白銀竜降臨(3)
白銀竜の攻撃は苛烈であった。
前足の爪による振り払い、牙による噛みつき、尻尾による薙ぎ払い、上空に飛んでからの踏み潰し。
しなやかな肉体を存分に使った戦い方である。
フィセラは盾を正面に構えて、ひたすら白銀竜の攻撃を耐えていた。
――攻撃が重い。これが前衛なのね。守ってばっかりはあんまり楽しくないな。
白銀竜の攻撃の隙を狙って<マルコシアス>が仕掛ける。だが、白銀竜とレベル差がある状態では軽くあしらわれてしまっている。
それでも<山羊座の大狼>と<マルコシアス>を比べれば、そのパワーは白銀竜に通用しているようだ。
そして、フィセラも戦闘に加わる。
すると、白銀竜は撃破の優先順位の一位をフィセラに変えるような動きを見せた。
防御に徹していたとしても、これほど攻撃をうけて何も変化がない人間は異常である。
それに白銀竜は気づいたのだろう。
マルコシアスの攻撃を避けて、白銀竜はまたフィセラに狙いを定めて攻撃を仕掛けた。
空高く前足を上げて、風を切りながら小さなフィセラめがけて足を振り下ろす。
単調な攻撃でフィセラの盾を正面から破るつもりだ。
鋼鉄のぶつかり合う音が鳴り火花を散らせる。
盾に弾かれた足はフィセラの眼前に着地して、ドンッと爆音を立てた。
「こいつ!さっきから私ばっか狙ってきやがって~……今!」
フィセラは土煙に包まれながらも白銀竜の隙を見流さない。
攻撃のタイミングを指示されたマルコシアスが竜に体当たりをして体勢を崩させたのだ。
それを狙っていたフィセラは、大剣で先ほど自分に振り下ろされた足に向かって切りかかる。
鱗で体験の刃は防がれるが、大剣の衝撃は大きいはずだ。
その攻撃は斬撃というより、殴打に近い。
白銀竜は受けた衝撃で足が地面に打ち付けられ、白銀の鱗もパラパラと剥がれ落ちている。
フィセラが攻撃を防ぎ、隙を狙ってマルコシアスが攻撃。
その攻撃では大したダメージを与えられないが、竜の意識から外れた一瞬の隙をついてフィセラが大振りの攻撃を仕掛ける。
戦闘が始まってからはこの繰り返しだ。
よく見ると、あたりにキラキラと光るものがある。
今までの戦いで、はがれた鱗が散乱し月明りを反射しているのだ。
フィセラは、体勢を崩したまま伸びてきた竜の顎を盾にかすらせながら回避、そのまま身をよじり剣を振うがこちらも避けられる。
一旦、白銀竜はフィセラ達から距離をとるように動いた。
その動きにはぎこちなさが見える。攻撃が効いている証拠だ。
「クソが!人間ごときにオレが……」
あの黒い狼は厄介だ。だが、それ以上に人間がつよい!奴に打たれた場所の感覚がほとんどない。このオレが……。
白銀竜が首をもたげて後ろを見た。つられてフィセラもその方向に目を向けるが何もない。
――なに?仲間?そういえば、誰も1匹とは言ってない……かな?
白銀竜が翼を大きき広げて、地面からフワッと離れた。そしてそのまま方向を変える。
フィセラにはその動きに覚えがあった。
ダメージをある程度入れるとモンスターがする行動。
逃亡である。
「逃がすな!」
少しずつ高度を上げる竜から目を離さず叫ぶと、マルコシアスが彼女を飛び越えて、飛んだ。
マルコシアスの翼に飛ぶ機能はないが段階跳躍を可能にしていた。まるで空気を踏むようにして二度三度とジャンプして竜の尻尾に噛みつく。
おもりを付けられた白銀竜は緩やかに地面に落ちていく。
落下の衝撃で舞い上がった砂ぼこりをかき分けるように、竜が顔を突き出す。
「逃げるだと!?誰がだ?オレは――」
「黙らせろ」
落ちたまま竜の近くにいたマルコシアスが命令に従い、白銀竜の顔に噛みつく。
そこに続けて、フィセラが竜の側面に走り、戦士職としと習得している数少ないスキルを行使する。
<クロススラッシュ>。
大剣の斬撃を十字に振るスキル。
十字の中心を竜の翼の骨部分に合わせて攻撃。翼は折れ、ぐったりと羽が下りる。
――まだ足りない。
<ダブルスラッシュ>。
一度の攻撃のように見えるが、そこには斬撃が二重となって放たれるスキルだ。
同じ骨部位に向けて2重の斬撃を浴びせる。
「集中攻撃による部位破壊。ギルドメンバーの真似だけど、意外とできるもんなのね」
白銀竜の左の翼が完全に体から切り離された。
オオオオオオォォ!!
白銀竜が大地を震わす咆哮を上げながら、体を回転させてフィセラと<マルコシアス>を自身から引きはがす。
偶然にも白銀竜を挟む形で飛ばされたフィセラとマルコシアス。
白銀竜は背後にいるマルコシアスを気にしていなかった。
クソ!俺が、俺の翼が。
最初から標的はこいつだけ。怖いのはこいつだけだ。
フィセラはこちらをまっすぐ見つめる竜の意思を感じ取り、盾を構えた。
「いいよ。来い!」
白銀竜はこれまでの戦いで一番早い突進。
対してフィセラは盾をまっすぐ構えて迎える。
一瞬で無くなる両者の距離。
フィセラは衝突の瞬間、盾に入れる力を緩めて斜めに構えることで迫って竜の顎を後ろへ流す。
それとは反対に大剣は大きく後ろに下げられ、いつでも竜をたたけるように構えた。
竜の顎が盾の上を滑ると、ジジジジジっと鱗と盾が火花を上げた。
逸らされた顎がフィセラを越えていく。竜の胴体も飛んで来る前に、フィセラは首めがけて目一杯に大剣を振り下ろす。
刃は白銀の鱗を押しつぶしその内にある肉へ食い込んでいく。
「死ねぇぇ!トカゲがあぁ!」
さらに強く、フィセラは最後まで大剣を押し切る。
白銀竜は衝撃で横に飛ばされた。
その首元には縦一線の傷がつけられ、鮮血が噴き出ている。
竜はそれでも前進を止めず、フィセラの後ろへと回り込んだ。すかさず背後から攻撃を仕掛けるべきだが、既にフィセラの準備は整えられていた。
フィセラは最初から変わらず盾を正面に構え、彼女を腹の下に入れるようにマルコシアスが彼女の頭上に仁王立ちをしている。
「まだやれんの?こいつ?硬いな~。でももう少しよ。マルコシアス、白銀竜を休ませないで!」
<マルコシアス>が白銀竜に飛びつき、至るとこに噛みつく。よく見ると尾の蛇も噛みつこうとしている。
先ほどまでとは違う反応の鈍い竜をマルコシアスが踏みつけながら攻撃を続ける姿に、フィセラは違和感を覚えた。
――ん?いきなり動かなくなった。さっきのがそんなに効いたの?……いや違う、何かを準備してる。まだ、力を隠してるのね。
すると、攻撃を耐えていた白銀竜がマルコシアスを払いのける。
マルコシアルが飛ばされて地面への着地と同時に、白銀竜は瞬時に口を大きく開く。
その瞬間、フィセラの視界が赤く染まった。
闇夜に真っ赤の炎が吐き出されたのだ。
「ブレス!」
至近距離でドラゴンブレスを食らったマルコシアスは体から黒い煙を出しながら大きく飛ばされた。
「ドラゴンブレス。いきなり?予備動作は?今の、私なら避けられてた?」
――88レベルなら、このぐらいのスキルは持ってるか。予備動作なしってことは、体の中で炎を作ったのか?それを吐いてるだけってこと?……あと1発食らったらマルコシアスは消滅するな。
白銀竜はただの生物ではない。
当然、魔力を持つモンスターだ。
腹の中に魔力で作った高熱の炎を溜めることが出来る。溜めるのに時間がかかるが、その放射は一瞬なのだ。
マルコシアスはまだ立ち上がれていない。そこに白銀竜が追撃を加えようと動き出す。
――まだ!まだ死なせられない。
「あともうちょっとなんだよ!」
叫ぶと同時にフィセラは走り出した。
それを待っていたかのように白銀竜の顔がグルンとまわり、フィセラを向く。
すぐに口が開き、その奥から白い光と共に真っ赤な炎が喉を上がってくるが見えた。
フィセラはこのまま進むべきかを一瞬躊躇したが、足を止めなかった。
――仕方ない。マルコシアスを倒されるより、ここで1回ブレスを使わせる方がいい。これって盾で大丈夫かな?
炎のブレスが飛んでくる瞬間に、フィセラは盾を持ち上げてその陰に身を隠す。
川の流れが大岩を避けるように炎がフィセラの盾に阻まれて周囲に火を広げていく。
広がった火の粉がフィセラの頬についた。
「……熱い!……でもただ熱いだけ。痛くもかゆくない。……こんなのにやられてんじゃねぇぞ!てめえ!」
フィセラの怒号は山に大きく響いた。
これで終わらせようと腹の中の炎をすべて吐き出そうとする白銀竜の背中に、激励を受けたマルコシアスが飛びついてブレスを中断させた。
組み敷かれ地面に伏せる白銀竜が、最後に残ったブレスをマルコシアスに放とうとゆっくりと口を開く。
そこへ、いつの間にか竜の頭の下まで迫っていたフィセラが大剣を地面にこすりながら、竜の顎めがけて振り上げる。
白銀竜は顎を正確に打ち抜かれ顔が空に持ち上がった。上に乗っていた<マルコシアス>を振り落とすほどの衝撃に意識を失いかけて、半開きの口から炎が漏れ出ている。
ほぼ瀕死で意識も飛びかける白銀竜を前に、フィセラは盾と剣を投げ捨てた。
「そのまま抑えといて!」
もう一度マルコシアスが竜を踏みつける。
フィセラは、抵抗する力をほとんど失いされるがままの白銀竜を見ながら、淡々と戦いを終わらせる準備を始めた。
<転職・魔術師>
アイテムポーチから魔法杖を取り出し地面に突き刺す。
杖は身の丈を超えるほど大きく。鹿の角がそのままつけられた様なデザインの不気味な装飾が施された杖だ。
普通の杖ではないのが分かる。
竜種は体力が異常に高く回復力も高いため、死ぬ瞬間までしぶとい。体力が低下していても物理攻撃では絶命させるのに時間がかかってしまう。
そのため、とどめは刺すには一斉に攻撃を行うか、超高威力の攻撃を行うかの2つだ。
残念だが、フィセラの選択肢は1つだ。
フィセラは魔術師として複数の高威力の魔法を扱えるが、本職のプレイヤーとは大きく差を付けられる実力に、威力が十分なのか不安がある。
それを払拭するための事前の準備を行わなくてはいけない。
<魔力増加・Ⅲ>・<魔法範囲高密化>
魔力を高め魔法攻撃の精度を高める魔法を発動させる。
<大地鳴動>
加えて、特定の属性魔法の威力を上げる魔法も用意しておく。
フィセラは不気味な杖を手に取り、空高く持ち上げる。
その時、ドンッとマルコシアスが白銀竜の動きを押さえつけた音に顔を向けた。
フィセラは穏やかに声をかけた。
「ご苦労様。もういいよ、マルコシアス」
何度か無理をさせることはあったがすべて勝利のためである。
その勝利が目前に迫り、召喚獣としての役目を確と果たしたことを告げた。
そうして<マルコシアス>が塵になって自己消滅する。
フィセラは持ち上げた杖を地面に突き刺し、魔法の名を叫ぶ。
解放された白銀竜は最後の力を振り絞り一人残ったフィセラに牙を向ける。
両者の動きは同時であったが、ダメージをほとんど負っていないフィセラの方が少し早く魔法を発動させた。
アンフルには魔法のランクが八つある。
初級・中級・上級・最上級・大陸級・大海級・天空級、そして超級。
フィセラは魔術師のジョブビルドに注力しなかったことを後悔しながら、天空の王たるドラゴンを地に落とす「天空級」魔法の名を叫んだ。
<地伏龍千牙・アンダードラゴンサウザンズエッジ>!
白銀竜の足元が突然割れたかと思うと、それは徐々にある形をあらわにする。
巨大な岩石竜の頭が地面から現れ、その口に白銀竜の胴体を挟んだ。
口の中には鋭い千の牙が並んでいる。
ゴゴゴゴという音が止んだあと、バクンッと岩石で出来た竜の口がいとも簡単に閉じた。
鱗を砕き肉をつぶし骨を折る音が、一度に奏でられる。
フィセラの意図したものではなかったが、悲しくも白銀竜は、同じドラゴンの口の中で最期を迎えることとなった。
「終わりっと。ちょっと……さすがに、疲れたな」
岩石の竜は崩れ土くれとなって白銀竜と共に斜面を転がっていく。フィセラは杖を放って、一息付く。
放ったアイテムは光の粒子となって再びアイテムポーチへと自動でしまわれていく。
こうして、フィセラが圧倒する形で白銀戦は幕を閉じたのであった。
そして、フィセラのすぐ隣、触れてしまいそうなほど近くに「門」があった。
扉の木目まで覚えるほど見慣れたというのに、視界の端に映った壁がそれだと、すぐに気づけなかった。
消えていたことが嘘のように、それは変わらずそこにあったかのように、突如目の前に現れた。
フィセラが予測していた、砦が消えたのは白銀竜の仕業、というのは間違いではあった。
だが偶然にも、その白銀竜の死が鍵となり扉はそこに姿を現したのだ。
扉が守るのは砦。
ギルド・エルドラドが誇り守る拠点・ゲナの決戦砦である。