コートデナールの巨人たち
コートデナール草原。
起伏のある丘が連続するこの草原は都市フラスクからは数時間の距離である。
アゾク大森林にも繋がっているが、森に入るには草原の中でもひと際小高い丘を越える必要があった。
だが今日は、その丘を迂回するべきだろう。
今のこの丘を越えられる者は、この国には誰もいないはずのだから。
2つの太陽が照らす緑の大地に213人のジャイアント族が立ち並んでいた。
丘の下に並ぶ彼らは遠目には分からないが、近づけば丘の大きさを勘違いさせるような6メートルを超える壁であある。
その彼らの眼差しが向けられる先にあるのは都市フラスク。正確には、その方向にいるカル王国軍である。
広い草原を挟むように両者は対峙していたのだ。
この時、ジャイアント族は静かにただ立っていた。
冬の冷たい空気が草原を滑りながら、彼らの熱を冷ますように通り過ぎていく。
肌寒さは無い。日の光が彼らを温めていた。
そんな心地よささえある冬の朝。
1人の男が集団から抜け出して前に立った。
彼は振り返らなかった。
その背に背負った大斧と大剣があれば、ここにいる全てのジャイアント族が彼の顔を知っているのだ。
亡き友に大斧を授かった<1つの剣>、名前はアルゴル。
彼はまっすぐに敵を見据えながら口を開いた。
「千年前、我らの祖はここに立っていた。ここで生まれ、ここで生き、ここで眠った。この草原が故郷だった」
アルゴルの言葉に、巨人たちは草原を眺めた。
ある者は足元に目を落とし、ある者は足で土を持ち上げていた。
あるはずのない故郷への思いを取り戻そうとしているようだった。
「我らの母と父はこの草原の匂いを知らない。その母と父もこの草の揺れる音を知らない。その母も!父もだ!……そして彼らは我らに声を残した。人間にすべてを奪われたと!故郷を追われたと!いつか、いつに日か必ず復讐を果たせと!」
巨人たちは誰一人声を発さなかった。
アゾク大森林の大山の裏で狂暴なモンスターやゴブリンに脅かされる日々を送りながら、彼らは聞き続けていたのだ。
千年前から届く怒りに声を。
だが今彼らの眼前に広がる光景はその怒りの火をさらに燃え上がらせるものではなかった。
あらゆる者をただ受け入れる、果てしなき草原があるだけだったのだ。
「……今日何を奪い返す?だれに拳を振り下ろす?ここには何もない。何も無かったのだ。もういいんだ」
本当に静かだった。
復讐の怒りに鼓動が叩かれることは無かった。
大森林に沈んだ先祖が彼の武器を震わせることは無かった。
彼らの心は穏やかだった。
その静寂の中でアルゴルは深く息を吸った。
その後に吐かれる言葉が草原の向こうまで届くように。
「聞け同胞たちよ!この戦いは復讐のためではない!何かを奪うためではなく、何かを得るためでもない!……ただ一つの言葉を故郷に告げるためだ!」
風に揺られていた草原がその動きを止めた。
ただ1人の巨人の咆哮に波打っていたのだ。
「今日、大地に振り下ろされる斧が先祖の魂を起こす!空を切り裂く槍の音が故郷の戸を叩く!我らの誇りを宿す剣の震えが告げるのだ!我らの故郷へ!……今戻ったと!」
アルゴルはそうして背中の剣を抜いた。
一瞬で抜かれた剣は空へ高く突き上げられたところでビタッと止められる。
ビイィィンと音を鳴らす剣と共に、今まで黙っていたジャイアント族も咆哮を上げた。
それは大森林で生きてきた獣の声ではなかった。
高らかに、勇ましく、戦士が故郷へ戻ったのだ。
アルゴルはようやく振り返り、丘の上を見た。
凸凹な草原だが、その丘ならほぼすべてを見下ろせるほどに高かった。
アルゴルも顔を上げなくては、丘の上に立つ彼女を視界に入れるには難しいほどだった。
丘の上に居たのは見事な鎧を身に着けて毛皮のマントをはためかせる長身のエルフ。エルドラドのNPC、ステージ管理者であるカラ・フォレストだ。
いつもエプロンを付けている彼女の姿はまさしく農園ステージの管理者であったが、今日その面影はどこにも無かった。
草原の緑、雲のほとんどない青空。
アルゴルの視界では、彼女はその中心にいたが、不自然に浮いていた。
自然さえも、彼女とは同格にはなれないようだった。
アルゴルには捉えられない小さな動きだったが、カラはゆっくりと小さく頷いた。
そして彼女は後ろに合図を送った。
そこにいたのは巨人と言うには少しばかり背の足りない、体格のいいだけの人型のNPCだった。
彼は自分と同じだけの大きさの笛の後ろに立っていた。
カラの合図を確認したNPCは良きを大きく吸って、笛の口を咥えた。
そして、ボオオオオオオオオという超低音が草原に響いた。
どこまでも、いつまでも、続くかのように笛の音は戦争の始まりを告げたのであった。




