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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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182/201

若き英雄の出立(3)

 ユーゴが王都に戻ってきてからすでに数日が経っている。

 だが、彼はこの時までニコラに会っていなかった。

 もとより、仲の良い家族などではない。

 特に、同じ職に就いた父と息子の関係など、子の成長に従って希薄になっていくものだ。

 

「今日は帰ろうと思ってた」

 ユーゴは広場で訓練を続ける一般兵を眺めながら答えた。

「そうか…………」

「…………、なんだよ?話があって呼んだんだろ?」

 

 太陽に照らされて冬の寒さが和らぐこの時。

 広場の端で、煮え切らない親子の会話が続く。


「ああ、そうだ。あの2人とは話したか?魔術部隊の2人だ」

「まだだ」

「……そうか。魔術部隊はお前の母さんが創設したばかりの小規模の隊だが、あの2人は期待のホープだそうだ。実力はあいつの、母さんの保証付きだ」

「へぇ」

「白銀竜討伐の足掛かりとして、先遣隊には魔術部隊のほとんどが参加していた。それが全滅して、あいつもいなくなって…………、軍は残った隊員の処遇を決めかねていたが、少しの間は精鋭隊のもとに落ち着かせるつもりだ。だが、あいつが創った魔術部隊は無くさない。経験を積んだ彼らが隊を率いられるときまで、俺が代わりに残す」


 ユーゴはニコラの話を聞き流していた。

 この話が彼になんの意味があるのか分からなかったからだ。

 少なくとも、この父がユーゴを呼んだ理由がこの話でないことは確かだ。

 

「そんなのどうでもいい…………はぁ、要件を言ってくれよ。俺は暇じゃなんだ」

 ユーゴは尚もニコラから視線を逸らしたまま、冷たく言い放った。

「フッ。どうせ、話なんて無いんだろ。じゃあ、俺が話していいか?なあ、聞いてもいいか!?」

 

 ユーゴはこの時に初めてニコラと目を合わせた。

 すぐに視線は交差する。

 ニコラはずっとユーゴをまっすぐに見つめていたのだ。

 

「なんで父さんはまだここにいるんだ!?俺たちと一緒にフラスクへ行くんだよな!?」

 ニコラは何も言わなかった。

 その態度で、問いの答えが分かったユーゴはさらに語気を強めた。

「今日の軍幹部会は半分も出席して無いって聞いたぞ!他の三極のデッラさんや、マクシムさんはもう王都を出てるんだろ!なんであんたは……なんで父さんはまだここにいるんだ!?」


 明日の早朝、王都に残った精鋭隊は出立する。

 ニコラが王都を出るタイミングはそれが最後だろう。

 ニコラはただこう言えば良かった。

 ユーゴと共に行くと、息子と一緒だと。だが、その言葉が彼の口から発せられることは無かった。


「俺は王の剣だ。王を御独りにする訳にいかない。それに、お前は知らないだろうが今回の一件は単純な戦いで終わらない。敵には英雄級がいる。あるダークエルフの」

「どうでもいいだろ!」


 感情の昂ぶりが、ユーゴの瞳を震わせた。


「母さんがいなくなった時、あんたは何してた?王様を守ってた?何からだよ……。母さんがいなくなったって聞いて、あんたは探しに行ったか?フラスクまで、大森林まで行ったか?」

「捜索はデッラ達が」

「行ってないんだろ!ずぅと王様を守ってんだろ?…………立派だな」

 

 王や自分の役目を軽視する者がユーゴでなければ、ニコラは即座にその者の口を閉ざしたことだろう。

 だが、今は聞くことしか出来なかった。


「今回も同じか。そうだよな、父さんは最強の戦士で<王の剣>だもんな?ここにいなくちゃだよな」

「ユーゴ…………」

「あんたの息子が戦場に行くのに、あんたは行って来いって言うだけなのか」


 ユーゴが初めて配属された西方の国境も平和な場所ではない。

 怪我人は当然出る。運が悪ければ死人も出る。

 だが、国境の真上に建つ砦の取り合いは、もはや恒例の譲り合いの風体になりつつあった。

 おそらく将来的には紛争もなくなるだろう。

 そうすると、この戦いはユーゴにとって初めての本物の戦場となるのだ。


「まあいいさ。今回は楽だよな。死体はここまで帰ってくるんだから……」

 ユーゴはそれだけ言って口を閉じた。

 もう何も言う気は無かった。

 父の返事をただ待ったのだ。

 

 だがニコラの言葉はユーゴが予想したものとは、だいぶ違うものだった。

「俺が戦う理由は王国のためだ。お前や母さんがいたこの国のためだ。母さんが戦った理由は、お前が生まれてからはお前を守るためだ。これは自らの<信念>や<責任>となる。敵が誰であろうとも戦わなくちゃいけない時、あるいは……戦いたくても戦えない時、その理由が、自分が何者なのかを思い出させてくれる。ユーゴ、お前が戦う理由はなんだ?」

 

 ユーゴはニコラがそう問う意図を理解出来なかった。

 そして、ニコラに問われた答えも彼はまだ持ち合わせていなかった。

 

 何も言わずににらみ続ける息子へ、ニコラは優しさに溢れたまなざしを向け続けた。

「ふっ、まだ分からないだろう。それでいいんだ。いつか分かる。それが見つけられる時までは、戦いから逃げてもいいんだ。どんなことをしても生き残るんだ」


 ニコラの言葉はユーゴに届いた。

 だが、心に届くには及ばなかった。

 あるいは、タイミングが悪かったのかもしれない。


 何を言いたいんだ、と困り顔のユーゴ。

 ニコラもなぜかバツの悪そうな顔をしていた。

「とにかく、……またな」

 ニコラはそう言ってユーゴの方をポンと叩き、軍舎の本館ヘ歩いて行った。


 ユーゴは父による加減の無いか叩きによって熱くなった肩をさすりながら、その背中を見送った。

「……また、か」

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