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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな
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プロローグ(招集)

 その部屋の空気はとても重かった。

 それも当然である。

 扉は閉められ、すべての窓も閉ざされているのだ。

 窓から自然光を取り入れる設計の部屋だというのにカーテンを閉めているせいで少し薄暗くもある。

 だがまだ時間は昼間。

 他の明かりを用意するほどの暗さにはならなかった事は幸いだ。


 部屋の男たちは口を開くたびに机を叩く。

 怒りと不安が混じった感情をおさえながら会話をするには、それをどこかに発散するしかないのか。

 男は机を叩くことはしなかったが、右手の中指に嵌めた緩い指輪を回し続ける手が落ち着きの無さを表していた。

 それでも、目の前で繰り広げられる無益な会議を止めるつもりは無かった。

 

 カル王国貴族会議。

 今日の会議は王城で開かれる定期開催されるものとは違った。

 長机を囲む人数は極端に少なく、張り詰めた空気が全員の息を詰まらせていた。


 ダンッと、いい加減に耳障りとなった机を叩く音とともに貴族の1人が声を発する。

「王国南部の貴族の14人が殺害された!国家としての事件の対応は?なぜまだ捕らえられていない?軍を動かしてでも対処するべきでしょう!?」

「殺害されたのは貴族だけではない。都市長が2人。商家の長が4人。それと、裏の権力者も若干名。それだけの数の者がたった4日の内に殺された。それも、犯人はすべての遺体から頭部を持ち去っている。犯人はただ者ではない」

「そんなことは分かっている!殺された者たちの関係者のほぼすべてが証言しているんだぞ!<双子のダークエルフ>を見たと!」

 男が紙の束を机に叩きつける。

 薄茶色の質の悪い紙だ。事件の情報が書き記され、同じものが机の上には数セット置いてあった。

「それが問題だ。こんなことを出来る双子のダークエルフなど限られている。こいつらは十大強者として唄われる英雄だ。あまり舐めない方がいい…………、明日もその首をつけたままでいたいならな」

「暗殺者か……」

 

 彼女たちの行いは唄われる英雄と呼ばれるにふさわしいものだ。

 この場にいる貴族たちにも歌を聞き一時のあこがれを持った者もいる。

 だが彼女たちの手段はあまりにも、あこがれや英雄と呼ばれるものとは乖離していたのだ。


 それを恐れた結果が、この会議のための大部屋を閉め切って外からの侵入を防ぐことだった。

 それでも、かの強者たちには無意味なのだろう。

 知識がある故に貴族たちはそれを理解していた。

 部屋の隅の暗闇に、カーテンの揺れる裏に、自分の背後に、冷たい刃が無いことを祈ることしか出来なかった。

 何もない闇から目を離せない貴族のゴクリと唾を飲みこむ音が鳴る。

 

 その時、ある男が指輪から手を放して卓上の書類を引き寄せた。

 国王サロマン4サロマン・スカリオル・カルである。

「ダークエルフはなぜ彼らのもとに行った?関係は?」

 冷静であった。

 感情のままに声を荒げる貴族たちとは違い、サロマンは落ち着いているように見えた。

「…………、ダークエルフは殺された者たちから出された依頼を受けていたようです。陛下」

 

 誰が答えるべきなのか。

 そう悩むのは下級貴族や若い当主だ。

 そんな彼らを気にも留めず、壮年の貴族がサロマンの問いに答えた。

 

「依頼とは?」

「アゾク大森林に出現した巨人たちの調査です」

「すべての者が同じ依頼を?」

「はい。ですが、発端は公爵です」

 今回殺された貴族の中に、公爵級は1人しかいない。

「メロー。なぜ生き急いだ…………我が古き友よ」

 サロマンが目を細めた。

 手元へ引き寄せた書類に書かれた被害者のリストの中にある友の名前を目で追っていたのだ。


 サロマンが黙ったことで、また静寂が訪れる。

 貴族たちは王の言葉を遮ることが出来ずに、小声で近くの者と話し始めたが、すぐにその声は大きくなった。

「なぜメロー殿はダークエルフに調査を依頼したのだ?ジャイアント族に対しては平和的に交渉をすることで決まっただろう」

「彼はジャイアント族を受け入れるのは危険だと最後まで言っていた。口にしていたのは民衆から非難や他国から干渉だったが、ジャイアント族自体に不安を感じていたのか?」

「実際巨人たちは王国への恨みを持ち続けていたんだ。彼は間違っていない」

「恨み?なぜそう言える?」

「ダークエルフは巨人に接触したはずだ。そこで1000年前王国が行った非道と巨人たちの消えない恨みを知ったんだろう。人間にしてみれば1000年は遠すぎる過去だが、エルフには最近の出来事なんだろうな」

 1人に貴族のこの発言を皆が聞いていた。

 そして、その内容に納得してしまっていた。

 辻褄が合う、と。

 

 そうして、いつの間にか会議は再開されていた。

「だから仕方ないと?この蛮行を許すべきだと?南部のほとんどの貴族と権力者が殺されたんだぞ。この王国への攻撃を!」

 そこまで言って、この貴族は口を閉じた。

 これ以上をこの場で言葉にするのは、あまりに出過ぎた行為だと気づいたのである。

 この先の言葉を口にするのは、国王にしか出来なかった。


 サロマンは顔を上げて、その貴族を見た。

 そして順に皆の顔を眺めて、彼らの意思を確かめた。

「うむ、その通りだ。これは明確な宣戦布告である」

 サロマンのその発言に貴族たちは姿勢を正した。

 彼はなおも続ける。

「巨人たちには我らに対する恨みがあるだろう。怒りもあるだろう。死して尚癒えぬ傷が彼らの血に刻まれたのだろう。それは我らの祖先の行いが招いたことだ。だが、道はあったはずだ。血を流すべき者だけが血を流す、そんな道があった」

 誰に送られるでも無い視線が、「血を流すべき者」が誰かを示していた。

 サロマンは自身の犠牲を覚悟していたのだ。

「だが、巨人たちはその道を断った。万の剣と血で造られ道を選んだ!カル王国がどうして造られたかを見せてやろう」

 

 サロマンは机を囲む貴族の中の1人に目を向ける。

 王国軍の総指揮官であり、王弟でもある男。

 エロメル・スカリオル・カルと視線を交わしたのだ。

 サロマンはこれから言う言葉に大いに関係することとなる彼の考えを知りたかったのである。

 そして、エロメルはただ頷いた。


「…………カル王国はこれより戦時下に入る。カル王国国王サロマン・スカリオル・カルが命ずる……」

 サロマンはさらに語気を強め、会議の終わりを告げる言葉を口にする。

 すべての戦士を戦場に送る言葉を。


「戦だ」

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