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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
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月の石

 転移の影響で視界が一瞬ぼやけ、すぐにくっきりと戻った。

 フィセラは周囲を見渡して、そこが砦内の自分専用の私室であることを確認する。

 すると、バッと両手を上に突き上げて声を吐き出した。

「帰って来たー!私の部屋!ギルド!拠点!」

 フィセラは満面の笑みで涙を流す。まるで失った故郷に帰って来たような反応だ。

 だが、それは無理もない。フィセラの中では転移当初ここには何もないと思い、帰って来てみれば姿を消していたのだから、無事に戻って来られたことがたまらなくうれしいのだろう。

 腕を下ろして涙をぬぐう。

 ――NPCが生きていた……ね。これからどうすればいいの?いや……何かしなくても自分で考えられるのか。そうすると、どう接すればいいのかが問題ね。

 フィセラの背後で小さな影が動く。部屋の小さな光源ではそれの発見は難しかった。

 ――全員が自我を持ったのか確認したいけど、ここで待ってた方がいいよね。あれ?そういえば……。

 あるNPCの存在を思い出し、もう一度部屋の中を確認するが、その姿が見当たらない。

「あの子、どこ行ったんだ?……うわぁぁぁぁぁ!」

 突然、フィセラの腰に何かが巻き付いた。

「なに?なに!なに?」

「おか……さい」

 自分の部屋に戻って来られたことで気が緩んでいるのか、フィセラは抵抗をせずただ目をつむって腰のものが取れるのを待っている。そこにくぐもった声が聞こえ、腰に目を向ける。

「おかえりなさい。ご主人さま」

 巻き付いていた何かが、フィセラに押し付けていた顔を上げてその顔を見せた。

「ムー!」

 フィセラはその影の正体の名を口にする。

 探していた顔を見られたことで、舞い上がりそのほっぺたをわしづかみムニムニと揉む。少女は好き放題にされてムー、ムーと呻いている。

 

 この少女こそフィセラが作成し自室に配置していたNPCである。

 名前は<ムーン・ストーン>。作成に月の石というアイテムを大量に使っただけということで雑に名付けられたが、その外見に関しては決して適当な設計をしていなかった。

 その容姿はとても幼く、一人で街を歩くにはまだ早いと言われるぐらいの年齢だろう。真っ白な髪は短く整えられているが、それを隠すように大きなフードを被っている。淡い紫と白の混じったふわふわなフード付きポンチョを着ており、その下には制服を着ている。どこかの学校の制服だろうが出所は定かでない。サイズは子供用だが、とても精巧につくられたもののようで、ポンチョの下から見えるスカートの刺繡は人の手で作られたとは思えない。

 かわいいの権化だと、製作者フィセラが自負するほど完璧に整えられた姿を持っているが、その性格設定はあまり詳細に行っていなかった。

 セリフ設定に至っては、触ると「ムー」と泣く、とだけ書かれているため、彼女との会話のほとんどがムーという返しになってしまう。

 それがかえって幼さを演出することとなっており、妙ではあるが性格はフィセラのイメージ通りのものとなっている。

 

 フィセラは撫で回されても一切抵抗のないムーンの前にしゃがむ。フードのふちにファーが付いており、上から見下ろすと顔がほとんど見えないため、目線を合わせる。

「寂しくなかった?私が……いなくなってから」

 質問を聞いてもムーンの表情は動かなかったが、不意にフィセラに抱き着いた。

 NPCは自分の主人に嘘をついてはいけない。だが、困らせることもしたくなかった。だからこそ、フィセラの質問に答えることが出来ず、その思いを示すために行動で表したのだ。

 フィセラもそっとムーンの背中に手をおく。

「ごめんね。もう大丈夫だよ」

 この異世界にきてから最も心の安らぐ時間だった。とても短くとても長い、そんな時間が流れる。

 その終わりはフィセラの腕の中でムーンがモゾモゾと動いたことで訪れた。もう十分だと思ったのだろうか。

 

 フィセラはムーンの反応から、ある疑問を持った。

 ムーンが口にする「主人」とは、単純に自分を作った相手ということだろう。だが彼女の反応はまるで、少女が親を求めるようなものだった。

 NPCには忠誠だけではない、別の感情があるのではないだろうか。

 置いて行かれたという悲しみや寂しさという、人間が持つような感情を彼らも持っているのではないか。

 ――おじいちゃんのヘイゲンとライオンのレグルスに親だと思われるのは笑っちゃうけど……ずっと私を待っていたんだよね。

 

「みんなも寂しかったかな?」

「みんな?」

 ムーンは頭を傾けて顔の横に?マークを浮かべる。

「ほかのNP……あ~、仲間だよ。仲間。ヘイゲンとかレグルスとか、会わなかった?」

「うん。お外に出たことないから分からない」

 ――あれ?

 フィセラの額を一筋の汗が滑る。これ以上は聞いてはいけない気がしたが、確認をしなくてはいけない。

 母として。

「ずっと閉門してたからね、外は行ったことないよね。仲間ってのは、砦の中の人たちだよ。しゃべったりする人いないの?友達とかは……」

 元NPCだとしても今は自我があるのだ、交友をして仲を深めることだってあるだろう。そのはずだ。

 生きているのだから。

「お部屋の外に出たことない」

「この部屋から?一度も?」

「うん」

 ムーンは無慈悲に、大きく頷いた。

 フィセラは声を震わせながらも、まだ平静は保てている。

 この部屋は内装に凝ってはいるが、機能的には意味のないものばかりだ。目立つのは容量の大きいアイテムボックスがある程度。そもそも食事はどうしていたのか。部屋のボックスの中には食材やポーションの類はない。

「ごはんは食べないの?外に大きい食堂とかあるんだよ」

「お腹空かない」

 ――そうだよね~。お腹空いたら食べに行ってるよね~。大丈夫なのかな?特殊な能力は何もつけていないはずなんだけどな。

 

 フィセラは気づいていないが、彼女はすでにそれを体感していた。

 異常なほど疲労を感じないことだ。通常であれば体力というのは少しずつ減っていく、それを回復させるために食事による補給を行うのだが、体力が高ければ疲労を感じず食事も不要となる。フィセラは120レベルであり、体力の基本値は高い。戦闘がなければ、何日も無補給で活動できる。

 対してムーンのキャラビルドでは決して体力は高くない。なぜ1か月も部屋に籠れたのか。それは魔力を体力に変換していたからだ。無意識ではあったが、減っていく体力を補うように魔力による回復を行っていたのだ。

 疲労減少や体力を回復するアイテムなしに、完全無補給で動き続けられるのは全NPCの中でもムーンだけだということに二人が気付くことは、この先もないだろう。

 

「あとでご飯食べにいこうね」

「ご主人さまも?」

「うん。食堂見に行きたいから私も行くよ。他の施設も見たいな。終わったら行こうかな」

 ゲナの決戦砦でNPCが一番あつまる施設としてつくられた食堂ならば、多くのNPCに会えるだろう。

 

 <ゲナの決戦砦>には、ある意味実用的な施設が多くある。プレイヤーであるギルドメンバーは使わないが、現実だと考えた時に必要なものは何かと考えて作られた(完全に暇つぶしである)施設だ。

 食堂、酒場、鍛冶工房、研究所、教会等あげていけばきりがないほど多様の施設が存在する。施設を作った後にそれを運営する(という設定、実際にはNPCの配置が必要ないものもある)NPCをつくったり、NPCを作った後に彼らの居場所をつくったり。 それらを作るためのアイテムや課金と、その後のメリットを比べれば損しかないのは明白だ。

 それでも、よりリアルを求めてしまうのがクリエイターの性なのだろう。

 そして今、リアルとなったこの世界でNPCはどう過ごしているのか、フィセラの興味は尽きないが、今すぐそこへ突入するわけにはいかない。

 

 終わったら、というフィセラの発言の意味が理解できずにきょとんとするムーンの顔を眺めていると、誰かがドアをノックする。

 トントントントン。4回のノックが聞こえると、部屋は閉まりかえる。

「……」

 敵が忍び込んでいない限り、相手は仲間である。ノックした者が入ってくるのを待つ。

 ――え?私が開けた方がいいの?どうせヘイゲンでしょ。入ればいいのに。

 ムーンは誰が来たのか確認する素振りもドアを開けようと動く気配もない。礼節や作法が欠けている訳ではない。単純に根本が違うのだ。

 すべてのNPCは自らを創造したギルドメンバーに忠誠を誓っている。その忠誠には種類がある。管理者という立場の上にいる絶対的な方々への畏敬の念があれば、自身を直接作ったというフィセラとムーンのような親子のような信頼もある。

 ドアの外にいるものと近くにいる少女ではそこが違う。

 だから、主人の代わりにドアを開けようなどという考えは微塵も思い浮かばない。

「入っていいよ」

 フィセラはドアの向こうまで聞こえるよう少し声を大きくして呼びかける。

 一拍置いてドアがそっと開かれると、そこには予想した通りの人物がいた。

「失礼いたします、フィセラ様」

 ヘイゲンが部屋に入るとフィセラに一礼するが、その途中で彼女の傍らに立つ少女を確認していた。

「ムーン・ストーンと話されておいででしたか。もう少し時間を置いた方がよろしいでしょうか?」

 ポンとムーンの頭に手を置いて答える。

「いや、大丈夫」

 ――名前……なんで知ってんだ?メンバーでも知らないはずなのに……。

 

 ステージ管理者はギルドの総力で作り上げたNPCだ。キャラビルドや設定は個人が行ったが、必要なアイテムの収集はメンバー全員が参加した。そのため、どんな能力を持っているか知っているし、完成した時には互いにお披露目会を開いたこともあった。ムーンはそれらとは違う。フィセラが完全個人で作りその存在も数人のメンバーにしか打ち明けていない。

 NPCの制作に報告義務などない。皆自由に作り色々なところに配置していたが、秘密裏に作られ自室へとしまわれていたNPCの名前を知っているのはおかしい。

 

 そんな疑問を持っただけで態度にも出ていないはずの感情を、ヘイゲンは敏感に悟る。

「私がエルドラドで持つ権限には、エルドラドに所属するすべての者の把握があります。ただ、彼らがどこで何をしているのかを知るのみでありますが」

 ――しらなかった~。

 フィセラは本当に知らなかった。リーダーなのに。

「へ~そんなのできるんだ。じゃあさ、みんなが……ううん。やっぱいいや。ここに来たってことは話があるんでしょ?」

 ヘイゲンは主人が途中で止めた言葉の続きが気になるが、ここに来た理由の催促をされている。いったんは忘れて聞かれたことに答えなければいけない。

「はい。フィセラ様のご帰還は混乱を防ぐためにステージ管理者にのみ伝えております。ですが、すべての管理者がフィセラ様との謁見を望んでおります。フィセラの様の都合が良ければ謁見の間にて我らより報告を行いと……」

「え、あそこで?みんなの前で話すの?そういうの苦手なんだけどな~」

 ヘイゲンの目がカッと開き、止める暇もなくひざまずく。

「フィセラ様を不快にしてしまい申し訳ありません!では、直ちに管理者を解散させ、二度とこのようなことが無いよう厳令を」

「待って!待って、冗談だから。すぐ行くから。そんなことしなくても大丈夫!」

 ヘイゲンはひざまずいてうつむいたままだ。

「左様ですか。……承知いたしまいた。では」

 ローブの布がこすれあう音を出しながら、ゆっくりと立ち上がる。そっと左手を前に出す。

「こちらへ」

 その言葉と同時にヘイゲンを中心とした光の円が床に広がった。その円がフィセラのつま先すれすれで止まる。

 うっすらと広がっている円の中は白い光の波がうねっていて、その縁は少し色が濃く強く光っている。

 フィセラはそれが何かを知っている。見たことがあったため驚いたりはしない。

 ――範囲転移魔法ね。それも無詠唱。アンフルだとこっそりコンソールを操作しなきゃダメだったけど、こっちだと無詠唱かっこいいな。覚えとけば良かったな。

 安心してその円に入ろうと踏み出す直前にギリギリで後ろを振り向く。その先には円の外側から光の波をじっと見つめるムーン・ストーンがいる。

 ムーンには意思がある。人形みたいに持ち歩く(そうしたい気持ちはある)ことはできない。

 管理者というしっかりと決められた立場のNPCの前に、少女を連れながら現れるリーダーの絵も見たくないだろう。

「ムー。お話は管理者だけらしいからまた後でね」

 ムーンが無言でうなずいたのを確認すると円の中に入る。ヘイゲンは手を出していたが、それに掴まる必要はない。

「オーケー」

 ヘイゲンは残念そうに掴まれなかった手を下ろし魔法を行使する。

 ムーンが小さく手を振っていたフィセラの視界が明滅し、場所を変える。

 

 次の瞬間、視界に映し出されたのは漆黒の布に覆われた大きな椅子。

 エルドラドが誇る<頂上の玉座>である。


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