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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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双星・回想

 ある国の西端に「未開領域」と呼ばれる霧深い森があった。

 そこにはある人類種の住む小さな村があった。

 その種族とは、体の線は細く肌は褐色そして長く尖った耳を持つ。

 白い肌のエルフと対照的だとして、こう呼ばれていた。

 ダークエルフと。

 

 そして、その種族から生まれた英雄級の双子が魔王に挑戦した日から、107年前。

 後に<夜と闇の双星>と呼ばれることとなる2人の少女がそこで暮らしていた。


 そう。

 俺とマルナだ。

 

「今日はな、3つ向こうの沼までいってくる!」

「やめなさい。そこは行っちゃダメだって言われてるでしょ」

「……ふーん」

 誰が見ても分かる。行くだろうな、という顔をしているのがこの俺、ミレだ。

「お姉ちゃんこの前行ってた」

 自分も付いて来ていたくせに俺だけが悪いみたいに言っているのが、妹のマルナだ。

「言った?いつ!?」

「おい!黙ってろ!」

「やだ」


 俺とマルナが狭い部屋で走り出した。

 さらにそれを捕まえようと背が高く美しい女性も走る。

 この人が俺たちの母さんだ。

 

「ほうら!捕まえた!」

 部屋に入ってくるなり簡単に2人を抱きかかえた、似合わない髭を生やした男。

 父さんだ。


「じゃま!」「……くさい」

「ぅ…………、殴られた。今日はやけに元気だな」

「元気じゃなくて機嫌が悪いのよ」

 俺が殴った額をこする父さんの手に、母さんは自分の手を重ねながら話し始めた。

「昨日あなたが狩りに連れていけないと言ったから怒ってるのよ」

「ん?元々連れてくなって言ったのはお前じゃ、痛!いて!叩くなって」

「ついこの間のことをわすれたの?あんな怪我をしたのよ!?」

「…………怪我ってあれか?」


 父さんの視線の先にあるのは俺の腕に着いた小さな擦り傷だ。

 たしか、この怪我は…………。


「オオドクネズミの大群に連れ去れらて数時間後に1人で帰ってきた時の、あの怪我か?大群のボスを引きずりながら帰ってきたときの?」

「今回はあれで済んだだけで、次は大怪我するかもしれないでしょ!」

「ドラゴンにでも狙われたらそうなるかもな」

「ちょっと!」

「なんだよ?狩りの練習を今のうちからしておかなきゃだろ」

「……練習が必要?」


 母さんはそう言いながら壁に掛けられた鹿の頭部のはく製を見た。

 この湿地の森に生息する大型のモンスターだ。

 この頭部の大きさなら、全体は大人3人分になる。

 この辺りで捕れる中でも最大クラスだ。

 だがよく見ると頭の正面の額に穴が空いている。

 きれいな小さな穴だ。


「大人が強弓を使っても貫けないから、狩りでは眉間を狙わないんでしょ?なのに、マルナが初めて仕留めたのがこれよ!」

「最初から穴があったんだろ」

「ふざけないで。…………とにかく、今季は家で勉強させるわ」

「まぁ丁度いいかもな。他の奴らから連れてくるなって言われてたし」

「……どうして?」

「魔獣も逃げてくってさ。ハハハハ!」

「はぁ……もう。で?帰りは?」

「今日の内だ。先に寝てろ」

「うん。気をつけて」

 

 父さんと母さんのいつもの光景だ。

 父さんが狩りに出る前に小話をして、最後は母さんが優しい目をして送り出す。

 この光景は忘れられない。

 何度も見たから?違う。

 この日の光景が、最後だったから。


 日が沈む。

 月明かりは霧に阻まれ、家の周りは完全な闇だ。

 風が入る程度に隙間が開けられた木窓からは何も見えない。

 そこに灯りが見えた時は、松明を掲げた父さんの帰りの時だ。だがこの日、父さんの帰りは遅かった。


「マルナはもう寝なさい」

「お母さんは?」

「私もすぐ寝るわ。ほら、お姉ちゃんと一緒に寝てて」


 俺は夕飯を食ってすぐに寝たが、マルナは眠気の限界まで父さんを待っていた。

 そのせいでマルナの目はもうほとんど開いてない。

 ゆっくりと寝室に戻るマルナを見送って、母さんは布と糸と針を机に置いた。

 俺のズボンやシャツの破れ。俺の靴の穴。

 俺の……、なんで俺のしかないんだ?

 まあいい。

 母さんはいつもこうだ。

 父さんの帰りが遅い時は、帰ってくるまで待っている。

 この日も特別遅い訳じゃなかった。

 なんでもない日のはずだった。


「……………………ぅん……あ!寝ちゃってたわ。私ももう寝ようかな…………、足音?ようやく帰ってきたのね」


 この時気づくべきだったのだろう。

 母さんが父さんの帰りに気づくのはいつも松明の明かりによってだということに。

 足音で気づくことは今までに一度もなかったということに。


「はぁはぁはぁ!無事か!?全員いるか!?」

「わ!びっくりした!……どうしたの?帰ってきていきなり」

「子供たちは?」

「ね、寝てるけど……本当にどうしたの?ちょっと、何してるの?」

「この袋にあるだけの食糧を詰めろ!金はいい、とにかく森を出るのに必要なだけ」

「森を出る?あなた…………、いったい何をしたの!?」

 

 父さんはその時初めて手を止めた母さんを振り返った。

 そこには疑いの目を向ける母さんがいた。


「違う。俺じゃない。俺は……止められなかった。止めるべきだったのに!」

「……話して」

「………………みんなで罠を仕掛けてたんだ。そしたらギルが大鹿を見つけて、マルナが仕留めた奴よりもずっと大きい奴だ。あいつ……急所に何本も矢が刺さっているのに逃げ続けたんだ。皆であとを追ったんだが、沼の先に逃げちまって…………。先行してたセルナが気づかずに行っちまって、ギルも追うべきだと言い始めて。俺は、俺は…………」

「いいの。いいのよ」

「沼の奥は霧がもっと濃かった。隣にいる奴の顔も分からないぐらいだった。それにどっちが前なのかも分からなくなって、数歩しか歩いていないはずなのに一日中走ったみたいに足が重くて、そしたら、アレが……俺の目の前でギルを……セルナを……、ミンカも!ダンチも!みんな殺された!」

 

 その時、2人は物音を耳にした。

 隣の部屋からだ。

 そこは家族4人の寝室。つまり今は俺とマルナが寝ている部屋だ。

 

「何の音?キャ!ちょっと待って、あなた!」

 父さんは母さんを置いて駆けだした。

 勢いよく部屋のドアを開けて、そこにいるはずの2人の名前を呼んだ。

「ミレ!マルナ!」

 父さんには驚愕の光景だっただろう。

 それもそうだ。

 自分が命からがら逃げることになった獣の首を締め上げる長女と、その獣が暴れないように両手両足を押さえつける次女の姿など、驚くなという方が無理だ。

 母さんが駆けつける頃には、ゴキンという首の骨を折る音が部屋に鳴っていた。

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