戦っていた。
だが、どうにもその言い方がフィセラは気になった。
<突然>と言う言葉は、その前があるから使う言葉のはずだ。
「あいつらが消えたのは私がアイテムを使ったからよ。それより、戦闘を覚えているの?転移する直前の戦闘の記憶があるの?」
「はい。もちろんありますが……?」
質問の意図を把握できずレグルスが戸惑っている。
――自我を得たのは転移直後のはず。その前から生きていた?
「あなたたちが自我を……自由に動けるようになったのはいつから?」
「フィセラ様、お言葉ですが我々が自由に動くことなどありません。ただ、あなた様の命令に従うのみでございます。」
すべてのNPCが自我を持った今も、ほとんどのNPCは元の配置場所を離れることはなく役目を全うしていた。あまりいないが、活動している時間のほぼすべて不動の姿勢で待機している者もいる。
フィセラの思考を読み取り望む答えを返そうとヘイゲンが応えた。
「ですが、フィセラ様の質問に答えるならば、異常を感じ持ち場を離れたのはフィセラ様が砦を出られた日が初めてでございます」
ヘイゲンはこのギルド・エルドラドの最高の賢人である。
彼にはフィセラの疑問の真意は簡単に見抜けた。
フィセラも他にも言いたいことはあったが、聞きたい話が聞けたので今は良しとする。
――やっぱり、動けるようになったのは転移の後からか。その前の記憶があるのは何で?……データ?アンフルの時から見たことや聞いたことはデータとして蓄積されていたとしたら?それが記憶に変化したなら納得できる。そもそも、そうじゃなきゃ私を知ってるわけないか。転移後に会ったのはレグルスぐらいだもんね。
少しの間考え事をしていても、フィセラに声がかかることはない。
管理者たちは完全に待機状態だ。
フィセラはこの慣れない異様な空気ではまともに集中できなかった。
「うーん。皆自由にしゃべっていいよ。聞きたいことだってあるでしょ」
さぁどうぞ遠慮なく、と勧めるが反応は良くない。
管理者たちには戸惑いが見える。
フィセラは何度か自由にという言葉を使ったが、管理者にはその言葉の意味が分からなかった。
自分たちでは持ちえないことであり、必要もないことだと思っているからだ。
それでも自由にしろと言われたらそうするしかない。
何かしゃべった方がいいのか、という困惑が感じられる。
フィセラは勝手ながら、NPCに完璧超人というイメージを持っていた。
彼らはNPCという機械的で、集合されたデータで構成された存在なのだ。
ある種の人工知能、あるいはロボットと呼んでいい存在なのではと、フィセラは考えていたが、想像以上の人間味が垣間見え親近感を持った。
「緊張する必要ないからね。敬語とかわかんないなら無理しなくていいし、というか自分らしくしゃべってほしいな。ヘイゲン!」
「はっ」
突然名を呼ばれたにもかかわらず、落ち着いた返事だ。
「あなたの一人称は「わし」だったよね?知ってるからね。私の前では直してるみたいだけど、そんなことしないで。あなた達には、私の仲間から与えられたものがあるはず、それを見せて欲しい」
「……フィセラ様のお望みどおりに」
――めっちゃ嫌そうだな、こいつ。
気を張らずに自分らしく、ただそう言いたかっただけなのだが、この時フィセラは言うべきではない言葉を口に出してしまっていた。
それは、「仲間」だ。
「フィセラ様。お聞きしてもよろしいでしょうか?他の尊き創造主の皆様についてを」
やはりレグルスだ。侵入者と一番に戦う戦士らしく、何にも臆することはない。
対してフィセラは、臆しまくっていた。
――他のギルドメンバーのこと?ログアウト中だったからいる訳が無いんだけど、なに?尊き創造主って、そんな大好きな感じなの?
「え?あ~あれでしょ?あれね。皆のことね。どうしてるかな~」
フィセラは斜め上を見ながら、なんと言えばいいのかを考えた。
「砦内を隅々まで探しましたが、他の方々のお姿は見つかっておりません。その行方を知る者もおりませんでした。あの日、我らは捨てられてしまったのでしょうか」
――んん?思考回路がすごいな~、なんでそうなるの?
頭でそんなことを言いつつ、伝えるべきことがあることも理解していた。
「違うわ。違うの。皆は関係ないの。王都の浮上というアイテムは、広範囲指定型の転移効果がある。それは敵を転移させるものじゃなくて、自分たちを転移させるの。つまり……私は逃げたの。一人でね」
管理者はフィセラの言葉をひとつもこぼさず聞いている。
「敵が来たとき、砦には私しかいなかったから、戦う選択肢がなかった。被害を受ける前にアイテムを使ったんだけど、どういう訳か転移したのは「この世界」だったの。捨てられたとかそんなのじゃない。私が、皆をおいてったのよ……ごめんなさい」
誰もフィセラの謝罪を止めなかった。なぜなら、とても寂しそうだったからだ。
とても脆く儚く謝る姿に触れることが出来なかった。
優しくそっと触れなければ壊れてしまいそうだった。
「我が主よ。謝罪の必要などありませぬ。今はあなたがおいでだ。それ以上を望むなど傲慢でありましょう。どうか、御身を責めぬようご自愛ください」
梅心が姿に似合わない理知的な物言いで慰めようとしてくれた。
カラも梅心に同意のようだ。
「フィセラさま。心中お察しいたします。創造主の方々と過ごした時間はフィセラ様の方が長くございます。その絆を思えば、心を傷めているのはフィセラ様です。我らのことなぞ気にせずこの地にてお過ごしください」
「うん、うん」「そのとおりです」
カラの発言にホルエムアケトとベカがそうだと頷いている。
こういった反応で精神年齢の区別がつきそうだが、その余裕は今のフィセラには無かった。
「そう……だね。私が、いる、か。がんばるよ」
その時、謁見の間に光が差し込んだ。
この建物は本館の裏に作られていて、あまり人目にはつかないよう建てられている。
建物内は少し暗い雰囲気があるが、日中は天窓から陽光が差し込み幻想的な光景を生み出すのだ。
フィセラは管理者にかかる光のカーテンを見つめた。
――もう朝か。なんか変な空気にしちゃったな。私がしっかりするんだ!
パンパンと自分の頬を叩いて、活を入れる。
その様子をみてまた違うことを想像する者が一人。
「は!申し訳ありません!フィセラ様。このような時間になるまでお休みもなく、お疲れでしょう。失念しておりました!」
そう言ってヘイゲンは本当に悔しいようで、自分の顔を片手で覆いうつむく。
「え?ああ、気にしないでいいよ。こんなきれいな光景を見られたんだから。太陽の光が……あれ?太陽?」
時間的には朝日が昇る頃合いである。
それは合っているのだが、ここは山の洞窟の中のはずだ。
フィセラが砦を飛び出した最後は夜だったが、確かにあの瞬間は空が見えなかったことは覚えている。
フィセラの疑問に答えたのはヘイゲンではなく、なぜかホルエムアケトであった。
「<太陽時計>です。ウチの階にあるものを使いました!」
太陽時計。拠点作成の際のインテリアアイテムだ。地下などの空が見えない空間で、外にある太陽と同じ動きをする疑似太陽を作るアイテムだ。
それなりに貴重なアイテムであり、拠点作成には定番のアイテムとなっている。
このアイテムはこのゲナの決戦砦でも使用しており、それがホルエムアケトのステージだった。
――じゃあ、今砂漠には……。
「訂正いたしますと、宝物庫に保管されていた同系のアイテムを使用しています。地上エリアでは夜目が効かない者がいるため、宝物庫を開けました。よろしかったでしょうか?」
今度はヘイゲンが詳細を教えてくれた。
「そういうことね。もちろんいいわ、完璧ね」
「ありがとうございます。お休み前に、ここで簡単な報告のみ行ってもよろしいでしょうか?」
当然断る理由はない。フィセラは黙ってうなずいた。
「では手短に。まず、拠点内の全ステージに異常はありません。転移前と同じ機能を有したままです。次に、フィセラが出立前に残されたご命令どおり、宝物庫の蘇生アイテムを12個使用しレグルス配下の者たちを蘇生いたしました。各ステージでのアイテムの消費もありますが、こちらは役目を全うする上での許容範囲かと。以上でございます」
――短か!まあいいか。蘇生アイテム?……門番NPCよね。私が言った命令は覚えてないけど。そういえば、確かにプレセパの奴らに倒されていた子たちは生き返ってたな。よかったよかった。
「わかったわ。問題が無いようならこれからもあなた達管理者にすべて任せるわ。よろしくね」
『はっ!』
全員が揃って返事する。
そこへフィセラが思い出したかのように、話を付け加えた。
「そうだった。1つだけやってほしいことがあるの。転移アイテムの回収よ」
転移アイテム<王都の浮上>のように、アイテムによる転移は異世界に繋がってしまう可能性がある。
――と言ってもほぼ無いような気がするけど……、無視するには事件が起きた時の影響が大きすぎる。可能性がゼロではない限り、使用は禁止するべきね。
実のところ、フィセラはそこまで心配はしていなかった。
転移アイテムがいきなり、異世界転移アイテムになっていたなんてことは考えられないからだ。
だが、自分の身に起きたことの説明が出来ないうちは安全策は必須である。
――間違って異世界に行っちゃったなんて御免だからね。アイテムだけでいいかな?転移魔法禁止を言おうにも、もうすでに使うところ見せてるからな~。忘れてたって言ったら馬鹿だと思われるからやめとこ。歩くのめんどくさいし。
杜撰な対応策、と言うのは言わない方がいいのだろう。
「ステージにあるアイテムから個人で持っている物まで、全部回収して宝物庫に入れておくように」
『はっ!』
「それじゃ、私は少し休ませてもらうよ。皆も休むんだよ」
フィセラが玉座から立ち上がると、管理者たちは姿勢を正して主の退出を待つ。
フィセラは転移を行おうとしたところで思い出した。
「ヘイゲン。門の外にある竜の死体回収しといて」
――何かに使えるかもね。
「直ちに行いましょう。……ごゆっくりお休みください」
そうして、ヒュンっとフィセラの姿が転移によってかき消える。
謁見の間には7人の管理者が残された。
場は静まり返っている。
誰かが息を吐きだし、一人、また一人と立ち上がる。
それぞれに思うところがあるのか、皆の表情に笑みはなかった。
そこに、女の声が響いた。




