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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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コートデナールの巨人たち(3)

 その足音に気付いたのはユーゴだけではない。

 ケネスやシャモネも遅れて気付いていた。

 その頃には周囲の兵士の多くがその音をはっきりと耳にして、後方ではほとんどの兵士が後ろを振り返っていた。

 

「なんだ?街で何かあったのか?」

 ケネスのその問いには誰も答えられずにいた。

 まだ距離のある今、彼らの目にはフラスクの方向から来る馬に乗った人間のシルエットしか捉えられなかったのだ。

 だが目を細めるシャモネには馬の上の男の顔まで見えていた。

「フラスクの北門で会った兵士ですね。馬に乗っているのに汗だくですよ」

 ユーゴは疑わしいと言う顔でシャモネの横顔を見た。

 今さらシャモネの視力を疑う彼らでは無い。

 信じられなかったのは、1日しか滞在してない街の一兵士の顔を覚えていることに対してだ。

「なんで知ってるんだ?」

「門を通った時に挨拶されて、その後になぜか鶏肉をもらいました。作戦が終わったら会いましょうって」

 その時、近くの兵士の誰かが舌打ちをした。

 他にも、「これだから女は」や「遠足気分かよ」などと文句の声が小さく上がっていた。

 ユーゴも小声で「……よかったな」と呟いた。


 シャモネはそんな周囲の声を慣れた様子で無視して、さらに目を細めた。

「伝令ですかね?すごい焦っているみたいです」

 フラスクからの緊急の伝達。

 考えられることはいくつかあるが、ユーゴはその中でも最悪のことを思い浮かべた。

「まさか!あの巨人ども俺たちの分散を狙って街に攻撃を?」

 

 2正面作戦。

 誰かがそう口にした時、すでに後方のほぼすべての兵士は後方を見ていた。

 あるいは、前方の巨人たちから目を背けまいと集中を続ける兵士たちは、近づく彼へただ意識を向けていた。

 

 そして、皆の疑問へ応えるように男は大声を上げた。

「道を開けろ!道を開けろおお!」

 馬を駆る男は血走った目でそう言い続けたが、敵の笛を聞いた後の精鋭たちが隊列を乱すことは無かった。

 それでも男は速度を落とさなかった。

 それどころか、馬に下げていた旗を掲げ始めたのだ。

 棒部分に巻き付けられたカル王国の国旗は、走り続けることで受ける風に当てられて自然に広がる。

 汚れ1つない白い大きな布に縫われた碧い紋章がはためく。

 男はその国旗を両手で持ち上げて、再び叫んだ。

「我らの生まれは違えど、いま立つ場所は違えども、この旗の下に誓った志が同じならば!今集え戦士たち!今応え英雄よ!今降り立て……三極よ」

 

 その口上は伝説だった。

 カル王国の兵士ならば、誰もが知っているものだった。

 伝説だからではない。全ての兵士がそれを覚えさせられるからだ。

 国旗を掲げ、ある宣言を口にする。

 

 それはカル王国の切り札であり、戦士の転移方法でもあり、英雄の召喚方法だった。


 口上を終えた男を太陽の光が照らした。

 今まさに奇跡が始まろうとするかのように、男の周囲のみ光が強くなったのだ。

 そして風が男を囲い、旗を男の手からすくい上げた。

 そのまま、ただの強風では持ち上がるはずも無い国旗が空高く昇り続けた。


 精鋭兵たちは皆、空へと昇る旗に視線を奪われた。

 だがすぐに視線を下へと戻した。

 

 もうその時には遅かった。

 伝説の瞬間を、奇跡の瞬間を目にするにはもう遅かったのだ。

 

「あの人だ……」

 誰かが口にした。


 ほんの一瞬目を離しただけで、男の体格は倍以上に膨れ上がり、鎧の形さえも変形していた。

 波のような髪を糊で固め、露わになる眼光が力強く太陽の光を反射する。

 その戦士の下の馬は変わらないはずだが、不思議と筋肉が張り、毛並みさえも先ほどまで無かった光沢が出ていた。

 

 そして、男はゆっくりと深く息を吸い込んだ。

「…………道を開けろオオオ!!」

 それは先の男の言葉と一言一句同じだった。

 だが、その迫力は全く違った。

 

 この男、三極最強・ニコラ・デルヴァンクールの号令は精鋭兵たちの隊列に最前線までのまっすぐな道を開かせたのだ。

 

 父の姿を見たユーゴはただ一言こぼした。

 何の感情を持てばいいのか自分でも分からずに。

「…………、父さん」


 参戦を否定されていた王国最高の戦士の登場に、「うおおおおおお!」と精鋭兵たちが雄叫びを上げる。

 その中をニコラは駆けた。

 抜身の剣を掲げながら、すべての兵士の視線を集めながら駆けたのだ。

「聞け!カルの戦士たちよ!」

 抜剣を指示されていない兵士たちがたまらずに剣を抜き始めた。

「我らは今日、友の誰一人としてこのコートデナール草原に置いては行かない!明日も続く平和へ!カル王国の歩む千年の先へ!すべてのカルの戦士を連れて行こう!」

 兵士たちは揃って叫んだ。

「明日へ!」「千年の先へ!」


 ニコラは鐙で馬を叩き速度を上げた。

 すぐに最前線へ着いたニコラは剣を巨人たちへ向けた。

「全軍前進!俺に続けぇ!」

 この時ようやく、後方から始まった波が前線へと届いた。

 カル王国軍が震動したのだ。


 軍隊の隊列前方は騎馬兵が並んでいた。

 その数は千にも及び、ニコラへ続くように走り出した。

 

 その時、「ニコラ殿!」と彼を呼ぶ騎馬兵が近づいてきた。

「作戦の変更を?」

 そう短く問うのは、ニコラも知る信頼のおける古参兵だった。

 なぜここへ来たのか、なんてことをこの場で問うような真似は決してしない兵士だ。


 戦争の作戦の大部分はすでに王都の本部で決していた。

 当然、ニコラもそのすべてを把握している。

「中央の槍を俺が担う!杖を2本と剣5本残して、あとはデッラとマクシムへ!」

「はいっ!」

 古参兵は馬の速度を落として、後ろへ続く兵士たちを誘導し始める。

 すぐにニコラの背中を追う人数は減り、残ったのは2人の魔術師と5人の戦士だけとなった。

 だがそれはある作戦に関係する人数であるだけで、そのすぐまた後ろを何百もの騎馬兵が続いていた。

 その後ろを、少しずつ距離を開けながら、歩兵が続く。

 

 ニコラは再び彼らへ告げる。

「進めぇ!決して恐れるな!」

 軍は起伏のある草原を進み続ける。

 あと少し進めば、弓兵たちの射程距離だ。

 それは敵にとっても同じである。

 それでも、ニコラは続けた。

「古の英雄がお前たちを守る!敵の矢が我らに当たることは決して無い!恐れず進め!進み続けろぉぉ!」


 こうしてついに両軍が動き始めたのだ。

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