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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな
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鉄を打つ巨人(2)

「おお、やってるね~」

 森を少し進んだところで、フィセラはそう言いながら巨人たちを見つけた。

 

 何をやっているのかはとっくに分かってはいた。

 この音がずっと前から響いていたのだから、当然だ。


 ガン!ガン!ガン!

 ガン!ガン!ガン!


 絶え間なく続くその音は巨人たちが自分たちの装備や武器を作っている音だった。

 どこから持ってきたか分からないが、台代わりの巨石がいくつも並べられている。

 その上には、これもまた大きな鉄板があり、巨人たちはその鉄板に向けて大きな槌を振り下ろしていた。


 数えて、6人。

 彼らは輪になって、一心不乱に槌を振り手元の鉄に打ち込んでいた。

 輪の中心にあるのは、轟々と燃える火。

 ジャイアント族の身長は5メートルを超えるが、火の高さはそれ以上だった。

 レベルの低い巨人たちにとって、今日は凍えるような寒さだろう。

 だというのに、燃え上がる火の熱と単純な運動量から6人の巨人は滝のような汗を流していた。

 顔から滴る雫は火の中から取り出されたばかりの鉄板の上に落ちて蒸発する。

 熱した後ほんの数10秒だけ、曲げ叩き折れば形が変わる鉄板を相手に巨人たちは真剣だ。


「もともと使っている鉄は武器がほとんどで、装備は布ばかり。よくて獣の皮。戦争前に装備を変えろって言ったのは正解だったわね」

 巨人たちが打っている<鉄板>は、フィセラが与えたアンフル産の素材だ。

 

 それはほとんどゲームの序盤でしか使わないような低品質の素材。

 高レベル帯になって消費が減っても、取引に使える訳でもない価値の無いアイテムである。

 

 砦の宝物庫にある1ボックスを埋めていた<鉄板>が、そのまま役に立つとはフィセラも思っていなかったが、この光景に彼女は満足していた。

 ――ボックスの制限マックスを空にするには、あと30倍ぐらい人数が必要だけど、使い道があっただけマシね。

「にしても、やっぱりこれは圧巻の光景ね」

 目の前でまだ続く鉄の音楽。

 音の振動は絶え間なくフィセラの体を揺らし、不思議と心臓が高鳴るようだった。

 そうした高揚が、フィセラの考えを少しだけ前向きなものにさせる。

 ――この世界で一度無くなったらその素材はもう補充が出来ないと思って砦の生産職系のNPCを動かしてないけど、有り余ってる素材で何か造らせてもいいかもね。アイテムレベルが低くても生産職のスキルで造ったら、こんな形を整えただけの鉄板よりもいいものが出来るでしょうし……。

 巨人たちの造る装備を貶すつもりは無かったが、確かに事実ではある。

 

 槌を振る巨人たちの中に鍛冶職はいない。当然、鍛冶スキルを持つ者もいない。

 彼らに出来るのは、もともとある皮の装備の上に最低限の形を整えた鉄板を縫い付けることだけだった。

 頭の形に合わせたヘルメットや、指の関節を動かせる篭手など論外であったのだ。

 

「まあ、そのための差し入れなんどけどね」

 フィセラは上を見た。

 正確に言えば、ゆっくりと旋回するシルバーに持たせた包みをだ。


 そしてこの時、空を飛ぶシルバーを見ていたのはフィセラだけではなかった。

 鉄板を打つ巨人の1人も偶然シルバーに気づいたのである。

 そして、その彼はこの白銀竜が単独でここに来ることは無いということを知っていた。

 きょろきょろと辺りを見回して、ようやく彼はフィセラを見つけた。

 それも目を合わせてしまった。

「フィ、フィセラ様だ!作業やめろ!フィセラ様だぞ!」


 ――…………え、フィセラ様だぞ!ってなに?

 巨人たちが自分の来訪に遅れて気づいたことに怒りなど無い。

 誰にも知らせず訪れ微妙な距離で静かに観察を始める小さな彼女にすぐ気づけと言う方が無理がある、ということはフィセラも理解していた。

 それよりも、異常な接待をされる方が居心地は良くない。

「私のことは気にしなくていいわ」

 

 と言いはしても、NPCが従わないランキング上位のこの言葉の効果はあまり気にしていなかった。

 

「それに、火を使っているときは目を離すなと教わらなかった?ほら、作業に戻っていいわよ」

 ここまで言ってようやく、巨人たちは戸惑い始める。

 作業に戻るべきだろうし、戻れとも言われた。

 ならば……、と彼らが思い始めた時。


 彼女が現れた。


「フィセラ様のおっしゃるとおりです。あなたたちは作業に戻っていいですよ」

 そう言いながら巨人たちへの最後の一押しを言ったのは、フィセラには見慣れた顔のエルフだった。


 カラ・フォレスト。

 庭園農場ステージ管理者であり、120レベルのNPC。

 つまり、現在のギルド・エルドラドの幹部と言える存在だ。


 カラはいつも通りの畑仕事用の作業着にエプロンを着て、左腰には左手首と鎖でつながれた長剣をさしていた。

 小麦色のストレートの長髪は穏やかに揺れている。

 寒さを和らげるような微笑みを浮かべた彼女は、フィセラにその笑顔を隠すようにして頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。こちらに来られると分かれば、すぐにでもお迎えに上がりましたのに……」

「いや、ちょっと思い出してね。せっかくだからと思ってさ」

 フィセラはそう言いながら、また空を見上げた。

 

 顔を下げたままだったカラは、フィセラが顔を上げたのに気付いて体勢を戻した。

 彼女にはいちいち顔を向けなくても、頭上にいるのが何なのかは分かるし、それが体勢を変えて降下していることも見ずとも分かった。


 白銀竜の着地によってブワァッと風が起こり、わずかな土煙が上がる。

 もはや彼がフィセラの<モノ>であることは巨人たちも理解しているが、明らかな怪物を前にして一切驚かないことは出来なかった。

 鉄板を打つつける鉄の音楽の再会がまた遅れたことで、フィセラはシルバーに言った。

「荷物置いたら戻っていいわよ。ほら、適当にそこら辺飛んでなさい」

 ぞんざいにシッシッと手を振るフィセラ。

 ただの荷物持ちにされたシルバーは不服そうな唸り声を上げようとしたが、やめた。

 代わりに黙って飛び去り、地面に近い場所で螺旋を描くように飛んでいった。


 フィセラや荷物を下ろして、久しぶりの、そして短い間の自由の時なのだ。

 文字通りに羽を伸ばしているのだろう。


 そんなシルバーを少しも気にすることなく、フィセラはシルバーが置いていった荷物をカラに見せていた。

 否、カラだけではない。

 白銀竜に気づき、フィセラに気づいて、あまり近づけずにいる巨人たちに向かってもだ。

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