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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな
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鉄を打つ巨人

 季節はすっかり変わり、肌を刺すような寒さがこのアゾク大森林にまで現れていた。

 だが森の姿に変化は無い。

 雪は降らず、異常な生命力の樹々は枝葉を1枚も落とさずにいたのだ。


 まだ早朝だが太陽は空に昇っている頃合いだ。空に敷き詰められた雲が空の色を灰色に変えて、その下をフィセラが歩いていた。

 この広大の大森林の主となった彼女を邪魔する者は誰もいない。

 彼女はひとりで悠然と、ゲナの決戦砦からまっすぐ伸びる道をゆっくりと進む。

 樹々が倒され土を掘り返して造られたその道に屋根は無い。

 空の灰色の光を隠すものは何も無く、左右に未だ広がる森の暗闇と比較すれば、明るく歩きやすかった。


 だと言うのに、フィセラには薄っすらと影が落とされていた。

 強い陽光に照らされている訳ではないため地面に映る影の形はぼんやりとしている。

 だが、フィセラを中心にして前後左右へ伸びる影の形から、それが十字の様な形になっている事は分かった。

 まるで、長い首と尻尾、大きな翼を持った何かがフィセラの頭上を飛んでいるようであった。


「ふわぁ、ぁぁ。いい空気ね、それに静かだし。こういう雰囲気はけっこう好きなのよね」

 ――……戦争前の静けさでさえなければ、ね。

 フィセラは左手をズボンのポケットに浅く入れながら、歩いていた。

 

 鳥のさえずりがかすかに聞こえ、樹々の間を風が抜ける。

 そして頭上を飛ぶ巨大な竜の羽ばたきが、フィセラに風を送る。

「……ちっ!もっと上を飛びなさいよ。風が来るでしょうが」

 フィセラを上を見上げながら、そう文句を言った。

 そこにいるのは、カル王国に白銀竜と恐れられ、フィセラからはシルバーと(あまり馴染んでいないが)呼ばれているドラゴンだった。


 フィセラから上を見上げても、シルバーの黒いシルエットしか見えないが、遠くから見ればこの天気でも光をギラギラと反射させる銀色の鱗がよく目立っている事だろう。

 彼はその前足に包みを握っていた。シルバーのサイズから測るとその包みはかなりの大きさだ。

 フィセラの小さな文句はシルバーには届かず、彼は一応の言いつけ通りにフィセラの上空から付かず離れずの距離を保って飛行していた。

 

「まあ、いいか」

 シルバーの巻き起こす風がフィセラの髪を乱れさすが、その風が連れてくる森の冷えた空気が妙に心地よかったのだ。

 フィセラがその寒さに身悶える訳もなく、彼女は変わらぬ歩みで森を進む。


 ヘイゲンから、カル王国が戦争の準備を進めている、と報告を受けてから15日が経った今日。

 近隣都市フラスクには、着々と軍人が集まりつつあった。

 当然、人だけではない。武器や兵糧もだ。

 かの都市には言い知れない不穏な風が吹き込んでいることだろう。


 だが、それはこの大森林にも同じかもしれない。


 フィセラは道の途中で足を止めた。

 なぜならば、その道が途切れていたからだ。

「途中でやめちゃったのね。それもこれも全部……、はぁ」

 大森林からその外へ延びる巨大な道は巨人たちによって進められている計画だ。

 だがそれは別の仕事のために中止されていた。


 それこそが、戦争の準備である。

「あいつらの集落はどっちだっけ?」

 フィセラが道に迷い歩き出するのを躊躇っていると、シルバーが右に旋回した。

 上空からの景色には、フィセラの探している場所がすでに見えているのだろう。

「はいはい、そっちね」


 フィセラは道をはずれ、森の中に入っていく。

 

 そして、すぐにあの音が聞こえてきた。

 

 ガン、ガン、ガン。

 ガン、ガン、ガン。


 アゾク大森林に響く、鋼鉄のぶつかる音。

 それは槌が鉄を打つ音。

 剣が、斧が、槍が造られ、鎧が造られる音。

 戦争の到来を知らせる音。


 そして、これが止んだ時に戦争が始まる。

 もうすぐだ。

 1000年の終わり、あるいは新たな1000年の始まりを告げる戦争が始まるのだ。

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