プロローグ(見限る者たち)
すっかり陽が沈み、辺りが暗闇に包まれた頃。
基地の端から王都へ続く道に連なる松明の火を静かに眺める男がいた。
カルカロ・ドーキ。
黒星に位置づけされる最高位冒険者チーム<サタナキアの旗下>のチームリーダーである。
黒のズボン、白のシャツ。
胸元が露わになるほど開かれたシャツが特徴的だった。
その下にある鍛え抜かれた筋肉といくつかのブレスレットも含めて。
彼はストレートの髪の毛を髪飾りでまとめていた。
それだけを見れば女のようだが、基地の兵士顔負けの体格を前に勘違いする者はいないだろう。
彼は少し前から基地を出ていくこの精鋭隊を見ていた。
昼時の出発を予定していた彼らだが、ここまで遅れてしまったのだ。
もはや夜間の強行軍となった彼らの松明の火はどんどんと遠ざかっていく。
基地を出る準備がおくれても、進行速度は精鋭隊の名前を裏切らないものだった。
そんな彼らを見守るカルカロの背中に誰かが声をかけた。
「ドーキさん。そろそろ戻られては?冷えますよ」
そう言って近づいてきたのはサタナキアの旗下の仲間である男だ。
「いいや、僕は大丈夫。火ならあるよ」
カルカロはそう言って右手を持ち上げる。
なんの動作もせずただ顔の前まで持っていた右手は、突然火に包まれた。
彼にそれを熱がる様子は無い。
自分の魔法で生み出した炎なのだから当然だ。
彼は筋肉自慢の兵士さえも黙らせる肉体美を持った、紛うことなき魔術師なのだ。
冬の夜の寒さをその手の炎だけで防げるはずはない。
おそらく、他の魔法も使っているのだろう。
そう気づいた男は、手に持っていた毛布を自分の肩へかけた。
「ドーキさん。では、報告だけさせてもらいます。基地のものから兵士の装束をもらいました。組合の取り決め通り、冒険者と気づかれないような扮装は問題ありません」
「うん、いつもの装備と違いがあるからね。君たちは早くから身に着けておくといいよ」
「分かりました。それと、作戦の方はまだ決まっていないようです。精鋭隊の帰還の指令はそれほど急なものでしたから」
「構わないよ。それに僕たちの動き方は決まってる。決まってないのはここに残った隊の動きだろう。彼らに少し時間を与えよう」
男はカルカロの言葉に同意して来た道を戻ろうとした。
だが、カルカロはまだ精鋭隊の見ているつもりなのだと分かると男は足を止めた。
「聞いても?彼らの中に知り合いがいるんですか?」
「いいや……、どうして?」
「朝、一人の若い兵士と握手をしていませんでしたか?」
「ああ、彼か。気になるかい?」
「いいえ、ただ……。そんなことをしてたのは彼ひとりだけだったので」
カルカロの視界にはもはや人影は無かった。
遠くに揺れる松明の火だけが見えるだけだった。
これ以上見ていても意味は無いだろうと男は思ったが、カルカロはまだその方向に目を向けていた。
「少なくとも、あの時あの場所にいた4人の兵士で、<死相>が出ていなかったのはあの子だけだったからね。面白くって近づいただけさ」
「死相?まさか、彼らは訓練大会に」
男は心底驚いている様子だった。
だが、カルカロは薄ら笑いを浮かべるだけである。
「あんなもの嘘だと分かるだろう?」
「ですが、何と戦うんです?フェネメネス王国とならまだ分かりますが…………」
カル王国と関係の悪い国は隣国のフェネメネス王国ぐらいだ。
だが、精鋭隊が向かう先はその国境から間反対方向なのである。
「そこまでは分からないよ。それに死相はそういうものじゃなかったよ。互いに複雑に絡みあっていたんだ」
「それはつまり、彼ら同士で」
「この依頼が終わったらさ。ここを出ようか」
いきなり話が変わったことで少し驚いたが、男はすぐに了解した。
「え、ええ。もちろんです。ここにとどまる理由は何もありませんから」
「あ、違う違う。カル王国を出ようって話だよ」
「…………どこへ?」
「せっかく国境にいるんだから、分かるでしょ?」
つまりフェネメネス王国へ、ということだ。
「ドーキさん。我々がここで何をしようとしているか分かっていますか?バレないようにはしますが、それはさすがに」
「僕たちが作戦に参加したことを誰にも知られなければいいんだよ。だれも砦から帰さなければ、ね」
男は白い吐息を1つ吐くと、落ち着いた様子でカルカロを見た。
そして彼の吐息は少しも白くなっていないことに気づいた。
もはや、男にとって目の前の男が<人>であるか疑わしい。
だからこそ、従うのだ。
この悪魔のような男に。
「分かりました……チームの奴らに言っときます」
「うん。……あ、そうだ。彼らっていまどうしてるかな?ほら、黒星の彼ら」
カル王国の冒険者組合に所属する黒星冒険者チームは3つだ。
自分たちを除けば、2つ。
カルカロはその動向を知りたいのだろう。
「<超大剣>はすでに国を出ています。王都の高難易度依頼をほとんど片付けてから、シェヘメネスの都市にあるダンジョンに向かったと聞きました。<灰の獣槍>も同じです。デカい案件をいくつも引き受けて、今は王国のあちこちを回っているようです。それを終えたら、奴らの行き先もシェヘメネスでしょう」
「ふ~ん。冒険者としての勘は彼らの方が良いようだね。僕らよりもずっと前から、この国にかかる暗雲の匂いに気づいていたのか。君の出身は帝国だったよね」
なぜ自分の出身を気にするのか理解できなかったが、男は疑問を持たずに答えた。
それに、その後に続くだろう質問の予想も加えた。
「はい、フレザン大領地です。それと、このチームにカル王国出身はいませんよ」
「そうか、それは良かった。…………故郷がなくなったらつらいもんね」
次話から本編始まります。