エピローグ・NPC(大迷宮都市)
ギルド・エルドラドのNPC、シヨン。
ウェーブのかかった小麦色の髪の毛に白い肌。だが、彼女から感じるのは高貴さではなく力強さである。
引き締まった四肢、広い背中がそう感じさせるのだ。
彼女は遠くの建造物を眺めながら、隣の同僚に話しかけた。
「これが左遷ってやつなのか?」
同じNPC、ルビーナ・ラムーはため息を吐きながら答えた。
黒髪に一筋の白を入れたボブヘア。
アクセントの付いた化粧をしており、目尻の紫がよく目立っていた。
「……いいえ。フィセラ様の話を聞いていなかったの?これが私たちの次の任務よ」
ラムーも顔を上げて遠くを見つめている。
2人で並んで、同じ建造物を見ながら話していたのだ。
「そういう設定、ということか?」
「はぁ、もういいわ。そう言っていなさい。ヘイゲン様がカル王国へのこれ以上の潜入調査は必要なしと判断され、私たちは砦で待機となるところだったのよ。そこへフィセラ様が直々にこの任務を与えてくださったの。感謝しなさい」
「嘘をついてフィセラ様に近づいたから、こんな場所に送られたと思っていたが…………」
ラムーは自信なく小声で返事をした。
そうじゃないわ……おそらくね、と。
そんな2人は人混みのある大きな円形の広場の端にいた。
そこは都市の道が集約する街の中心だった。
彼女らの周りを通り過ぎる住人は多くいたが、近づき声をかける者はいなかった。
この者を除いては。
「やあ!麗しきお嬢様方。あの塔がそんなに珍しいかい?よかったら案内をしようか?」
男、ではない。
中性的な顔立ちをしてズボンを履いているが、曲線的な肉体はこの者の性別を明確にしていた。
なんとも晴れやかな笑顔の女は、とても気さくに2人の前に立った。
「この街に来るのが初めてのようだね?この広場でじっと立って塔を眺める人たちはそうだと決まってる」
ラムー少しも表情を変えることなく、どころか少し不機嫌そうに女に向けて口を開く。
「黙りなさいコーシャ。あなたが指定した合流時間はとっくに過ぎているわよ。何をしていたの?」
そう問われた女<コーシャ>はさらに口角を上げて、ラムーの反応とは対照的な嬉しそうな顔で答えた。
「つれないなあ。久しぶりの再会なのに……、人混みの中から探すの大変だったんだよ!?」
彼女<コーシャ>は、ルビーナ・ラムーと同じ<練士>である。
特定の能力への特化の試験場(あるいはギルドメンバーの遊戯場)であった<修練場>。
その1人と言うことだ。
唯一無二の力を持つ者たちだが、その特化しすぎた能力は砦の運営には必要なかった。
そのため、練士の多くは近隣の国へ送り出され、それぞれの場所で任務に就いていた。
そうして、コーシャはカル王国から出ることになったラムーとシオンを迎えることになったのだ。
「私たちを探すのなんて、あなたなら一瞬でしょう」
「なんだか機嫌悪い?でも!僕はうれしいなあ!今日から一緒に仕事出来るなんて、ラムーはシヨン君と一緒だったからいいけど、僕はずっと1人だったから寂しかったんだよぉ」
「……シヨンでいい。立場の上下は無いが、レベルはそっちが上だ」
「そんなこと気にすることないのに。でも呼び捨てでいいの?ほんと!?じゃよろしくね!」
支援魔法に特化したラムーは、他の練士とは違い特別な対応を取られていた。
それがシヨンの同行である。
つまり、練士は基本的に独りで任務へ就いているのだ。
それを思えば、コーシャは久しぶりの仲間との再会なのだ。多少の興奮も理解できるだろう。
「それで、<あれ>についてどこまで知っているの?」
「ああ、全然……。だって、僕はこの街周辺を周るキャラバンにいるんだもん。あの中には冒険者じゃなきゃ入れないからね。僕入ったことも無いよ」
当然だろ、と言う風に薄い胸を張るアルセーヌ。
彼女が続ける、知らなかったの?という言葉を受けて、ラムーとシヨンの顔はまさしく苦虫をかみつぶしたそれだ。
「コーシャ、あなたはさっき案内が出来るって」
シヨンがそう問う。
コーシャがナンパのように声をかけてきた時、確かにそう口にしていた。
「ただの挨拶だよ」
「はぁ、分かったわ。少なくとも、フィセラ様が興味を持たれた任務をこなす上では、私たちに差が無いことがね」
「そんなことはないよ!君たちは冒険者の登録をすでにしているんだろう?僕はまだだ!」
「…………」
2人はアルセーヌの前で、互いに見合って話し合った。
会話は隠すことなく、だがアルセーヌはそこに居ないかのようにだ。
「こいつはこんな性格だったのか?関わった事が無いから知らないが」
「私たちが目覚めたあの日は確か口数が少なくて、寡黙な子だとおもっていたけれど。緊張していただけだったようね」
ラムーは砦がこの世界に転移した日を思い出して、そのすぐ後に初めて自分の意思で言葉を交わした同僚と、目の前のコーシャを比較した。
「それか、一人で任務はそんなに大変なのかしら」
2人は同僚に向けるべきではない憐みの目を向けた。
その視線、2人の会話もコーシャには聞こえている。
彼女はほんの少しだけ不服そうであった。
「失礼だな、君たちは。今日は確かに舞い上がっていたのは事実だけど」
彼女はすでに落ち着きを取り戻していた。
そして、笑みをのこしたまま、瞳には真剣さを持たせた。
仕事モードと言うやつだ。
「さて、僕はここでの潜入任務では先輩だけど、君たちが授かってきた任務に関しては後輩だ。とりあえず、当面の行動指針を教えてくれるかい」
ラムーは頷き、彼女も<練士>の顔つきに戻った。
「まずはあなたの冒険者登録を済ませましょう。その間にこの国の情報を教えてもらいます」
「うん、それはすぐに出来るね」
「…………フィセラ様は近いうちに自らここへ訪れるともおっしゃっていたわ。私があのお方を迎えることになるのなら、状況を整えておかなくては」
「どういう意味だ?」
ラムーは一呼吸つき、考えていたことを口にする。
シヨンとコーシャはフィセラのためだとう計画を聞こうと黙ったままだ。
「最低条件として、私たちは<黒星>を目指しましょう。実力的には問題ありません。必要なのは実績、それと証明できる場所ですが…………、それも問題なさそうですね」
そう言ってラムーはコーシャの背後に視線を向けた。
コーシャとシヨンも振り返り、そこにある塔を見上げた。
ここはカル王国隣国にあるシェヘメネス王国。
その王都ダンガイ。
この都市にある特別なものを目的に数多の冒険者が集う地である。
そのものの中でも、ひと際巨大な塔が都市に存在する。
歴史を見れば、都市がその塔に寄り添うように存在すると言っていいほどの古代の建造物。
無限のアイテム、モンスター、まだ見ぬ未知を抱いて建つ巨塔。ダンジョンである。
ここは複数のダンジョンと共にある都市。
人々は欲望と羨望を込めて、こう呼ぶ。
大迷宮都市と。
<大迷宮都市・ダンガイ>
第3部の舞台です。
ダンジョン、冒険者。さらなる強者や都市の秘密。
運命に膝を折られ、世界の強さに背中を踏まれる、そんな力なき少年が立ち上がる姿をぜひ見ていただきたい。
のですが、第1部カル王国編4章を書いて、帝国編(おそらく第1部と同じぐらいの長さ)を書いた後の物語です。
忘れてしまって結構です。
いつか、その時まで読んでいただけた方が思い出してくだされば幸いです。