コートデナールの巨人たち(2)
笛の音が鳴るほんの少し前。
アルゴルやカラたちの正面で対峙するのはカル王国軍精鋭隊。
その数は約4300人。
彼らには、この草原に吹き荒ぶ風は冷たすぎた。
「はぁぁ……ふぅぅ……、見ろよ。息が真っ白だぜ」
ケネス・ハドロルは吐いたそばから白く凍る吐息を珍しがっていた。
彼に話しかけられた青年も息を吐きながら応えた。
だがそれは息の白さを見るためのものではなく、ただのため息だった。
「お前のを見なくても分かってるよ」
ユーゴ・デルヴァンクールはあきれた様子でそう言いながら、周囲を確認した。
鉄の鎧に身を包んだ兵士が数え切れぬほど密集している。
少しを背を伸ばせば、灰色のヘルムの丸いシルエットが何百と眼前に広がっていることだろう。
彼らのその被ったヘルムの開口部からは白くなった吐息が吐かれている。
彼の子供のころは「みんなで白い息を吐いたら曇が出来てしまう」なんて言っていた。
ユーゴはそんなことを思い出して頭上を見上げたが、空は快晴だった。
なぜこんな時に馬鹿なことを思い出してしまうのか。
ユーゴはそんな自分を鼻で笑った。
「なに笑ってるんですか?」
後ろからそう聞いてきたのはシャモネ・パーシェンである。
ガリガリ。
この3人を含む西方精鋭隊第14部隊の戦線における配置場所はかなり後方だった。
それはとある使命を負っていたからであるが、どちらにせよ知った仲間が周囲にいることは彼らの緊張を和らげていた。
この会話もそこから来るものだった。
「何でもない」
ユーゴはそう短く返した。
ガリガリガリ。
シャモネも「ふ~ん」と最初から興味なさそうな返事だった。
そうして静寂が訪れるかと思われたが、先ほどから後方より聞こえる金属音がそれを邪魔した。
ガリガリガリガリ。
「…………、さっきから何してるんだ?うるさいんだよ!」
ユーゴが可動域の広くないヘルムを回して後方を向くと、そこではシャモネが自身のヘルムを手に持って何やら行っていた。
「目印つけてるんですよ。あんなに大きなジャイアント族と戦ってもしも帰れなかったら、見つけてもらわないと……」
シャモネはそう言いながら、矢じりを使って器用にヘルムの側面に模様を描いていた。
それはどこかで見た模様だった。
「私の家の家紋です。ユーゴさんも後ろから見たら私だってすぐ気づきますよ」
シャモネは寒さに頬を赤らめた笑顔をユーゴに向けたが、彼はもうすでに前を向いていた。
だが、彼女に聞こえる声でこう呟いていた。
「お前が俺より前に行くことはねえよ。絶対に……大丈夫だ」
ユーゴは視線をまっすぐ前に向けたが、見えるのは前の兵士の後頭部だけだった。
そして、聞こえるのは相変わらずの金属を削る音である。
その時、草原にある声が響いた。
「聞け同胞たちよ!…………」
それはかなり距離が離れているはずの場所から届いた敵であるジャイアント族の声・アルゴルの咆哮だった。
「始まるぞ。死ぬなよ」
ケネスがユーゴの胸を叩いた。
返すようにユーゴはケネスを肘で突く。
「そんなこと分かってるさ。やるぞ!」
冬の寒さは何も変わらなかったが、不思議と寒さを感じなくなっていた。
それどころか、体温は高揚して熱ささえも感じていた。
4300人の兵士のほとんどがそうであった。
一部の者を除いてではあるが。
「え、ちょ!まだ出来てないんですけど!?」
シャモネはまだヘルムに家紋を彫っていた。
そこへ、さらに後方から怒鳴り声が飛んできた。
「落ち着けえ!落ち着けえ!……おい!?そこの新兵!ヘルムを脱ぐな!」
最後方を左右に走り抜ける騎乗兵である。
部隊の隊長よりも階級は上の兵士からの同号を受けて、シャモネは大声で「はい!」と返事した。
彼女が命令に従って手を止めたかどうかは別にして、その返事を聞いた兵士は右翼へと走りに抜けていく。
手を止めないシャモネに向かってケネスが笑いながら声をかける。
「安心しろ。女兵士は珍しいから、ミンチにでもならない限りはすぐ分かる」
「そういうこと言っていると自分がそうなっちゃいますよ」
「おお怖いこわ、やべ!」
ケネスが何かに気付いて、すぐに前へ振り返った。
彼が何を見たのか。それに気づく前にシャモネの視界が揺れた。
「遊びじゃないんだぞ!死にたいのか!」
彼らの部隊長ダンケンがシャモネのヘルムを無理やりに被らせたのだ。
「まったく!後方攻撃に配置してやったのはふざけさせるためじゃないぞ!」
「はい……ごめんなさい」
シャモネは少しずれたヘルムの位置を調整しながら、そう小さく言った。
「……お前たち2人がしっかり見てやれ!」
続けてダンケンは我関せずという態度をとっていたユーゴとケネスの頭を後ろから叩いた。
叩かれた二人はすかさず「了解しました!」と返事をする。
こうなることを予想していたかのような反応速度である。
この時、ずっと聞こえていた巨人のリーダーらしき男の声が止んだ。
ダンケンは険しい表情をして、周囲の部下へ命じる。
「装備を持て!1つも落とすなよ!」
ユーゴ達は足元に置いていた荷物を持つ。
大小あり、形も様々な布に包まれた装備をそれぞれが抱える。
「シャモネ!ついて来いよ。何かあったら名前を呼べ、分かったな」
「はい!」
「俺たちは後方だから問題ないだろうが、転んで数人に踏まれるだけで軽く骨折だ。確実に素早く前に進むんだ」
「はい!」
「……手つないでやれよ」
「うるさい!」
ユーゴ、ケネス、シャモネ。若い英雄たちが戦場に立った。
そうして一呼吸の間をおいて、戦いの始まりを知らせる低い笛の音がついに鳴らされた。
だがこの時、ユーゴの耳は別の音を捉えていた。
彼らの後方。
騎乗兵の馬の足音のようだが、その音はそれよりずっと後ろから聞こえた。
風よりも早く、蹄が大地を蹴る音が近づいていたのだ。




