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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
 滅竜の先導者と蟲毒そして白銀の鱗
25/174

NPC

 前兆のない門の出現。


 フィセラがあっけにとられていると、扉がゆっくりと開かれる。

 自動で開く機能は付いていない。つまり、誰かが中から開けたということだ。

 それが誰なのかなんて推測をする余裕はなく、フィセラはただ目の前の状況を見ていることしかできなかった。


 門が開き切らない間に隙間から中をのぞこうとするが、内側に光源がないようで中は真っ暗だ。

 おそらく内門が開いていないのだろう。

 かろうじて、真っ暗闇に人影をとらえて驚いた。

 ――いっぱいいる!どど、どうしよう!?敵?味方?

 正確な数は分からないが両手では数えられないほどの人影が見えたのだ。


 ついに門が完全に開かれる。

 夜の自然光に照らされ、すべてがフィセラの視界に映し出された。

 

 四角い空間の左右にずらっと立ち並んでいる屈強な戦士たち。

 皆、銀色の甲冑に身を包んだ戦士で胸に剣を持ち微動だにしない。思い返せば確かに、彼らはその姿勢でそこに並んでいるよう設定されていた、何度も見た光景である。

 その真ん中には二人。

 一人は顔が獅子の頭となっている戦士。もう一人は背の高いローブを被った老人だ。


 フィセラはこの二人のことは知っている。

 どちらの姿も見たことがあるし、彼らの名前も分かる。

 ステージの管理を任された、という設定のNPCであり120レベルを誇る力を持っている者たちだ。

 

 だが、おかしな点が2つある。


 1つ目は、敵ギルドプレセパ教団によって撃破されたNPCが何事もなかったかのように揃っていること。左右に立ち並ぶ戦士たちのことだ。

 彼らも設定や外見をギルドメンバーによってつくられたNPCである。

 勝手に復活することなど絶対にない。


 2つ目は、ローブを被った老人がここにいること。

 彼の配置されている場所はここじゃない。

 拠点内には仕事が割り振られ常に移動しているNPCがいる。

 だが、この老人はあの場所を離れることはできないはずだ。


 誰かが手を加えなければこの変化は起きない。

 それができるのは、この世界だろうとアンフルだろうとたった23人に限られる。

 ――ギルドメンバーもこの世界にいる?


 あるいは。

 ――NPCがNPC(Non Player Character)でなくなったか。


 フィセラは答えが後者の方だということに、この時点で薄々感づいていたのかもしれない。

 

「おかえりなさいませ。フィセラ様」

 ローブを被った老人、ヘイゲン・へスタ・ユルゲンバルムがしゃべった。


 NPCにセリフを設定することは可能だ。NPCの前で特定の行動をするとセリフを言うのを何度も見たことがある。

 実際、獅子頭の戦士・レグルスにも帰還をいたわる言葉が設定されている。

 フィセラがそれを聞いたことがなかったとしても、門番であるレグルスの言葉ならそれほど動揺はしない。


 だが、地上部最奥にいるはずのヘイゲンがそれを口にした。

 ――なんでお前がここにいる?なんで、お前がおかえりって……。

 悲しみや怒りの感情は持っていない。

 ただ、困惑していた。

 彼らの行動をどう理解すればいいのかが分からなかった。


「フィセラ様?」

 返事がないことを不思議に思ったのだろう。

 フィセラはあわてて答えた。

「う、うん。ただいま」

「はい、お帰りなさいませ。そして、どうかお許しください。フィセラ様の容姿が変わられていたのですぐに気づくことが出来ませんでした。主を疑うなど、しもべ失格でございます。どんな罰でもお受けいたします」

 フィセラと向き合っていた二人が腰を曲げて頭を下げる。


 フィセラを迎えたときの柔和の雰囲気はなくなり、頭を下げる二人は銅像のように固まる。

 何をされようと受け入れるという姿勢だ。


 彼らの態度よりも、フィセラはヘイゲンの言葉に引っかかった。

「え?姿が変わってたって……あ!」


 フィセラは確かに日頃使っている装備をこの1か月は外していた。

 だが、白銀竜との戦闘前に元の漆黒の装備へ戻している。

 何か違うだろうかと自分の体を見て、視界の端で金色の髪が揺れた。


「そういえば変身してたわ。慣れちゃって忘れてた」


 フィセラの種族はシェイプシフター。特性として自由に姿を変えられる能力を持つ。

 村に潜入するために、エルフのような姿に変身していたのだ。


 ――元の、とかはないんだけどね。でも確かに見慣れた方がいいか。

 フィセラが軽く頭を振ると髪色は徐々に黒く染まっていき目の色も青から赤に戻る。

「これで元通り!」

 

 これこそが正真正銘、ギルド《エルドラド》のリーダー、《ゲナの決戦砦》にいるすべてのNPCの主の姿。

 フィセラである。

 

 ヘイゲンとレグルス(獅子頭の戦士)はまだ頭を下げたままだが、後ろに並ぶ一般戦士たちはフィセラの姿を目にして、不動の姿勢が崩れていた。感動から来る動揺だ。

 ――彼らも「そう」なんだ。ただのNPCじゃないんだ。


 この1か月でそこに気づくことは一度もなかった。

 魔法やスキル、フィセラ自身が現実になっても、NPCもそうだとまったく気づかなかった。

 そして少し申し訳なく感じてしまう。


 そこでようやく、二人に頭を下げさせたままだということを思いだす。

「え、あっと、もういいよ。頭を上げて。怒ってないからさ」

 怒ってないとまで言ってある考えが頭をよぎった。

 ――すぐに私だと気づかなかった?門が開いたのは戦闘直後。……もしかして私が一人で白銀竜と戦ってるのを見てた?え~、それはちょっとな~。

 少しNPCが怖くなった。


 フィセラの許しを得て、ヘイゲンが頭を上げる。

「よろしいのですか?」

「う、うん。いいよ。それに変身してたんだから、すぐ気づかれたら意味ないじゃん?仕方ないって」

「フィセラ様の寛大なお心に感謝いたします」

 ヘイゲンが仰々しい語りでもう一度頭を下げた。

 

 すっかり日は落ちて月が上っている。

 現在フィセラが立っている場所は標高3000メートルを超える。季節と気候なのか雪は降らない

が、寒さはある。

 さらに夜だということもあって、フィセラ達の足元を通っていく風はかなり冷たい。

 

「フィセラ様、このような場所で引き留めてしまい申し訳ありません」

 レグルスがムッとする。自分の守護するエリアを、このような場所、と言われたのが気に障ったのだろう。

 それを無視してヘイゲンが続ける。

「適切な場所をご用意いたします。さあ、中で続きをお話いたしましょう」


 その言葉にフィセラの感情は複雑であった。


 もう1つの門の先に何が待っているのかという不安。

 「家」に変えられるという喜び。

 ほんの少しの恐怖。

 そして期待。


 フィセラはまるでその先へ引っ張られるように一歩前に進もうとして、声をかけられた。

「フィセラ様。無礼を承知でお願いいたします」

 今までとは違う張りのある声でフィセラの歩みは止められる。

 ヘイゲンがフィセラの前に立ったのだ。

 背の高いヘイゲンが前に立つと、壁が出てきたようだ。


 フィセラは家への帰路を邪魔されて、すこし、眉が上がった。


「なに?」

「現在、すべての者が役目に就き動いております。今、フィセラ様のご帰還を知れば砦内に混乱が生じるやもしれません」

「それで?」

「フィセラ様が戻られたことを知るのは幸運にもここにいる我らのみ。中の者には気づかれずにお部屋まで行っていただきたいのです。延いては私が転移魔法を」

「…………自分でできるよ。じゃ、部屋に行ってるから、まだ話があるならゆっくりでいいから、あとで来てね」


 フィセラは転移魔法など持っていない。

 だが、<基本魔法>の中にギルド内でのみ使える魔法として<拠点内転移>がある。

 <ゲナの決戦砦>のように広いと、コンソール上で転移先を指定するのが面倒であまり使わなかったが、いまならイメージした先へ転移できることが直感的にわかった。

 <拠点内転移>。

 フィセラの姿がシュンッと消えた。

 


 ヘイゲンはフィセラを制止しようと口を開いたところで間に合わず、フィセラは一人で行ってしまった。

 残された者たちには何とも言えない空気が漂っている。

 主が帰ってきたことを喜び緊張を緩めるべきか、それとも忠誠を示すのはこれからだとより一層気を引き締めるべきか。


 だが一人違う感情を持っている者がいた。

 レグルスは腕組をしてヘイゲンに詰め寄る。

「お許しのお言葉を得られたが、主を一人で戦わせた罪は許されぬことだぞ。ヘイゲン」

「お主も頑固じゃのう。何度も言っただろう、間違ったものを砦に入れる事はできないと。すぐに門を開けなかったことが無礼に当たるならば、その罪は全て、わしがかぶるとも言ったぞ」


 フィセラと白銀竜の戦闘はNPC達にすぐに察知され、監視が行われていたのだ。

 レグルスとその部下もフィセラに気づき、代わりに自分たちが戦うべきだと言ったが、ヘイゲンに止められた。

 フィセラは気づかなかったが、ヘイゲンはいくつかの魔法を発動し彼女を観察していた。

 門が開いてからもずっと。


「お前ひとりが罪をかぶるからなんだというのだ。これは我ら全員の忠義の問題だぞ!」

 獅子のたてがみが逆立ち、牙をむきだしにした顔は竜の顔とは比べ物にならないほどの迫力を発していた。

 レグルスの怒声に、部下である戦士たちも怯えている。

「命令に従うことこそ、忠義だろう?門を隠していたのはフィセラ様意外の誰も入れないためだったろう」

「あの方がフィセラ様だとすぐにわかったはずだ」

「それはお主たちの希望的な推測だ。偉大なる御方が誰もいなかったあの瞬間までは、門の操作の権限はわしにあった。これ以上騒ぐでない」


 レグルスの怒りは収まらない。

 ヘイゲンの何食わぬ態度もさらに、レグルスを刺激していた。


「それに忠義とゆったな?フィセラ様はこのようなことでわし等を疑うような方ではない。それとも、レグルス。お主の忠義とは、これほどのことで疑われる薄っぺらいものなのか?」


 獅子の圧に空間がゆがんだ。


「薄っぺらいのは貴様の煽りだろう!ヘイゲン!」


 もし、周りで聞いている戦士たちのレベルがあと少しでも低かったら恐怖で気を失ってしまうほどの殺気を、レグルスは仲間であるはずのヘイゲンへ向ける。

 静けさの中にカタカタと戦士たちの甲冑のぶつかる音が鳴っている。

 精一杯、音が鳴らないように我慢する姿こそ彼らの怯えを表していた。


「お主の殺気では、気づく者が出るぞ。フィセラ様が忍んで部屋に向かわれたことを忘れるな」

 レグルスはハッとして怒りを治める。

「……うむ……この後はどうするのだ?」

 レグルスは何事もなかったかのように話し始める。それにヘイゲンも応じた。

「謁見の間に集まれ」

「集まれ?」

「ステージ管理者を呼ぶのだ。彼らにだけフィセラ様の帰還を伝える」

 レグルスは少し考える素振りをすると、部下へ顔を向ける。

「行け。管理者にのみ伝えよ」

『はっ!』

 4名の戦士が返事をして列から離れ、内門を開ける。

 そうしてようやく、門がすべて開かれた。

 4人はそれぞれ別の方角へ走っていく。

「我らは最下層にはいくことが出来ない。そちらはヘイゲンに任せるぞ」


 ゲナの決戦砦には地下が4層ある。その最下層はある理由によりギルドメンバーでも特定の条件を満たさなければ入ることが出来ない。

 ヘイゲンは地上のステージ管理者であるが、地下も含めた全エリア・NPCの「把握」を役目の1つに持っている。

 当然、すべてのエリアへ立ち入る権利を持っている。


「ふむ。フィセラ様はゆっくりでいいとおっしゃっていたな。ならば、地下4階層によってからがちょうどいいか」

 寄り道をしてから主人へのもとへ行く計画を立てて、ヘイゲンが内門から出ようとする。

 去る前にレグルスへ向き直って一言残す。

「お主は先に行っておれ。謁見の間でまた会おう」


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