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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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双星(2)

 1人の英雄が命を落とし、もう1人の英雄がその称号を捨てようとする瞬間。

 そんなことに気づかないフィセラは、口を開かず足を止めて、ただ目の前の光景を見ることしか出来なかった。


 その胸の内に王国を傾ける決意を秘めていても、地面に座り込み涙を流すダークエルフの姿は子供のようだった。

 誰もが恐れるような叫び声は消え失せ、少女の咽び泣く声が時折聞こえるのみ。


 胸に抱く宝物からは、最後の真っ赤な液体がポタリと落ちた。

 マルナの頭部から人の体温が完全に失われても、ミレはまだそれを抱きしめ続けた。

 その中にまだ彼女が居ると信じていたのだ。

 だが、そんなことを続けるべきではなかった。

 ミレは立ち上がらなくてはいけなかった。

 その理由が、復讐だとしても、自暴自棄になった上での自殺紛いの特攻だとしても、彼女は戦うべきだった。


 少なくとも、フィセラはそれを期待していた。

 どんな罵詈雑言を吐かれようと、それを聞くつもりであった。

 だからこそ、待ったのだ。ミレが立ち上がるのを。

 だがもう、ミレにその気力があるとフィセラには思えなかった。

 ならば、これ以上待つことに意味は無い。

 ――この終わらせ方が一番引きずりそうだから嫌なんだけど。これが始めた責任か…………。別に私が始めたわけじゃないけどね。

 

 フィセラは地面に立てていた<司教と王は地に伏した。聖女の祈りは届かない。無垢な魂を未来に送る。これこそが死である>を放り、その代わりにまた<ガラスの心、鋼鉄の心臓>をその手に握った。

 1日1度しか使えないスキルを使えば、死神の鎌はただの鉄の棒だ。

 ならより硬く重い鉄の塊の方が良い。

 

 フィセラは歩き始める。

 まっすぐにミレのもとへ向かう歩みは重々しくも、誰かに邪魔されることも無い歩みは決して遅いものではなかった。

 涙と血で彼女の頬に張り付く髪の毛の本数が数えられるほどの距離まで来ると、フィセラは足を止めた。

 まだ斧の間合いには入らない。

 だがスキルは届く。斧を投げれば外さない距離だ。

 だからと言って、そんなことをするために立ち止まった訳じゃない。

「ミレ。最後に言いたいことがあるなら、…………?」

 せめてもの慈悲として、遺言ぐらいは聞くべきだ。

 フィセラはそう考えた。

 だが、既に言葉を口にしているとは思っていなかった。

 ――何かを呟いてる?

 

 妹マルナを失って、ミレが錯乱したと考えることも出来る。

 それほどの絶叫だった。

 だが今、うつむくミレの瞳は、彼女の足下に広がるマルナの血を反射する赤く濁った瞳は、悲壮の色だけを映すものではなかった。

 

 ――私はこの世界のことをほとんど、いいえ全く知らないわ。独自の魔法?未知の呪い?復活の呪文でもあるの?

 フィセラは斧を強く握りしめ、首にかける宝石や両手の指輪のアイテムを頭の中に並べた。

 ――異世界の力にどう反応するか分からないけど、対処できる…………はず。

 

 ミレが呟く文言を聞き取ろうと、フィセラは1歩を近づく。

 そうして確かに聞こえて来た。

 羅列される単語の数々が。


「……アバンダリ、サラ…………、バーナ……ライコネン、ヌースアサフェル……、テカテモス。オルハン、センチカ」

 フィセラにはこれらの単語が何を意味するのか分からなかった。

 それでも、独特な間や言葉の区切り方から、答えを1つ出すならば。

 ――名前?

「……クエルエル・メロー!」

 

 最後の名前であり、最大の名前をミレが口に瞬間、彼女を顔を上げた。

 充血した眼がフィセラの視線と交差する。

 

「俺達をここに差し向ける依頼を出した権力者の名だ!巨人を操り、殺し、利用しようとした強欲者の名だ!大森林の全てを食らっても飽きずこの山まで寄こせと叫ぶ豚共だ!」

「そう言えば、誰かの依頼があるって言ってたわね」

「お前の敵だ」

「はぁ?」

 頭がイカレたか。

 フィセラがそう考えた時、ミレは話を続けていた。

「……を持ってきてやる」

 

 フィセラが聞き取れなかったのではない。

 ミレがそれを口に出来なかったのだ。

 だが、そんな英雄としての最後の葛藤は一瞬で消え去った。

 

 ミレは力強く言い放った。

「23人だ!こいつらを殺してやる!……全員の首をここに持ってきてやる!」

 

 そして力なく、されど切実に本当の願いを口にした。

「…………だから、マルナを生き返らせてくれ」

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