双星(4)
フィセラは誰もいなくなった広場に残り、ミレが出ていった城門をまだ眺めていた。
そこへ聞こえる布の擦れる音。
誰かが近づいてきた足音は無かったが、背後に彼がいることは分かった。
「……ヘイゲン」
「はい、ここに」
確かにしゃがれた声の返事が返ってきた。
後ろには、その声の似あう皺だらけの老人がいるのだろう。
転移魔法を使って来たヘイゲンは挨拶をするために来たのではない。
フィセラの行動の真意を確かめに来たのだ。
「フィセラ様。あの者を行かせてもよろしいのですか?フィセラ様の慈悲によって、あれらの命を助ける事に異議はございません。ですが!あの者と交わした約束では」
「私たちの砦がこのカル王国にある限り、問題は尽きない。向こうからすればあること自体が大問題だもんね」
いつか事件が起こる。
フィセラや多くのNPCを巻き込み、カル王国の存亡さえかけた事件が必ず起こる。
そしてそれはすぐそこまで来ていた。
大森林の巨人を探る権力者達。
探索や調査が続けば、彼らはすぐにフィセラの存在に気づくだろう。
だが、彼らを手を止めると名乗り出た者がいたのだ。
理由はどうあれ、ミレの暗殺によって事件が起こるまでの時間を稼げるはずだ。
フィセラは、そう考えた。
――その人たちを殺して調査をやめさせるつもりは無かったけど。出来るなら……、やっておく方がいいわよね。
ここでようやくフィセラは後ろに振り返った。
そこにいるのは盲信的なNPCでは無い。
賢人ヘイゲンである。
だが今回、フィセラにはヘイゲンの言葉を聞く気は無かった。
――そう言えばこのジジイ、勝手に他のNPCの子を使って私を監視させてたのよね?まぁ文句は言わないけどさぁ……、テメェの文句も聞かないからな!
フィセラは心の中で人差し指をヘイゲンに突き付けた。
ヘイゲンをそんなことも全てお見通しのようだ。少し視線を下げて弱った風に髭に隠れた口を開いた。
「カル王国は大国ではありません。この行為による影響あまりにも大きすぎます。これは我らからの宣せ」
「いいっていいって。多少は何かあるだろうけど、どうにか出来るわよ」
軽く言うフィセラの態度に、ヘイゲンは眉を寄せた。
「王国との関係は平和的に築くものと思っていましたが……」
「たかが数人……、これは言わない方がいいか。でも、私たちは平和でしょ?」
彼女は業火に焼かれる街の中心でここは平和だと言うことが出来るのだろう。
なぜならば、彼女だけには火炎耐性があるから。
それが魔王たる所以。
それが何を引き起こすのか。
フィセラはまだ知らない。
たったの数日後にヘイゲンの口からある出来事を報告される、その時までは。
フィセラの心の内を理解しようと頭を回転させているヘイゲンに、フィセラは命令を与える。
「マルナを教会で蘇生させてきて。アンジュに謝っておいてね、今日はお疲れって」
「いま、でしょうか?」
「……?ええ今よ。蘇生は後でと言ったけど、この状態にしては置けないわ」
フィセラはそこにあるはずのない赤い絨毯の上に横たわるマルナの体と置かれる頭部を見た。
「それに、ミレは約束を守るわ。最悪のことが起こっても問題ない。だってこれは私も望んでいることだもの。何が起こっても…………達成されるはずよ」
ヘイゲンは今回の言葉の意味は理解できた。
ミレが大変そうなら手伝ってやれ、ということだ。
「では、今すぐに」
ヘイゲンはマルナの遺体の近くに歩み寄って、ボソボソと何かを呟いた。
すると赤い絨毯のように広がっていた血がマルナの体の中に入っていく。頭部は独りでにゴロゴロと転がり、本来あるべき場所に戻る。
ほんの数秒で傷1つないマルナの体が出来上がった。
だが、命まで取り戻した訳ではない。
教会へ転移しやすくするために、体をくっつけただけである。
「それでは、教会まで運びます。フィセラ様は」
ヘイゲンは杖を地面に突き立て、転移の準備を終えた。
彼が行けば再度フィセラは残されることになるのだが、フィセラは気にしなかった。
「歩いて部屋に戻るわ。あとはよろしく」
そう言って、ヘイゲンの転移前に彼女は背を向けて歩き出した。
少しして背後からは何の音もしなくなった。
静寂には彼女の鼻歌だけがあった。
「ん~んん~、ん~。…………はぁぁ、最近スッキリしないことが多いわね~。なんだかなぁ」