夜中の会談(4)
残されたのはサロマンとニコラ。
サロマンは静かに闇を見つめ続けたが、ニコラはすぐに動き出した。
「気配が消えた。どうやって去ったんだ?どちらにせよ、戻って来ることはしないでしょう。部屋の外の衛兵が心配です。陛下はお待ちを……、すぐに戻ります」
王を1人にすることには気が引けるが、ニコラの勘がもう大丈夫だと告げていたのだ。
ニコラがサロマンの前に出て部屋の出口へ向かって歩き出そうとした時、サロマンが彼を呼び止めた。
「時代が巡ったのかと思った。建国時にいた古の巨人が現れたから、千年前に残した禍根を消し去る時だと思ったのだ。だが違った!」
サロマンが声を荒げる様子にニコラは目を細めた。
何かしらの精神攻撃を受けていたのかと疑ったのだ。
だが、そうした気配は感じ取れなかった。
そうしたニコラを無視してサロマンは続ける。
「この国が行ってきたこと……、千年の歴史など何1つ関係がなかった!」
サロマンの瞳に混乱の色は無い。それどころか、何か確信を得たかのように澄んでいた。
「……ニコラよ、これは建国以前の話なのだ。お前はアゾクを知っているか?」
「はい。知らぬものはおりません」
事実、カル王国の国民で<アゾク>の名前を知らないものはいない。
彼は多くの名で呼ばれた。
亜人の指導者。引き連れる者。
そして、ゴブリン王。
アゾクの出現によって<アゾク大森林>と名前が変わった森に然り、アゾクの記憶は人々の伝承だけでなく、大地や歴史にも深く刻み込まれていた。
「吟遊詩人や作家たちは多くの名前を付けたがるが、最初にアゾクが呼ばれた名前は1つだった。……人類の住む世界の外から現れ人を食らう。その者の記録はどれだけの過去に遡っても存在しない。突如現れ、根源の無い恨みと怒りと恐怖を撒き散らす。許されざる邪悪…………」
ニコラはある名を思い浮かべていた。
それはカル王国の民ならば誰もが知っている名だ。
いいや、正確には人類のすべてが知る名だ。
知っていなくてはならない名だ。
ある者は今この時にも戦いを挑んでいる。
ある者は息絶えた友の亡骸の横でその名を叫ぶ。
ある者は狂った心でそれを崇める。
そしてある者は、背負っているすべてを守るために、決意と覚悟をもってその名を口にしようとしていた。
「ニコラ。国宝を持ち戦場に行け」
ニコラは震えた。
今すぐにでも戦場に赴き剣を抜き放ちたかった。
だが、首を縦には振らなかった。
「陛下をお守りすることが私の使命です。ここを離れたら、誰が陛下を」
「良いのだ!余の命など、この戦いの意味に比べれば価値はない。これは葬り去ったはずの歴史を隠すための戦いではない!これは聖戦なのだ!カル王国が後の千年を生きるための戦いなのだ!」
サロマンはゆっくりと玉座から立ちあがった。
ちょうどその時、玉座の間の厚い窓の色が変わった。
燃えるような太陽が地平線から現れようとしていたのだ。
夜の闇を移していたガラスがオレンジ色に変わる様子を見ながら、サロマンはニコラに告げた。
「これは三極の使命ではない。人類の、英雄の使命である」
玉座の間へ、日の光が低い角度で差し込む。
戦争が始まる時だ。
「あの者フィセラを、……魔王を討て」




