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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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双星・回想(3)

 こうして、俺たちの故郷が滅びてから3日後。

 つまり俺とマルナが霧に覆われた広大な森を走り切った数時間後だ。


 空は俺たちの心とは対照的に、それにイラつかせるほどの快晴だった。


「……看板」

「ああ…………、どっちに行くんだ?」

「町があっちにあるって書いてある」

「……じゃ、そこ行くか?」


 どこに行けばいいのか。

 何をすればいいのか。

 俺たちは何も知らないガキだった。

 そういうガキらしくこの後にいろいろとあったが、……まぁ特に言うことは無いな。

 人攫いに会って、ボコって、そいつらのボスに騙されて、貴族に買われて……、よくあることだ。

 だがその後、大きな転機があるのは少し珍しいかもな。

 

 家を出てから10、20日ぐらいがたった日。

 俺とマルナを檻の中の猿のような気分だった。

「その双子のダークエルフが、最初に攻撃された村の生き残りですか?」

「ええ、つい先日も人攫いを相手に騒動を起こした話題の子らですよ」

「なんと懐の広いお方だ。……自分の商売に傷をつけた者をこのように<保護>するだなんて!」

「商売とは?なんのことですかな?ハハハハ!」

「ハハハハ」「はははは!」


 貴族達の密会。

 それ以上何を詰めるのかと言うほど膨れた腹の前に並ぶ豪勢な食卓。

 脂汗によるものか、それとも何かを塗っているのか、不思議と艶のある肌。

 その上に上質な服と宝石を飾ったブタ共の集まりだ。

 

「この2人をどうするのですか?」

「少しばかり躾がなっていませんが、この歳のエルフがこれほどの力を持っているのは稀です。将来は英雄級になるかもしれない」

「エルフの子供時代にある吸収と組立そして自立ですね?」

「普通の子はそうです。ですが、この子らは飛翔まで行くかも……」

「飛翔、ですか?初めてききましたな」「いま考えました」

「フフフ。力が強いのはいいですが、この見た目では戦場には送り出せませんね」

「もとからそんなことをさせる気はありませんよ。北部にいる私の傭兵団のもとで訓練をさせます」

「…………出現した魔王との戦争が始まろうというのに、なぜ傭兵団が北部に?招集令を出すべきでは?」

「お主はそれを問いただす権利を持っておらぬぞ。軍に武器を売っているそうだが、この町の最大の武器庫が開けられた様子はない。戦争が始まるのに、出し惜しみをしているのはお主だろう?」

「おやおや、おなたは潔白だとでも?」

「当然だ。領地の税を十倍にして、払えぬ者をすべて前線に送っておる。これほどに貢献している者はいないぞ」

「あまり、張り切らないでくださいね。戦争がすぐに終わってしまってはいけません。なにせ、戦争は儲かりますからね」

「……うむうむ」「その通り」


 俺たちの故郷を滅ぼした巨大な猿は魔王と呼ばれ、その従属の猿は配下とされた。

 この国は戦時下に入った。今この瞬間にも、前線で誰かが命を落としているだろう。

 だがこの部屋で落とされるのは、前線の兵士ならば飛びつくほどの肉の食べかすばかりだ。


 自分の商売の儲けばかりを考え、戦争に参加せず、それどころか戦争は長引かせる権力者たち。

 力を持つ者が力を振るわない。戦うべきものが逃げる。

 そんな生きる価値のない奴ら。

 まだ人生を、世界を知らぬ子どもに断じられた者たちだ。


「…………父さんと母さんがくれた時間を、お前たちが使うな」

 何を心に思ったのか、もう忘れちまったが、この瞳は確かに何かを決意した目だ。


「うん?何か言ったか?」

「その子たちは魔王を憎んで当然です。戦争で儲ける我らは臆病者に見えるのでしょう。文句の1つや2つは許しますよ」

「許す?いいや、こいつらには文句を言う権利がない。逃げて生き延びただけの子らだ」

「卿、あまり近づかないように。双子を鎖でつないでいますが、危険ですよ」

「何を恐れるか!こんな…………、鎖が外れてるぞ……まて、なんだこれは?鉄が、ねじ切れてる?」


「ああ、お前の首みたいだ」


 この後は…………、聞くに堪えぬ見るに堪えぬのつまらん話だ。

 こういう貴族が死ぬ話が好きなら、いつか話してやる。

 この話の続きが終わったらな。


 天井に着いた血が滴り、食卓の皿に落ちる。

 壁を手で掻いたような真っ赤な5つの線は、その下に崩れる男の手と繋がっていた。

 真っ赤な部屋、3人の死体。

 そして、ダークエルフの子供が2人。

 遅れてきた4人目の男の目には、よほど異様な光景に映っただろう。

「これはいったい…………、君たちがやったのか?」

 

「おっさん、あんたも…………。こら!マルナ!そんなの食べるな、汚いぞ!」

「このお肉だけ血が付いていないよ」

「ちょっとでもついてるかもだろ!食べるなよ!」

「…………ふん」


「…………彼が自慢していた生き延びた双子か」

 男の後ろからドタドタと複数の足音が聞こえてきた。

 3人が多少騒いでも聞こえなかった音だ。

 俺とマルナは、その音に意識を向けた。

 人数、体重、武器、性別。

 それ等を計ろうとしたが、4人目の男がそれを止めた。

「よい、ここは任せよ」

 自分の部下のようだ。

 それを連れている点でもだが、どこかこの男はブタ共と同じに見えなかった。

「3家の代理人と次期当主にはまだ知らせるな。彼らの資料がほしい……。待て、闇市に猿の死体が売られていたな?買ってくるんだ。魔王への恨みがあれば彼らも戦争に参加するだろう。行け!」


 男は一人残り、俺たちをまっすぐ見つめた。

 ただの子供を相手にするように。

 この惨状の真ん中で平気な顔をする子供への対応としては、正しい対応とは言い難いが……。

「君たちがこれを?」

「そうだ」

「なぜ?」

「猿の仲間だったから」

「そうか、君達の前で話したのか……救えぬ者たちだ。だが彼らは魔王の仲間と言う訳では」

「こいつらのせいで家族を失う人たちがいる」

「……否定はできないな」

「あんたはこいつらと違う?」

「そうあろうと努力している」

「ならいい。手伝ってほしいことがある。俺は……猿を全部ぶっ殺したい。こいつらみたいなやつもだ」

 男は静かに頷き、俺は男の言葉を持った。

 

 マルナはさっきの肉の皿をまだつついている。こいつ、食うなって言ったのに。

 

「私はシン・ダイヤメッキ。君達に力を貸そう。…………ひとまず場所を移さないか。食事も用意する。話をしよう、長い付き合いになるだろうからね。エルフにはそうでもないかな」

 その通りだ。

 彼と共に来た年月は、俺たちがその後に生きる時間のほんの一部だ。

 だが、生き方を決めるには十分な時間だった。


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